6 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 夕焼けも見えますか (光泊) 2007-06-06 22:11:15 朝焼けだけでなく、夕焼けも居ながらにして見えるのですか。素晴らしい住環境ですね。ところで夕焼けと朝焼けはどちらが美しいのでしょうか。原理は全く同じでありながら、圧倒的に夕焼けの勝です。サンセット・イン・マニラベイ。77 サンセット・ストリート(ちょっと違いますか)に象徴されるように、夕焼けを賛美するの言葉は多いのですが、朝焼けを賛美する言葉はあまり知りません。あっても「暁に死す」などと悲壮感のただようものだったりします。朝型人間で、毎日のように朝焼けを見ている人間にとって、夕焼けの一人勝ちは納得が行きません。朝焼けもかなり美しいのです。ひょっとして皆朝寝ぼうなので、朝焼けを見る人が少ないので、人気がない?焼ける原理は同じですが、変化の方向が逆です。それが美しさと関係しているのでしょうか。だんだん良くなる法華の太鼓で、尻上がりのほうが、尻下がりより美しいのでしょうか。確かに夕焼けは荘厳な感じで余韻があります。朝焼けはどんなに美しくても、どんどん明るくなって行くので余韻はなく、覚醒、白け。悲観する必要はありませんでした。朝焼けの力強い応援団を思い出しました。「春はあけぼの、ようよう明けやらぬ・・・」朝焼け頑張れ!!!ブログ汚しで失礼しました。 返信する 光泊さんへ (風月) 2007-06-07 13:43:45 東と西に面していますので、朝焼けも夕焼けも見ることができます。南向きでないことを残念にはじめは考えましたが、いまではその考えは払拭されました。東京ですから家家に囲まれてはいますが、高い建物を建てられない地域ですから、空に繰り広げられる壮大な景色を楽しむことができます。ところで、朝焼けはご存じのようにやはり素晴らしいです。私はどちらも素晴らしいと思いますが、朝焼けの美しさは格別と思っています。しかしなかなか条件が整いませんので、朝焼けになるときも、夕焼けになるときも少ないです。今朝は4時半頃日の出でしたが、あまり楽しめませんでした。やはり朝焼けはかなり朝早くないと見られませんので、夕焼けほどポピュラーではないのでしょう。 返信する 夕焼け (ぜん) 2007-06-07 22:15:14 東京に行って、驚いたことの一つが、朝焼けのきれいなことでした。山陰では、朝日は山から昇るので、朝焼けは期待できません。その代わり、海に沈む夕陽は絶景です。家人に、贈り物ありがとうございました。喜んでいました。 返信する やっぱり夕焼け (閑人) 2007-06-07 23:34:28 夕焼け小焼けの赤とんぼ・・・夕日のガンマン・・・夕日に赤い帆・・・ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む。何てゆうたかて、夕焼けでんな。前の人が書いてはったけど、それも海の夕焼けやな。今までこれぞゆう夕焼けは2度おました。一度は伊豆の戸田から沼津に向かう船の上。二度目はパラオの北のカヤンゲル環礁に向かう途中の停泊地で見た夕焼け。何れも海に沈む太陽が演出する夕焼けやった。古代エジプトでも、夕日は関心が高かったようや。冬至に向かって太陽はどんどん力がのうなりよる。そんでエジプト人は心配したとか。明日反対から登る力があるんかと。バカみたいやけんど、夕日頑張れ、頑張れと励ましたとか。出た朝日はどんどん昇ります。昇って後戻りしたことはないんやから。安心して見てられるんやな。一方夕日が沈んだら、明日出る補償はあらへん。出るまでの暗い夜が更に不安をあおるんやろ。要するに昔から人類は夕陽に関心を持って来たゆうことや。朝日が尊ばれるんは、一年デ一回きり。元日だけでっしゃろ。 返信する ぜんさんへ (風月) 2007-06-08 10:16:16 東京には空がない、と高村智恵子さんは言ったそうですが、東京にも空はありますね。それも本当に朝焼けがきれいなのです。しかしなかなか条件が整わないと、朝焼けにはなりません。また寝坊すると(早朝いまなら四時頃には起きていないと、見損ないます)だめです。それも時々あります。奥様にくれぐれも宜しくお伝え下さい。私の尊敬する友人の一人です。思い出すと心が暖かくなる人のお一人でもあります。 返信する 閑人さんへ (風月) 2007-06-08 10:26:10 たしかに海に沈む夕陽は抜群ですね。それにしてもエジプトの方々の、夕陽頑張れは、なんだか楽しいです。素朴、ということの素晴らしさを感じます。無知、と言う人もいるでしょうが。パラオというところには行ったことはありませんが、莊嚴、かつ豪快な夕陽だったのでしょう。私は朝焼けも好きでして、愛知県から長野県の県境あたりを行脚していた時に見た、朝焼けの大パノラマは忘れることができません。夜明け前から歩いていて迎えることのできた朝の幕開けでした。山中ですが、その時、やはり朝焼ける条件が整っていたのだと思います。そのうち東京でも素晴らしい朝焼けのパノラマを拝めたらと楽しみにしています。 返信する 規約違反等の連絡 コメントを投稿 ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
ところで夕焼けと朝焼けはどちらが美しいのでしょうか。原理は全く同じでありながら、圧倒的に夕焼けの勝です。サンセット・イン・マニラベイ。77 サンセット・ストリート(ちょっと違いますか)に象徴されるように、夕焼けを賛美するの言葉は多いのですが、朝焼けを賛美する言葉はあまり知りません。あっても「暁に死す」などと悲壮感のただようものだったりします。
朝型人間で、毎日のように朝焼けを見ている人間にとって、夕焼けの一人勝ちは納得が行きません。朝焼けもかなり美しいのです。ひょっとして皆朝寝ぼうなので、朝焼けを見る人が少ないので、人気がない?
焼ける原理は同じですが、変化の方向が逆です。それが美しさと関係しているのでしょうか。だんだん良くなる法華の太鼓で、尻上がりのほうが、尻下がりより美しいのでしょうか。確かに夕焼けは荘厳な感じで余韻があります。朝焼けはどんなに美しくても、どんどん明るくなって行くので余韻はなく、覚醒、白け。
悲観する必要はありませんでした。朝焼けの力強い応援団を思い出しました。「春はあけぼの、ようよう明けやらぬ・・・」朝焼け頑張れ!!!
ブログ汚しで失礼しました。
ところで、朝焼けはご存じのようにやはり素晴らしいです。私はどちらも素晴らしいと思いますが、朝焼けの美しさは格別と思っています。
しかしなかなか条件が整いませんので、朝焼けになるときも、夕焼けになるときも少ないです。今朝は4時半頃日の出でしたが、あまり楽しめませんでした。
やはり朝焼けはかなり朝早くないと見られませんので、夕焼けほどポピュラーではないのでしょう。
山陰では、朝日は山から昇るので、朝焼けは期待できません。
その代わり、海に沈む夕陽は絶景です。
家人に、贈り物ありがとうございました。
喜んでいました。
何てゆうたかて、夕焼けでんな。前の人が書いてはったけど、それも海の夕焼けやな。今までこれぞゆう夕焼けは2度おました。
一度は伊豆の戸田から沼津に向かう船の上。
二度目はパラオの北のカヤンゲル環礁に向かう途中の停泊地で見た夕焼け。
何れも海に沈む太陽が演出する夕焼けやった。
古代エジプトでも、夕日は関心が高かったようや。冬至に向かって太陽はどんどん力がのうなりよる。そんでエジプト人は心配したとか。明日反対から登る力があるんかと。バカみたいやけんど、夕日頑張れ、頑張れと励ましたとか。
出た朝日はどんどん昇ります。昇って後戻りしたことはないんやから。安心して見てられるんやな。
一方夕日が沈んだら、明日出る補償はあらへん。出るまでの暗い夜が更に不安をあおるんやろ。
要するに昔から人類は夕陽に関心を持って来たゆうことや。
朝日が尊ばれるんは、一年デ一回きり。元日だけでっしゃろ。
また寝坊すると(早朝いまなら四時頃には起きていないと、見損ないます)だめです。それも時々あります。
奥様にくれぐれも宜しくお伝え下さい。私の尊敬する友人の一人です。思い出すと心が暖かくなる人のお一人でもあります。
パラオというところには行ったことはありませんが、莊嚴、かつ豪快な夕陽だったのでしょう。
私は朝焼けも好きでして、愛知県から長野県の県境あたりを行脚していた時に見た、朝焼けの大パノラマは忘れることができません。夜明け前から歩いていて迎えることのできた朝の幕開けでした。
山中ですが、その時、やはり朝焼ける条件が整っていたのだと思います。
そのうち東京でも素晴らしい朝焼けのパノラマを拝めたらと楽しみにしています。