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今回の旅の最大の眼目はパロのツェチュ祭を見学することだった。
ティンプーから70kmの山道を小型バスはゆく。途中牛がのんびりと道端で草を食む。
川沿いの駐車場にバスを止め、4日目を迎えた祭りの会場広場へと向かう。晴れ着の「ゴ」や「キラ」を着た人々が中腹の寺院前広場へと列をなして進む。
川を渡り石畳の道を登る。露店を開く人がここにもいる。祭りらしくシート張りのテント村が下の商店街の一角に店を広げているらしい。
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会場は黒山の人だかりで、丘の斜面には一杯の群衆だ。カラスのような黒い装束の出演者が座って見物している人の間に入り、布施を受け取っている。皆争って喜捨している。座るところが逆傾斜になっていて、腰のほうが足より低くなっているので座りにくい。立つとコミュニテイ・ポリスの表示をつけた若い人から注意を受ける。でも皆案外素直にそれを受け、小競り合いみたいなものはない。この4日目は閻魔大王の裁きが下る日で、踊りが次々と変わってゆく。一段と声が大きくなると、いよいよ大王の登場。どよめきが起こり、隣のお年寄りは何やらお経を唱えている。子供連れの家族も多い。敷物持参で座って見ているのだが、前の人が退くと少しずつ前へと進む。その際言葉はさっぱりわからないのだが、手振りで「お前も前へいけ」と我々を気遣って勧めてくれる。近所の農家の人だろう、それが一人だけではなく大勢の人がそうだ。心根の優しさに感激した。
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一年に一回のお祭りで、見物の輪から離れた人は家族親類縁者が一塊になって、円陣を組みお弁当を食べているのはどこも同じだ。ご馳走を広げ、魔法瓶にどぶろくを入れてきて飲んでいる。いい気持ちになって大声を上げている人を2,3人見た。
中心で踊りをしているのは土地の人の他に僧侶も参加しているとのこと。終盤近くのゾン(お寺、城、官舎の複合体)へ大王の面や手のカバーを持った僧とすれ違った。
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翌日はまだ暗い午前3時頃現場到着。5日目はトンドル(絹で描かれた巨大緞帳)のご開帳を待つ。じっとその時を階段席からみていたのだが、動かないのでさすがに冷える。ダウンを着、セーター、ウインドブレーカーを着てやっと寒さが防げた。
夜明け前にろうそくを灯し、読経が始まる。沢山の僧侶が参集し、村人も行列を作って待つ。巻かれた緞帳が担ぎ込まれ、横の金属のバーに結ばれ引き上げ開始、左右の高低に気をつけながら次第に引き上げ、40m×40mはあろうかという巨大緞帳が掲げられると、読経の声や太鼓は音を上げ、極彩色の飾りをつけた男が舞を舞う。行列は男女に分かれて建物の前に進み、緞帳に手を触れ、お布施をし、お経を上げる。長い長い列は500m以上伸び、夜明けとともに長さを増す。お経の声が響き渡り、行列を作っている人たちは余り声高に声を上げない。五体投地をしている人もいる。
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夜明け前の儀式はきっと太陽の光による絹の劣化を防ぐという意味もあるのだろう。この御開帳は日の出までには終了させるとのことだが、我々が下ってゆく頃にはまだまだ下から参拝に来る人が多かった。川を渡るのも、橋を一方通行にして整理をしていた。なんとも信心深い人が多い。日本にも村祭りはあったのだが、これほどの信心深さはなかっただろう。
この国の人達の静かなパワーを感じた。
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