数年前まで「国民総背番号制度」という問題として、多くのプライバシー侵害や個人的人権にも差し障るのではないかと反対の議論が多かった制度が、いつのまにか「税と社会保障の一体改革という民主党内閣が進める政策に付随する様に画策されていて、来年には法案をまとめて国会で審議、成立を目指すとされている。
その周知度を知る上で、内閣府が昨年秋に調査したアンケート結果が、さきほど公表されたのだが、なんと「必要」と「どちらかと言えば必要」と答えた人が併せて、57.4%、すなわち約58%、半数以上の国民が必要と思っているとされる様な報道がNHKなどによってなされていた。
とんでもないことであり、実はこの「共通番号制度」に対して、上記の様な個人情報への危惧を含めた「不安」を感じると答えた人が、なんと85.7%、約86%もいたことを見出しとすると、全く正反対の国民の意思というべき実態に近いものが判明するのだが、マスコミの発表の仕方や内閣の周知度に対する期待感などもあって、恣意的または意図的な調査結果の発表となる場合もあると思われた。
そもそも、この「共通番号制度」は、社会保障と税に共通の番号を国民一人ひとりに割り振るという制度で、国がより正確な所得情報を把握して、適正な課税や給付につなげて、事務の効率化や国民負担の公平性の向上を図るというのが目的である。
民主党政権になって、鳩山政権の時代に抜本的な改革に必要な基盤整備として必要と提案され、2010年度の税制改正大綱に盛り込まれ、現野田内閣の不退転の決意での「消費税増税」や「社会保障費の捻出むという表看板に必要な法案として、来年の提出が予定されているというのである。
「基礎年金」、「健康保険」、「介護保険」、「運転免許」、「パスポート」など、個人に割り当てられた各種番号は多いのだが、社会保障関係においても約90種類もの番号が使用されていて、管理主体である厚生労働省や各市町村などで様々な状況にあり、番号同士を結びつける仕組みや手立てがないのが現状である。
そこで、複数の行政サービスや税負担、給付対象などに共通した番号があれば、個人ごとに情報をつき合わせて確認したり、一括的な管理とチェックが可能になるということで、行政の事務の簡素化と共に国民とっても各種の手続きが簡素化されるといわれている。
「共通番号制度」は、制度ごとに付けられた番号を一本化するのではなく、国民一人ひとりに付与する番号(基幹番号)と各制度の番号とを紐付けしていく方向で、検討が進んでいる様で、番号を利用する範囲が広がれば、取り扱いされる個人のプライバシー情報も増えていくために、便利になる一方で、情報流出の危険性も広がると予想されるので、この制度導入そのものに異論や反対論も多くあるのが現状なのである。
つまり、国を司る政府が一方的に共通番号制度を決めて、国民一人ひとりに所謂「背番号」をつけるということと同様の弊害や問題点が多々あることから、今後の議論を注視しながらも、私はこういった制度は、国が国民をコントロールするための前時代的な制度となる危惧を孕んでいるために、極論では反対なのである。
私たち国民は、大日本帝国憲法の時代、すなわち戦前までは「天皇の民」、すなわち「皇民」もしくは「臣民」とされ、お国のために働き、「天皇陛下万歳!」と言わされていた時代ではなく、戦後の民主主義の時代、人間天皇とされた国民の象徴とされた天皇制度の下ではあるが、一人ひとりの人権が個人的人権として最大限保障されるという「日本国憲法」の下に日々の生活をしているのであるので、今更行政事務の簡素化や「やりやすさ」のための「共通番号制度」など要らないのである。
その周知度を知る上で、内閣府が昨年秋に調査したアンケート結果が、さきほど公表されたのだが、なんと「必要」と「どちらかと言えば必要」と答えた人が併せて、57.4%、すなわち約58%、半数以上の国民が必要と思っているとされる様な報道がNHKなどによってなされていた。
とんでもないことであり、実はこの「共通番号制度」に対して、上記の様な個人情報への危惧を含めた「不安」を感じると答えた人が、なんと85.7%、約86%もいたことを見出しとすると、全く正反対の国民の意思というべき実態に近いものが判明するのだが、マスコミの発表の仕方や内閣の周知度に対する期待感などもあって、恣意的または意図的な調査結果の発表となる場合もあると思われた。
そもそも、この「共通番号制度」は、社会保障と税に共通の番号を国民一人ひとりに割り振るという制度で、国がより正確な所得情報を把握して、適正な課税や給付につなげて、事務の効率化や国民負担の公平性の向上を図るというのが目的である。
民主党政権になって、鳩山政権の時代に抜本的な改革に必要な基盤整備として必要と提案され、2010年度の税制改正大綱に盛り込まれ、現野田内閣の不退転の決意での「消費税増税」や「社会保障費の捻出むという表看板に必要な法案として、来年の提出が予定されているというのである。
「基礎年金」、「健康保険」、「介護保険」、「運転免許」、「パスポート」など、個人に割り当てられた各種番号は多いのだが、社会保障関係においても約90種類もの番号が使用されていて、管理主体である厚生労働省や各市町村などで様々な状況にあり、番号同士を結びつける仕組みや手立てがないのが現状である。
そこで、複数の行政サービスや税負担、給付対象などに共通した番号があれば、個人ごとに情報をつき合わせて確認したり、一括的な管理とチェックが可能になるということで、行政の事務の簡素化と共に国民とっても各種の手続きが簡素化されるといわれている。
「共通番号制度」は、制度ごとに付けられた番号を一本化するのではなく、国民一人ひとりに付与する番号(基幹番号)と各制度の番号とを紐付けしていく方向で、検討が進んでいる様で、番号を利用する範囲が広がれば、取り扱いされる個人のプライバシー情報も増えていくために、便利になる一方で、情報流出の危険性も広がると予想されるので、この制度導入そのものに異論や反対論も多くあるのが現状なのである。
つまり、国を司る政府が一方的に共通番号制度を決めて、国民一人ひとりに所謂「背番号」をつけるということと同様の弊害や問題点が多々あることから、今後の議論を注視しながらも、私はこういった制度は、国が国民をコントロールするための前時代的な制度となる危惧を孕んでいるために、極論では反対なのである。
私たち国民は、大日本帝国憲法の時代、すなわち戦前までは「天皇の民」、すなわち「皇民」もしくは「臣民」とされ、お国のために働き、「天皇陛下万歳!」と言わされていた時代ではなく、戦後の民主主義の時代、人間天皇とされた国民の象徴とされた天皇制度の下ではあるが、一人ひとりの人権が個人的人権として最大限保障されるという「日本国憲法」の下に日々の生活をしているのであるので、今更行政事務の簡素化や「やりやすさ」のための「共通番号制度」など要らないのである。