クラシック輸入盤・新譜情報/グッディーズ

コメントはメーカー案内書より抜粋です。お問い合わせ:goodies2@pc.highway.ne.jp

14-03 No.1

2014年03月05日 14時46分23秒 | Weblog
★☆ダイレクト・トランスファーCD-R DSDファイルの販売開始のお知らせ☆★
当シリーズは2009年より行なってまいりましたDSD録音マスターへの移行がほぼ
完了しましたので、これまで発売しました3000番台のタイトルすべてをDSDファ
イルで販売開始いたします。

販売メディア:USBフラッシュメモリー
(4GBを使用予定。1メモリーに1タイトルを収録。メモリーのメーカーの指定は
ご容赦下さい)
ファイル形式:DSDIFFまたはDSF(タイトルによってどちらかの形式になります)
付属品:DSDディスクに付属と同じフロント&バック・インレイ 各1枚
価格:1タイトル ¥2000

DSDファイルの再生はパソコンとUSB DACの組み合わせで行えます。
昨年よりメーカー数社が、DSDダイレクト再生に対応したリーゾナブルなDACの
発売を開始しました。当店のお薦めはKORGのDS-DAC-10です。
当店HPに商品リンクがございますので、ご利用下さい。

DS-DAC-10の商品説明
http://www.korg.co.jp/Product/Audio/DS-DAC-10/index.html
商品リンク
http://hwm3.gyao.ne.jp/goodies/open.html

DSDディスクは受注製造販売となりますので、ご注文をいただいてから発送
までにお時間をいただきますこと、ご了承下さい。

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★ダイレクト・トランスファー CD-R 2014年3月新譜 5点発売★
発売予定:2014年3月下旬 価格:各1枚 ¥1500(税込)
※セット販売ではありません。1枚づつお申し込みいただけます。

33CDR-3484
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(1)
ソナタ第1番ト短調 BWV1001
パルティータ第1番ロ短調 BWV1002
ソナタ第2番イ短調 BWV1003
ヨーゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)
米 VANGUARD BACH GUILD BG-627/8A
(1955年10月17-18日BWV1001、10月6-7日BWV1002、
1956年3月1日BWV1003ニューヨーク、30丁目コロンビア・スタジオ録音)
レコード史上に輝くシゲティのJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパル
ティータの全曲録音。ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリー生まれ。ブ
ダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1905年にベルリンで
大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)に認められ、1917年から
24年スイスのジュネーヴ音楽院で教え、1940年にアメリカに移住した。この全曲
録音以前のSPレコード時代に、シゲティは無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番
ト短調(78CDR-3225)と無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調(78CDR-3041)が
あった。

33CDR-3485
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(2)
パルティータ第2番ニ短調 BWV1004
ソナタ第3番ハ長調 BWV1005
パルティータ第3番ホ長調 BWV1006
ヨーゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)
米 VANGUARD BACH GUILD BG628B/9
(1955年10月18-20日BWV1004、1956年2月9日&3月1日BWV1005、
1956年3月2日BWV1006、ニューヨーク、30丁目コロンビア・スタジオ録音)
レコード史上に輝くシゲティのJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパル
ティータの全曲録音。ヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)はハンガリー生まれ。ブ
ダペスト音楽院でイェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。1905年にベルリンで
大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)に認められ、1917年から
24年スイスのジュネーヴ音楽院で教え、1940年にアメリカに移住した。この全曲
録音以前のSPレコード時代に、シゲティは無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番
ト短調(78CDR-3225)と無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調(78CDR-3041)が
あった。

78CDR-3486
ルクー:ヴァイオリン・ソナタ ト長調
巌本真理(ヴァイオリン)
野邊地瓜丸(ピアノ)
日COLUMBIA G33/6
(1949年頃録音)
巌本真理(1926-1979)は東京生まれ。6歳からヴァイオリンを始め、優れた教師で
あった小野アンナ(1898-1979)に師事した。1937年12歳の時、第6回日本音楽コン
クールで第1位。1939年にデビュー・リサイタルを開いた。1946年から 5年間東
京音楽学校教授を務めた後1951年に渡米、ジュリアード音楽院でルイ・パーシン
ガー(1887-1967)、ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)に師事し、ニューヨークの
タウンホールでリサイタルを開いた。帰国後ソロ奏者として活躍する一方、1964
年に巌本真理弦楽四重奏団を結成し活躍した。ピアノの野邊地瓜丸(1910-1966)
(1954年に勝久に改名)は1925年15歳でパリに留学、エコル・ノルマルでラザール
・レヴィ(1882-1964)に師事し、アルフレッド・コルトー(1877-1963)にも多大な
影響を受けた。帰国後ソリストとして活躍、ショパンやフランスの作品を得意と
した。1950年代に巌本真理とのリサイタルを多く開いた。この録音は大戦後間も
なくの録音で、同時期に巌本真理はJ.S.バッハの「シャコンヌ」(78CDR-3200)も
録音していた。戦後の物資が不足していた時代のSPレコードで、雑音が著しく多
いが、この二人の名演は雑音を打ち破って聴き手を感動させる。

78CDR-3487
モーツァルト:ディヴェルティメント変ホ長調 K.563
パスキエ弦楽三重奏団
ジャン・パスキエ(ヴァイオリン)
ピエール・パスキエ(ヴィオラ)
エティエンヌ・パスキエ(チェロ)
仏 PATHE PAT33/4, PAT40/42
(1935年6月26-27日パリ録音)
1927年パスキエ三兄弟によって結成された弦楽三重奏団。数多くのフランスの作
曲家がこの三重奏団のために作品を書いた。代表作はジャン・フランセ: 弦楽三
重奏曲(1934)、ボフスラフ・マルティヌー:弦楽三重奏曲(1935)、アンドレ・ジョ
リヴェ:弦楽三重奏曲(1938)、ダリユス・ミヨー:弦楽三重奏曲(1947)、フローラ
ン・シュミット:弦楽三重奏曲(1944)、ガブリエル・ピエルネ:弦楽三重奏曲
「ジャン=ピエール=エティエンヌ」がある。またマルグリット・ロンやジャン
=ピエール・ランパル等の著名なソリストと多く共演した。1974年に解散したが、
1970年にピエールの二人の息子ブルーノとレジ、チェロのロラン・ピドゥによっ
て新パスキエ三重奏団が出来た。この録音はSP時代に日本コロムビアから発売
されていて、名演と評価が高かった。

78CDR-3488
ドビュッシー:忘れられた小歌(ヴェルレーヌ詩)
やるせない夢ごこち
巷に雨の降るごとく
木陰にて
木馬

憂鬱
浅野千鶴子(ソプラノ)
野邊地瓜丸(ピアノ)
日本コロムビア B177/9(1950年録音)
COLUMBIA B177/9(Japan)(Recorded 1950)
浅野千鶴子(1904-1991)は東京音楽学校で永井郁子に師事し、ネトケ=レーヴェ、
長坂好子の指導も受けた。1927年在学中に師の永井郁子と二重唱で「庭の千草」
をニッポノフォン(日本コロムビアの前身)に録音した。1930年にデビュー、1937
年から4年間イタリアに留学した。イタリア歌曲を得意としたが、それ以上にフ
ランス歌曲を得意とし、東京音楽学校で教えるかたわらその普及に努めた。ピア
ニスト野邊地瓜丸(1910-1966)(1954年に勝久に改名)は1925年15歳でパリに留学、
エコル・ノルマルでラザール・レヴィ(1882-1964)に師事し、アルフレッド・コ
ルトー(1877-1963)にも多大な影響を受けた。帰国後ソリストとして活躍、ショ
パンやフランスの作品を得意とした。この当時フランス歌曲を原語で録音したこ
とは画期的なことだった。だが当時の日本のックラシック・ファンはジャーヌ・
バトリ(1877-1970)やクレール・クロワザ(1882-1946)、ニノン・ヴァラン(1886-
1961)のSPレコードでフランス歌曲に親しんでいた証拠と言える。このシリーズ
にあるクロワザ(78CDR-3341)、ヴァラン(78CDR-3299)と聴きくらべてほしい。
浅野千鶴子と野邊地瓜丸がいかに優れたフランス音楽の演奏者だったかがわかる。

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