


あわただしい毎日をおくる現代人の一人ではあるが、時にはこんな時間を過ごすことがある。
只今9月議会の会期中なので、自分に課せられた一般質問と委員会での議案審議、補正予算審議を精一杯して、事前に通告していた「アスベスト調査と対策」についての事務調査も終えて、当初の予定通りの議会日程をこなし、今日から3日間は議会はお休みである。
我が阪神タイガースのセリーグ制覇に向けての戦いも、幸いにも中日との最終戦に完勝してマジックが6になり、試合日程も今日はお休みなのである。
今日は朝から午後5時半頃まで、私が所属する建設経済常任委員会の審議、質疑で一日明け暮れて、充分疲れているのだが何か空しさを感じざるを得ないのである。
委員長が不在だったので、たまたま副委員長である私が主に議事進行を行いつつ、議員としての仕事であり義務でもある質問を、6人の委員の中では一番多くするので、その度に委員長席を年長議員にお願いし、質問を多角的かつ多種多様な情報と勉強した成果も加えてしたのだが、時間的に5時を越えると委員会室の雰囲気は変わってしまうのである。
行政側の市長や理事者、市職員は責務上、特に時間延長などについては心の中では思っていても口には決して出さないが、市民の信託を受けている議員の中から、「もうやめとけや」とか「まだすんのか?」とかと言う声が聞こえ、私の質問中の見解や情報、先進自治体の紹介や、事実に基づく知識などを基にした発言に対して、「そんなことわかっとるやないか」等と、ともかく「早く終われ」としか思っていない、ため息交じりの批判しか聞こえなくなるのである。
たった6人しかいない審議に加わる委員の議員の多くが、そういった感じの姿勢、態度であり、そう言う委員は、いつもほとんど質問や提案もしないのである。
結局、よっぽど支援者や関係利害を有する住民などからの依頼や要求、願いがない限り、自分で考えて議案審議に当たる準備と問題点の勉強などしていないと思える対応であり、行政サイドの肩を持っているとしか思えない、通過儀礼の様な審議を早く済ませたいと言う「本音」しか見えないのである。
私は常に100%とはいえないものの、精一杯全ての提案議案に対しての問題点、関連の現状確認を通しての質疑事項を見つけ出して、最低1回は何らかの質問を投げかける様心がけているのだが、大半の議員は「質疑はありませんか?」の委員長の問いかけに、「なし」と答えることを旨として、ほとんど議論しないのである。
私は今回のアスベスト問題に対する質疑の中で、行政の認識の甘さや事実誤認の恐れのある「安全」とする見解などに対して、強く抗議と共に訂正や厳しい認識を求めて、声のトーンが高まる場面もあったが、ある議員は、自分は何も質疑はないのに、「もっとトーンを下げてやれ」と茶々を入れるありさまなのである。
議員の仕事は議会で「議論すること」なのだから、時には激しく時には穏やかに事と次第に応じた質疑のやり方があってしかるべきなのである。それなのに一時の状況だけで他人の発言内容などお構いなしに批判めいた野次や苦言だけしか言えない議員の先生方に、はっきりもの申したい心境である。
静かな虫の音しか聞こえない夜半に、誰とは申しませんが「よーく考えよう、議論は大事だよ」と議員としてのイロハと共に、議員の責務と仕事をまず率先してやってもらいたいものだと言いたいのである。
秋を告げる虫たちは、この人間主体の世の中をどう思って鳴いているのかは分からないが、愚かな人間達の抗争や、たわいない揉め事に一喜一憂しているのではないだろうか。
大きくて小さな人間社会を、あざ笑うかの様に自然の生態系のひとつの命として、精一杯の鳴き声を聴かせてくれているのではないだろうか。