勝福寺 Gikoohの日替わり法話

山寺の住職、Gikoohが日々感じたことを綴っております。
(プロフィール用の落款は天野こうゆう僧正さま彫刻)

旧暦の「初午」稲荷祭り。

2024-03-19 22:22:40 | Weblog

 

3月19日。境内ではハクモクレンが一輪だけ開花(3/18)した。例年通りならば、およそこの1週間後にソメイヨシノも開花が若干進んでいるのではなかろうか。

さて、今日は旧暦の「初午」で、勝福寺境内の表鬼門に位置する稲荷神の「初午祭」を奉修した。

早朝から供物用の稲荷寿司をこしらえて山を登り、読経してきた。ちょうど小3の息子も学校が休みだったので手伝って貰った。お稲荷さまに喜んでいただければ有難い。

 

 

初午祭の起源は、『話の大辞典』によれば、今から遡ること元明天皇の和銅4年(711)2月9日初午の日、稲荷社の総元祖ともいうべき稲荷大神が京都伏見の稲荷山に降臨したことに由来している。稲荷は本来、農耕神で五穀をはじめとする総べての食物を司る神さまだ。

以来、稲荷が降臨したこの日を「初午祭」と称し、稲荷をお祀りして五穀豊穣をお祈りし、今では商売繁盛、学業成就、恋愛成就、家内安全、交通安全、芸能上達等様々な守護神として信仰されている。

紀貫之が延喜6年(786)2月の初午に詣でて「濁のみ我こへなくにいなり山春の霞の立ちかくすらん」と詠じ、また清少納言の枕草子には、山城の稲荷社へ初午詣をしたことの記事が見え、平安時代の頃すでに行われていたことが窺える。

稲荷祭りのあとは(大人)茶道のお稽古があるなど如常の生活。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする