風月庵だより

都会の雑踏に埋もれて生きている老庵主です。消えゆく前の雑音です。

『法華経』メモ「方便品」2

2019-02-11 14:03:53 | Weblog

2月11日(月)曇り【『法華経』メモ「方便品」2】

今日も寒いですね。でも、このあたりは、昨日は少し雪が土の部分だけ積もっていましたが、夕方にはすっかりとけてしまいました。仏壇の移動を頼まれていましたので助かりました。

さて、再び「方便品」について、少し書いておきたいと思います。恐縮ですが、自分の覚えですので、お付き合い願います。また間違っていることを書いていたりしましたら、ご指摘くださいませ。

「我出濁悪世 如諸仏所説 我亦随順行」:

「我、濁悪世に出でたり、諸仏の所説の如く、我も亦、随順して行ぜん」:『賢明な世間の指導者[であるブッダ]たちが語られるように、そのように私もまた実行するでありましょう。私もまた、この恐ろしい激動の[時代の]ただ中で衆生たちの汚濁の真っただ中に生まれてきたのである[からです]』(書き下し・現代語訳 植木雅俊)

同じ個所を岩本裕訳では次のように訳しています。「賢明な世の指導者たちが語るように、余もまた、そのように言うことにしよう。余もこの怖ろしい揺れる世界に、人々の堕落の真中に出現した」

私は残念ながら、サンスクリット語は分からない。しかし、岩本訳ではピンときませんでしたが、植木訳を読むと、お釈迦様の時代も「恐ろしい激動の時代」という表現によって、この世は、「いつの時代も激動の時代なのだ」と深く感じました。お釈迦様の故郷の町であり、シャーキャ族の中心地であったカピラヴァスツも、コーサラ国の瑠璃王に滅ぼされていたり、この時代も決して穏やかな時代ではなかったのです。しかし、地球が第一次世界大戦や第二次世界大戦を終えても、いまだあちこちで戦争の絶えない状況です。地球人類は争いを克服することのできない人類なのでしょうか。

(昨日の雪はうっすらとお地蔵様の頭にも。前日にあまりに寒いので毛糸の帽子を被っていただきました。)

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『法華経』メモ「方便品」

2019-02-09 23:10:44 | Weblog

2月9日(土)曇り夕方より雪【『法華経』メモ「方便品」』】

今日は寒かったですね。夜のうちに雪が積もるかと思っていましたが、うっすらと雪が土の上に被っていた程度で助かりました。今日は納骨がありましたので、昨日からの天気予報ではかなり積もるのではないかと心配していました。無事につとめることができました。しかし、夕方より雪は深々と降っています。

このところ、古い過去帳の清書につとめています。先代からお預かりした過去帳がぼろぼろになりつつありますので、すべて書き改めています。住職になってから五年を過ぎまして、檀家さんの一軒一軒についてよく分かってきたときですので、丁度よい頃合いだと思っています。

書き改める前は、各家の石塔からはわからなかったのですが、各家にも戦死なさっている人が随分多くいたことがわかりました。戦争が終わって73年、区切りの年には関係なく、今年は特に戦死してしまった方々のご供養をさせていただこうと思っています。

さて、表題の『法華経』メモですが、今日は「方便品」第二について少し考えてみたいと思います。「方便品」には声聞乗や独覚(縁覚)乗や菩薩乗の三乗は方便であり、真実には一仏乗しか存在しないと説かれる。「十方仏土の中には、唯一乗の法のみ有り。二無く亦三無し。」と。ただ方便力によって三乗を説いたのだと開示されている。

まだ声聞の一人である舎利弗に対してこの品は説かれている。また三乗の者たちも、必ず仏となることが説かれているのだが、もう悟っていると考え違いをしている増上慢の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷たち五千人が、釈尊の法座から立ち去るのである。

しかし、「慚愧清浄にして仏道に志求する者有らば、当に是くの如き等の為に、広く一乗の道を讃むべし。」ここを植木雅俊先生の現代語訳は次のように訳されている。「慚愧の念を持ち、清らかであり、また最も勝れた最高の覚り(菩提)[の獲得]へと出で立っているところの衆生たち、それら[の衆生たち]のために私は、畏れなきものとなって、一つの乗り物(一乗)についての限りない讃嘆を説くのだ。」(『梵漢和対照・現代語訳『法華経』上131頁)

そうして、「方便品」最後にも、「汝等、既已に諸仏の随宜方便の事を知りぬ。復、諸々の疑惑無く、心に大歓喜を生じて、自ら当に作仏すべしと知れ」この最後の個所を植木雅俊先生は次のように現代語訳されている。「だからこそ、世間[の人々]の教師であり、保護者であるブッダたちの深い意味が込められた言葉を知って、疑惑を捨て、疑念を取り除くならば、あなたがたは、ブッダとなるであろう。[だから]あなたがたは歓喜を生じなさい」と。(同133頁)この個所の漢訳は、「歓喜を生じて」とするよりは「歓喜を生ぜよ。」とした方がよいか。

釈尊の教えを信じる者は、すべてブッダとなることが説かれているところの大事な章であることがわかる。今私の手元には、『法華経』を信奉しているR会、K教団、S学会の経本があるが、同じように「方便品」の最初が出されている。

辛嶋先生の講演によると、この「方便品」の後半と、「譬喩品」の偈頌は、『法華経』の核であり、それと「方便品」から「授学無学人記品」までのトゥリシュトゥブ・ジャガティーという韻律の偈頌が『法華経』の最古層であり、大乗仏教の最古層といえる、ということでした。紀元前一世紀、東インドあるいはインド南東部で成立した、ということです。「方便品」から「授学無学人記品」までの散文とシュローカという韻律の部分は紀元後一、二世紀ガンダーラ地方で作成されたということです。一つの「品」(章)の偈頌と散文が別々に成立して、一つの「品」になっているということは面白いですね。*トゥリシュトゥブ・ジャガティーという韻律の偈頌とシュローカという韻律については、宿題にさせてください。

*シュローカ (śloka) とは、インドの伝統的な詩節ガーター)の形式のひとつで、8音節からなる句(パーダ[1])を4つ並べた32音節から構成される。サンスクリットプラークリットによるインド古典詩の韻律においてもっとも一般的に使われ、ラーマーヤナマハーバーラタのような叙事詩でも主に使われる。 (wikipediaよりの引用です。)

ちょっと長くなりまして失礼いたしました。

(雪はまだ深々と降り続いています、が、まだそれほど積もっているほどではありません。明朝やいかに。)

 

#『法華経』

#『法華経』の成立年代

#「方便品」

#植木雅俊訳

 

 

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『法華経』メモ

2019-02-05 09:41:52 | Weblog

2月5日(火)曇り【『法華経』メモ】

昨日の暖かさはどこへやら、今日は寒いです。ご訪問の皆様のところはいかがですか。

さて、先日駒澤大学で辛嶋静志先生による『《法華経》—「仏になる教え」のルネサンス』という題の講演がありました。なんとしても聞かせていただきたいと思っていましたので、当日は深谷まで行かねばなりませんでしたが、ホームに入っていた電車に飛び乗って、なんとか間に合いました。これから生涯の学びは『法華経』だと思っています。

辛嶋先生については、どのようにご紹介したらよいでしょう。仏教文献学の大家と一言でいうにはあまりに多くの御研究があるようですが、ドイツ語や中国語による著書もおありの大学者という表現でお許しいただいておきます。

『法華経』はご存知のように全二十八巻がありますが、その成立年代にはかなりの幅があり、紀元前一世紀から後三世紀頃に及んでいるということです。(私は、学び初めの者ですので、分かり切っていることを書くと思いますが、ご了承ください。)

先生の講演内容を、私が〈かいつまんで〉で紹介するような失礼なことはできませんので、植木雅俊先生の『法華経』の現代語訳を読んでいて、その「序品」はたしかに『般若経』の影響が強いことを確認しました。辛嶋先生の講演内容には、『法華経』「法師品」から「如来神力品」、と「序品」、「嘱累品」「薬草喩品」後半は、『般若経』の影響を受けて創られた、ということがありました。

「序品」の書き出し部分は『八千頌般若経』の書き出しとほとんど同じという植木本には詳しい注釈がついていました。『法華経』の「序品」は二世紀頃ガンダーラ地方で成立したであろうと、辛嶋先生のお話でした。

学びたいことは山ほどありますが、さあ、私に残されている時間は????私は今、なにしろお寺の運営に一生懸命ですから、あの世の存在を信じている私は、いかにしてお寺を次の世代に引き継いでいくか、また、ご葬儀についても法事にしても、僧侶、宗教者がしっかりと責任をもって勤めなくてはならないか、と、いうことを伝えていきたいと考えています。

ということで、メモはこれにてやめまして、学びに入りたいと思います。今まで、この一文を書くのに、五人もの来客にお邪魔?されました。住職とは、そういうお役ですね。

皆様、寒いですから風邪にはご注意ください。隣のおじさんはインフルエンザになりました。

(我が家の内猫、タロー君です。ママや兄弟のいる小屋の中にちょっとお邪魔していました。)

#『法華経』メモ

#『法華経』「序品」

 

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老老介護記 母との合唱

2019-02-01 10:19:42 | Weblog

2月1日(金)晴れ、寒い【老老介護記 母との合唱】

母がしばらく帰っていました。施設にお願いしたり、帰ってきたりで、なんとか私も時間を使うことができます。やはり夜何回も起きなくてはいけない、ということがかなり私にとっては負担になっているようです。施設に預かってもらうこともできないご家庭は、大変ではないかと思いますが、ご家族が何人かいるとよいですね。

さて、この度は、母といろいろな歌を歌ったりして、楽しみました。島倉さんの「東京だヨ、おっ母さん」とか、「影を慕いて」とか「夏も近づく」とかです。私は「東京だよ…」の2番は苦手です。「優しかった兄さんが 田舎の話を聞きたいと 桜の下でさぞかし……」「逢ったら泣くでしょ 兄さんも」という歌詞になるとつい涙がでてしまいます。私の兄は戦争ではなく、クモ膜下出血によって突然にこの世を去りました。まだ57歳という若さでした。

「知床旅情」も歌いました。ルビの振っていない歌詞カードでしたが、一字を除いてすべての漢字を読めるので母の頭脳はまだしっかりしていることがわかりました。読めなかったのは「羅臼」という文字だけでした。母が子供の頃に家が没落して、子供のころから奉公にだされたのだそうです。大きな足袋屋で何人も職人さんがいたそうですが、お父さんという人が母の母親が亡くなってしまってから、大酒飲みになってしまい、店は潰れたのだそうです。昔、足袋屋は繁盛した職業のようです。そんなで学校には行けませんでしたが、自分で努力して字を読むことも書くことも立派にできます。計算もできます。

母が奉公先の赤ん坊を背負って、つい先日まで通っていた小学校に行って、教室を覗いたそうです。そこの壁には上手だったので貼りだされていた自分の絵が飾ってあったのを見た、という話を聞いたことがあります。この話を思い出すと私はやはり泣けてきます。今も涙が浮かんできます。赤ん坊を背負う幼い母の姿と、その時の心情が思いやるのです。切なかったろうと思うのです。「おしん」という番組がありましたが、おしんのような頑是ない子が、子守りをしている姿が目に浮かびます。

母と歌を歌いながら、今年は103歳になろうという母とこうして歌を歌うことも、いつまで続くか、と、ふと思うと、やはり涙腺が緩んできて困りました。

しかし、そのあと、トイレ介助が大変なことになって、涙は吹っ飛んでしまいました。老老介護をつとめている皆様、どうか、自分もインフルエンザにはご注意くださいませ。はや2月です。

(外猫の母猫と娘の猫です)

 

#老老介護記

#おしん時代の母の姿

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苦しみからの解放

2019-01-26 20:03:30 | Weblog

1月26日(土)晴れ後曇り 大変寒い【苦しみからの解放】

このところ、私は苦しんでいました。いかにしてこの苦しみを乗り越えるか、仏弟子として釈尊の教えに真摯に向き合いました。

なぜ苦しんだのか/それは自分の望んだようにはならなかったからに他なりません/私の描いていた青写真がズタズタになったからに他なりません/それも最も私がそうなってはほしくない、という方向にいったからに他なりません/つまりこの苦しみは私が創り出したものに他なりません/私の思いが裏切られたのであり/その人間は私を裏切ったわけではないのです/その人間は自分の望み通りの道を歩いていきたいだけなのです/

世の中の親たちは、子供が自分の思うとおりに生きてくれないと、さんざん苦労して育てたのに、と苦しむことでしょう。

しかし、望まなければ、どこにも苦しみは生じないのです/夜中にふと目が覚めて/どうしてなのか/と、怒りにさえ近い思いが沸き上がってきていました/そうして、このような思いは一体どこから湧いてくるのだろうか/この頭の中からだろうか/胸の中からだろうか/思いの湧き出る元は/この心身のいずこからなのか/と、思ったりしていました/とにかく、自分の全く望まない方向に行ってしまわれて/がっかりしてしまったのです/我が人生でこれほどがっかりしたことがあろうか、/と思うほどがっかりしたのです/

しかし、苦しみのもとは、外にあるのではなく、自身の願望があったことで、この願望をなくせばよいのだ、と釈尊の教えに従いました。

四聖諦(ししょうたい)の教えこそ、釈尊のお説きくださった、人間が身も心も健やかに生きられる教えなのです。

苦諦ー現実世界はみな苦であるという真理/集諦(じったい)ー苦の因は煩悩や渇愛によるという真理/滅諦(めったい)ーそれを止滅についての真理/道諦(どうたい)-止滅させるための手段や修行についての真理/道諦では八正道が説かれる/

*今、『法華経』の現代語訳を読んでいるが、その中にわかりやすい表現がありました。(それぞれの如来も)…略…すなわち声聞たちのために、生・老・病・死・憂・悲・苦・悩・哀の超越のための安らぎ(涅槃)を究極とする四つの聖なる真理(四聖諦)と結びつき、縁起によって生じた法(十二因縁)を説かれた。(植木雅俊訳『法華経』)

自分が最も望まない方向にあることが行ってしまったが/それを苦しむのは/自身の願い思惑があったからで/それを捨てればすむことだ/他の者の人生はその者にお任せ/

私自身自分の思うように生きてきました

と、いうことで、皆さんもいろいろな苦しみはあるかもしれませんが、なんとか脱出を試みてくださいませね。

今日は寒かったですね。

(外猫ちゃんたちが、やっともとのように小屋に帰ってきてくれました。猫小屋の板も取り替えたり、敷物を新しくしたり、以前に使用していたこの子たちの匂いのついた寝床を置いたり、猫和尚は努力しました。猫ちゃんたちが、小屋に帰ってきてくれて嬉しかったです。子狸はどうしているか。)

 

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子狸に泣く

2019-01-21 10:12:03 | Weblog

1月21日(月)晴れ【子狸に泣く】

外猫ちゃんたちの小屋に「おはよう」と声をかけたら/ 布団の中に見なれぬ毛色の動物の背中が見えました/つついてもビクともしません /他の猫ならば脱兎のごとく逃げ出すはずです /ホットカーペットをはがして見ましたら /子狸のようです /外に出そうとしましたが /全く出ようとしません/猫小屋中狸の臭いが充満しています/私が子供の頃/近所のおばさんが狸を2匹飼っていて/その家には狸の臭いがいつも充満していました/子狸はガリガリに痩せています/暖かい猫ちゃんたちの寝床でやっと寝ていたのです/

丁度総代さんがやってきてくださり、「布団ごと林に逃がしましょう」/小屋から出たがらない狸ちゃんを/やっと布団でくるみこんで/お寺の北の林に運んでくれました/布団から出された子狸は/一目散に林の方に逃げていきました/

哀れな子狸よ/あんたは生きていけるのか/食べ物をあげてももう食べられないでしょう/と総代さんは言う/狸を見なれていて/わかるのだろうか/たとえ食べる力があったとしても/食べ物をあげることはできない/猫ちゃんたちがやられてしまうだろうし/臭い狸ちゃんを飼うことはできないのだから/可哀そうだね/可哀そうだね/可哀そうだね/あんたを助けてあげられなくて/私は無慈悲だね/偉そうなことは言えない/一匹の子狸を助けられないお坊さんか、私は/芭蕉の言葉を思い出す/汝の性(さが)の拙(つたな)きに泣け/富士川のほとりで泣いていた捨て子/芭蕉は袂から食べ物を投げてやり/ただこれ天にして、汝の性の拙きに泣け/と野ざらし紀行に/書いていた/あーあ、私は無慈悲だ/皮膚病なのか、毛の抜けてやせ細った/病の子狸よ/生き延びよ、とは思わない/暖かい布団の中で眠ることのできた/それを冥途の土産にして/あまり苦しまないで旅立っておくれ/

芭蕉の野ざらし紀行の一文を、学生時代に読んだとき、芭蕉は何と冷たいのか、と思ったが、その時はわからなかったのだ。芭蕉は心の中で泣いていただろうと、私は、今、思う。

#子狸

#芭蕉

#野ざらし紀行

 

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朝日を食べる効用ーストレス対処法

2019-01-15 18:17:23 | Weblog

1月15日(火)晴れ【朝日を食べる効用ーストレス対処法】

今日は良く晴れた日でした。この晴れた空のもと、ご葬儀をつとめさせていただきました。親から頂いたものは健康な体一つ、裸一貫と言いますが、一代で工場を起こし、働きに働いて、家族を守り、仕事を愛し、生き切って命を終えたという感じの方でした。

私は、このような人生を送られた方の、ご葬儀をつとめさせていただくことを、まことに有難いと思っています。お子さんもお孫さんも兄弟も親戚も、この方を慕い、愛しているとつくづく感じます。一からの出発ですから、どんなにか大変であったことでしょう。しかし、古いようですが、「艱難、汝を玉にす」

人生はかくありたい、と思います。生前、一度だけ写経にいらっしゃってくださいました。亡き奥様の納骨のためでした。

さて、私は、このタイトルのように以前から、朝日を口いっぱいに開けてご馳走になっています。このところ、少々辛いことがありまして、精神的にダメージを受けていましたが(お坊さんのくせに精神が弱いですね)、やはり坐禅やお拝や朝日や食事や、日々のできごとに支えられながら、ダウンしきらずに立ち直っているようです。

皆様は私のような弱虫ではないと思いますが、時に人間は弱いものです。そんな時、ここにご紹介した対処法をどうぞお試しくださいませ。そうでした、千ぶりの効用もご紹介しましたね。頭を抱えているだけでは、精神的な苦痛はなかなかやわらがないものです。人生は山あり谷あり、信頼していた者からの裏切りもあるものです。なにがあっても落ち込み切らないで、空を見たりして乗り越えましょう。

そうそう、空を見上げる効用、というのもありますね。寒いですが、くれぐれも風邪にはご注意なさってください。睡眠は健康を支えるためにも大事です。

#朝日の効用

#ストレス対処法

 

 

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千ぶりの効用-ストレス対策

2019-01-12 20:23:34 | Weblog

1月12日(土)曇り【千ぶりの効用ーストレス対策】

今日は寒かったですね。法事とご葬儀が続いているので、とにかく風邪を引かないように気を付けています。かなりの精神的なダメージは、百拝や、坐禅や、修行者として、できる限り、これから抜け出ようと努力しています。

胃も一瞬にして、荒れてしまったようですが、千ぶりを飲んで、なんとか乗り越えられたようです。千ぶりとはなんぞや、とご存じない方に少々説明しますと、薬草です。

千回振り出してもまだ苦味は出るというほど、なので、千ぶりというのだそうです。戦後、叔父が戦争から帰ってきたとき、すっかり胃をやられてしまっていたというので、祖母が千ぶりを飲ませて治した、という話を母から何回か聞いています。我が家では何かというと千ぶりを飲んでいたことを思い出しまして、保存している缶を見つけ出して飲みました。

一回分を適当にコップに入れましたら、それに何回も熱いお湯を淹れまして、何回でも飲めます。お蔭様で今朝あたりから、胃が荒れていたのが治った感じがあります。それにしましても、あまりのストレスで一瞬にして胃に穴が開く、ということがあるそうですが、想像できます。

期待するから、裏切られたような感じがして、ダメージを受けてしまうのです。期待しなければ、何でもないことなのです。もともとは自分の勝手な期待によるものです。

皆さん、ストレスを抱えていたら、それからなんとか逃げる方法がいろいろとありますから、それを実行してみましょう。私もなんとか抜けられそうです。

「去る者は追わず」

(電線に止まっている鳥たち、スズメより大きい?去年お寺の横で撮影しました。飛び立つ時は壮観ですが、とてもカメラにはおさめられません。飛び立つエネルギーは強いです。止めようとしてもとめることはできませんし、鳥自体も飛び出してしまえば、自ら止まることはもはやできないでしょう。)

#ストレスからの脱却方法

#千ぶりについて

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お拝の効用

2019-01-07 08:51:19 | Weblog

1月7日(月)晴れ【お拝の効用】

今日は七草です。皆さんお食べになりましたか。私は少し食べました。実は檀家さんの方が作ってお持ちくださいました。一度目のお粥は、なんとお鍋ごと割れてしまい、無残にもアスファルトの上にめちゃめちゃになっていました。

「お気持ちだけいただきます」と申し上げました。

しばらくすると、またチャイムが鳴りまして、先ほどの男性がお鍋を持って、玄関口に立っていました。と、いうわけで、そのお粥さんを一口ご馳走になりました。

この一年も無病息災でありますように。実はこの二日間まったく眠れず、不眠の苦しみを味わっています。あることがありましてあまりに辛く、あまりに苦しく、あまりに残念なことのために体の中の気が入れ替わってしまいました。

とにかく健康を維持するために大事なのは、体の中の気の流れと血液の流れです。この感情の苦しみをいかに乗り越えるか、僧侶として自分の心身を通して学んでみます。常は気楽に、機嫌よく生きていますので、実はあまりに苦しい状態からどのように抜け出すか、この頃は実感が少なくなっていました。

かなり昔、信頼していた友人に裏切られて、あまりに苦しく、それから自分自身を救うのに、一日中お拝をしたことがあります。そのときお拝で救われました。嘘のように胸あたりにきりきりとあった苦しみが消えていました。大丈夫、生きられる、と思いました。理屈では心髄に入り込んだ苦しみから救い出すことは、かなり難しいです。これから百拝をしようと思っています。

自殺したいほど苦しいことのあるお子さんや人々に、ひたすらに仏様の前で五体投地のお拝をすることをお勧めいたします。さて、今回の結果はいかがでしょう。今夜は母の介護がありますので、この状態を続けていては体が持ちません。苦しい感情に負けているわけにはいきません。

(お賽銭を守っていてくれる外猫ちゃんたちです。ニャーニャー、オメデトウ)

#お拝

#自殺防止の百拝

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除夜の鐘

2019-01-02 19:16:07 | Weblog

平成31年1月2日(水)晴れ【除夜の鐘】

皆様、あけまして おめでとうございます

もう新しい年の2日目です。いまさら除夜の鐘の記事も変ですが、当寺も除夜の鐘をつきました。私が入寺してから6回目の大晦日を迎えまして、ようやく除夜の鐘を復活することができました。実に30年ぶりだそうです。

30年前は、総代さんたちが一晩中つききりで番をしてくれていたそうです。しかし、その総代さんたちもお年をとって代替わりしたり、撞木も取り外されていましたので、長い間除夜の鐘の音は絶えていたのです。

今年は、知人のお寺の方が「つき札」を作成してくれまして、つきに来た方々に1番から108番まで番号のふられたお札を渡すこともできました。

まだ照明が十分でありませんので、あまり宣伝をしませんでしたが、今年の暮れは参道にも照明をつけたり、工夫をしたいと思っています。

必ず祈ってから鐘をついていただきました。私の祈りは「世界の平和」です。危うい世界の動きを危惧いたします。経済が一番、お金が一番としか考えられない愚かしい人々がトップにいるからに他なりません。

今日一日の平和の中に生かされたことを感謝し、今日も夕刻の鐘をつきました。憂国の鐘となりませんよう。

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