ガリバー通信

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野田首相誕生へ。

2011年08月30日 | 日本の課題
 菅直人首相の退陣表明から約三ヶ月が経って、ようやく民主党の新代表を決める選挙が行われ、ダークホース的存在ではなかったかと思われた、野田佳彦現財務大臣が小沢一郎、鳩山由紀夫氏らが推す、海江田万里現産業経済相を二回目の決戦投票で逆転して、民主党の新代表に選出された。

 昨日午後に一回目の投票が行われた際には、海江田候補の過半数獲得もありえると予想されていたたいだったが、海江田氏の得票は143票、二位に野田氏が102こ票で続き、前原前外務大臣は74票と振るわず、海江田、野田両氏の決選投票、一騎打ちとなったのだが、反小沢のムードが党内にあるためもあって、前原グループと一回目の投票で四位の54票を獲得した鹿野現農水大臣のグループも野田氏支持に回ったために、一回目の投票では過半数は取れなかったが、一位だった海江田氏を野田氏が逆転する形で、215票を獲得し、海江田氏の177票に38票差をつけて勝ったのであった。

 いずれにせよ、民主党所属の衆参国会議員で、現在党員資格停止処分中の小沢一郎元代表をはじめとする投票権のない国会議員を除く、民主党国会議員だけの398名の投票のみで、実質的には次期首相となるべき民主党の代表を決めるという、国民から見れば不条理というべきか、高みの見物しか出来ないという形で、しかも短期決戦とでも言うべき、たった三日間で決着をつけざるを得ないとドラマとしか見えない、代表選挙であった。

 野田佳彦氏は、千葉県選出の衆議院議員だが、ご自分が自ら称される「ドジョー」のような政治家であり、松下政経塾の第一期の出身であり、前原氏などにとっても先輩のまじめかつあまり目立たない議員だったのだが、時折まじめかつ憎めない表情から冗談やユニークな表現も飛び出す、自分自身をよく知る?御仁の様である。

 先ほどの「ドジョー」と自分を例えることは、相田つおさんの言葉から出ているらしいのだが、「ドジョーが金魚になろうとしても所詮、ドジョーはドジョーでしかない」とのたとえ話や、県会議員時代から財務大臣になるまでの25年間、土日を除くほぼ毎日地元の津田沼駅前での街頭演説を欠かさなかったことから、「駅前留学のNOVA」をもじって「駅前演説の野田」と自らを称していたりしたのである。

 富山で農業をしていた祖父母の末っ子として生まれた父と千葉県の農家の末娘の貧しい夫婦から生まれたという野田佳彦氏の政治家としての最初のスタートは、なんと元社会党の熱血漢浅沼稲二郎氏の暴漢による暗殺が契機だと伝えられ、それも三歳の時に起こった事件をテレビで見て、何故と疑問を持ったとのことで、するどい感性ともいうべき気づきや庶民性は、育った環境、プロセスから窺え、早稲田大学出身とはいえ、エリート中のエリートではない普通の人とも感じるのである。

 風貌は決して好男子ともイケメンとも言い難い仏頂面としか言い様がないのだが、芯は強い精神力と共に、何事にも動じない粘り強さや時間をかけても説得するという辛抱強さを持っている人ではないかと感じるので、首相としての采配や政策実行力は未知数ではあるが、期待というよりも「粘り腰でやってくれる」人ではないかと推察できると思うのである。

 今日、国会で首班指名が行われて、晴れて第95代の内閣総理大臣になられるのだが、問題は党内での挙党一致、代表選を争ったしこりを超えて、怨念を超えてのノーサイドの政治を目指すと言われても、親小沢支持の人たちや小沢一郎氏自身の評価によっては、またしても党内野党的攻撃や不一致が生じて、自民党、公明党などの野党との協議以前に内部混乱の可能性も残していて、前途は多難である。

 しかし、ともかく政権交代後二年しか経っていないのに、早くも三人目の首相としてのスタートを切るわけだから、自民党時代の安部、福田、麻生と続いた一年限定首相の継続とならない期間、少なくとも衆議院の任期満了までの後二年間は、震災復興、原発事故収拾、円高経済脱却、財政再建、税負担と福祉社会の構築などの課題を中心に、本当にご自分が信じる「ニッポンの再建」のために尽力を尽くしていただきたいものと思うのである。

 マスコミを中心として、常に批判やないものねだり、足の引っ張り合いを率先してするのではなくて、与党、野党議員も全て、国民のための優先順位を見定めた上での政策立案と実行のために、協力して突き進んでいただきたいと願っているし、我々有権者も、じっくりと見守り、少しでも元気で明るい国、日本を取り戻せるようにと祈っている。
コメント (3)
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