風月庵だより

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あさが来た を観て

2016-01-29 16:53:30 | Weblog

1月29日(金)曇り、雪が降りそうな天気【あさが来た を観て】

NHKの朝ドラ「あさが来た」を観ました。渋沢栄一の役を、三宅裕司さんが演じていました。

感心した言葉がありました。「お金は扱う人の器の大きさに従って動く」

心がけるべきこととして「人間をつくること、誠実な人材をつくること」

当たり前のことではありますが、この当たり前のことを得心することは別の問題です。お金の扱い方も。他を生かすことに使われなければ意味がないでしょう。ただ資本家を肥やし、会社をもうけさせるだけでは意味がないでしょう。また誠実な人間をつくることは、つくづく大事な事だと思います。その逆に、人間の不誠実な面と応対しなければならない経験をしますと、人間の誠実は、いかに宝物であるか身に沁みてわかります。(不誠実な人間とか、誠実な人間とかいう表現は厳密にいうと間違いでしょう。どの人にも不誠実になる可能性も、誠実になる可能性があるのですから。)

話は違いますが、三宅さんとは、若いころに大江戸新喜劇という劇団で、一度だけ私がプロデゥーサーをさせてもらって、一緒に公演したことがあります。その頃私は無知で誠実でなかったので、あまりよいプロデゥーサーではありませんでした。今ならば、もう少しましなプロデゥーサーを務められるかもしれません。

何事も学びです。もともと誠実な面ばかりの人であれば、学ぶ必要はないでしょう。そうでない人はその点について、自らを反省し、学べばよいのだ、と思います。決して諦めることはありませんが、自らの不誠実が見えなければ、残念ながら、誠実を学ぶことはできませんが。

テレビも時々楽しんでいますが、学ぶべき言葉が散りばめられていますね。以前炬燵のことをなまくら箱といいましたが、テレビも気をつけませんと、なまくら箱になってしまいますが、気を付けて楽しめば魔法の小箱です。

(今日は雪が降りそうで、外猫たちが心配でしたので、見に行きました"3階建の猫小屋"の2階は左に写っているハッピーの寝床になっていたのですが、今日は、3階の子猫のミーちゃんとママが占領しています。ハッピーはどこかと心配しましたら、3階に通じる穴から垂らしておいたタオルの後ろに狭いのを我慢するように寝ていました。ハッピーは後から仲間に入れてもらったので、遠慮することを知っているのでしょうか。猫にも礼儀があると感心してしまいました。もしかしたら、礼儀よりもハッピーの優しさかもしれません。)

 

 


蕗のとう

2016-01-26 10:15:53 | Weblog

1月26日(火)晴れ【蕗のとう】

雪の下に蕗のとうが出ていました。早速てんぷらにしてご馳走になりました。

これから春は苦い野草がでてきます。夏の暑さに負けないためにも、苦い野草を天然のサイクルから少量頂戴することは健康のためにとてもよいそうです。そのうちタンポポの根のきんぴらもできそうです。

皆様、雪の影響はいかがでしたか。「香炉峰の雪は簾をかかげてみる」などと、優雅なことを言っている暇はほとんどの皆様にはなかったことでしょう。こういう時、茶の湯などをお稽古なさっている方は、どうしてもそのような優雅をお楽しみになるお席になることでしょう。床の間には雪に因んだお軸などをかけて、ひと時の優雅をお楽しみになるのでしょう。

私もそんな時間を持ちたいものだと思います。が、今はそのような余裕はまったくありません。余裕を持つ、心の余裕がないのです。どんなに忙しくても、心の余裕があるようでなくては、僧侶としては未熟ですね。

せめて雪の下から覗いていた、蕗のとうをてんぷらにあげて、母と、近所の一人暮らしの檀家さんに持って行って、早春を楽しみました。

(写真はあらためて今朝撮ってみました。雪がかなりザラメのようになっていますね。)


100年インタビュー 長渕剛

2016-01-19 22:34:57 | Weblog

1月19日(火)晴れ【100年インタビュー 長渕剛】

BSでこの番組がありました。

苦しみの中から紡ぎだされた珠玉の言葉で溢れていました。ご覧の皆様、長渕の仲間たち、それぞれが貰い受けたそれぞれの言葉があることでしょう。

お坊さんの私に響いた言葉:

「死も自分の表現としてとらえていく」                                                

「自者の幸せを追求していくうちに他者の幸せにつながっていく」

「いくつもの山を越えてさ、信じちゃ足をすくわれてさ、それでも俺たちが決して失わなかったものはさ…」

次に何をおっしゃるだろうかと思っていたら

「信頼」と言われた。信頼を培うことの大事さを思い続けていた私は思わず腕を振り上げました。

「銭 かねにはかえられない」

「もがき苦しみながら今自分が生命を受けている。死んだ者たちの礎の上に私たちが生きているということ」

若い人たちに「体を動かせ」「悩め」「十代は研磨(のとき)」

長渕は、ご両親を信頼していましたね。親の意見を聞きましたね。親の生き方を認めていましたね。このことは意外に思う方もいるかもしれません。絶対的に信頼できる存在を持っていたことは長渕の強さではないでしょうか。

テレビの写真を撮ることも忘れて、聞いていました。観ていました。

かなり以前の映像ですが。

 

 

 


雪のお地蔵様

2016-01-19 12:03:26 | Weblog

1月19日(火)晴れ【雪のお地蔵様】

昨日は、こちらも雪が積もりました。朝6時くらいからは雨に変わっていましたが、少し積もりました。今日もまだ、雪は融けません。母のリハビリの方の車が参道に入れませんでした。このような時は、隣の檀家さんの駐車場を使わせてもらえますから助かります。

さて、一昨日、なんとなくお地蔵様の不老帽がかなり日に焼けてきましたので、思い切って夜なべ仕事に縫い替えをしました。翌朝かぶって頂くつもりでしたが、もしかしたら雪が降るかもしれないという予報でしたので、夜のうちに被っていただきました。

昨日の朝、あたり一面の雪景色、すぐにお地蔵様の様子を見に行きました。やはり夜のうちに被っていただいてよかったです。

まさか、六地蔵様の話ではありませんが、朗報があるとは思っていませんでしたが、思いがけない朗報がありました。

石のお地蔵様ですが、見えざる世界のお地蔵さまとエネルギーがつながっていると、老尼は信じております。皆さんもこの世のこと、苦しいこともあるでしょうが、真っ直ぐに生きようと努力し(たとえ真っ直ぐに生ききれなくとも努力は大事です)、清らかに生きようと努力し(たとえ清らかに生ききれないとしても努力は大事です)、まことを尽くして生きるように努力し(たとえ尽くしきれないとしても努力することは大事です)、そんな生き方が大事なのではないでしょうか。

何時、別世界に帰らなくてはならないか、明日をも知れない命なのですから。お互いに努力し合って生きてまいりましょう。


追悼 スキーバス転落事故

2016-01-16 22:13:54 | Weblog

1月16日(土)晴れ【追悼 スキーバス転落事故】

あまりに痛ましい事故で、冥福を祈るばかりです。あの18号線は、今から30年以上前、私は歩いたことのある道です。名古屋から歩きましたので、長野県側から歩いたのですが、群馬県側からですと、やっと七曲りの登り道を終わって、これから下りのカーブが始まるというところです。

ドライバーも不慣れな運転で、暗闇の曲がりくねった道をやっと上り終ったところで、疲れ切っていたピークだったのかもしれません。慣れているドライバーでもあの曲がりくねった道を運転するのは一苦労でしょう。

真っ暗闇の、寒い山の中で、若者たちが命を終えてしまいました。このような此の世の命の終わり様は、若者たちには受け入れられないことでしょう。しばらく自らの死を理解することはできないでしょう。まして、夜中でしたから睡眠中の出来事なので、しばらくは夢のなかにいると感じているかもしれません。

嘆き悲しんでいるご家族の姿や、これからお通夜やご葬儀や、自分のために営まれる一連の死出の見送りを受けて、段々に死を受け入れざるを得ないでしょうが、受け入れることはかなり大変なことと思います。

宗教者の役割は大きいと思います。この若者たちの見送りは、ご葬儀だけでは十分ではないと思います。しばらくは鎮魂の語りかけが必要と思います。

尾木先生のゼミの学生さんもいたようです。この先生とは、大学時代同期でした。

長く生きていますと、どこかでつながりがあります。まして自分が若いころに行脚した道程で起きた事故です。

ひたすら冥福を祈るばかりです。まだまだやりたいことが山ほどあったことでしょう。

 

 


長渕剛 Myself

2016-01-11 18:52:26 | Weblog

1月11日(月)晴れ【長渕剛 Myself】

この三日間猛烈な眠気に襲われて、毎日睡眠10時間もしてしまいました。疲れていたのですね。我ながら驚いています。新年祈祷会が終わって、お札を配らなくてはならない檀家さんや、お送りするところやら、ようやく去年からの引き続きの仕事が一区切りがつきまして、疲れがでたようです。

臨済和尚も「昏来たらば眠る」という当たり前のことをおっしゃっています。たしか。

久しぶりに長渕の「Myself」を聞きますと、じっとしてはいられなくなりますね。なにか書きたくなりますね。

私は今、若者らしく真っ直ぐに生きてくれない一人の若者を相手に長い間苦闘しています。しかし、決して負けません。陰でゴネているような生き方を、決して受け入れることはしないでしょう。それはお寺を背負っているからです。檀家さんに対して責任があるからです。

と、いうことで、70歳を目前にしても、はるか昔に成人を迎えた私も、決して諦めずに生きていることを宣言いたします。今日という成人式に望んで。

長渕さんのライブ、また行きたいですね。

成人の皆さん、どうぞ、豊かな人生を!!!!!心、豊かな人生を!!!!!!!!!!!!

追記:

Myselfの「だから真っ直ぐ 真っ直ぐ 真っ直ぐ生きてえ」という最後の「生きてえ」の「てえ」は、「真っ直ぐ生きてくれ」だけではなく、「真っ直ぐ生きられねえけど、真っ直ぐ生きてえなあ」ではないかと、今朝ふと思った。

そうして、この陰でごねている若者に、決して負けないことが、私からの願いなのであり、この若者の、これからの人生の為にも、大人として負けてはならない、と思っているのである。人生にごね得をするような生き方をしてはならない。信頼を培ってこそ、道は開く。

長渕さんではないが、「みんな、潔く生きてくれ。一歩、一歩。まことを尽くして。天は見ている。」

 

 

 


祈祷太鼓

2016-01-07 20:31:26 | Weblog

1月7日(木)晴れ寒し【祈祷太鼓】

当寺は新年の御祈祷会を5日に行います。三が日にご祈祷したお札を檀信徒の皆さんにお渡ししています。今年は、新潟から応援に来てくださった青年僧が大変に祈祷太鼓の見事な人でしたので、一層御祈祷会が盛り上がりました。

この青年は、まだ四歳くらいの坊やのときから知っていましたので、いつの間にかこれほどに成長なさっていたかと感心もし、驚きもしました。今では立派にお父さんであるお師匠様を助けてお寺を守っています。檀家の皆さんも、彼が立派な跡取りに成長してくれましたので、一層お寺を盛り立てていこうということになるでしょう。親子で力を合わせてお寺を守っていく姿には、檀家さんを安心させる力があります。

彼の結婚式にも出席させていただきましたし、たまたま私が彼を書道部に勧誘しまして、そこで知り合ったお二人ですから、私の果たした役割も少しあるかもしれませんね。

お父さんに似て、書道の腕前も大変立派です。読経の声も、日頃から唱え続けていることがわかる、大変に良い声です。さらに、なによりも礼儀正しいですし、謙虚ですし、お坊さんとしての素質が自然に備わっているような人物です。さらに法を説けるようになってくださいますと、有難いことだと思います。

日本の檀家さんのあるお寺は、修行道場とは違います。檀家さんたちとともに力を合わせて、守りあっていく場です。「財法二施」と言いますが、僧侶は法を、檀家さんたちは財を布施しあって、成立しています。

読経の声も、お塔婆一つにしてもきちんとした文字が書けること、祈祷太鼓にしても、実はすべて努力して、当然身につけていなくてはなりません。そうして、檀家さんたちを大事にして、お釈迦様以来の法をお伝えすること、檀家さんたちが理解できる言葉で説けること、これらを為すことが、寺を守る僧侶のお役だと思います。

さて、その彼の祈祷太鼓を、初めて聞かせていただきました。実は私が自分で太鼓を叩こうかと思っていたのですが、彼の太鼓を聞かせていただき、はるかに迫力が違いますので、彼に頼むことになりました。

私は10年ほど、ご祈祷寺におりました。その頃は、年中聞いていた祈祷太鼓でしたが、正直言いまして感動したことはありません。この度、彼の祈祷太鼓を聞かせていただき、感動いたしました。

私も毎日祈祷して太鼓を叩いていますが、いつか聞く人の胸に響くような祈祷太鼓を叩けるように精進したいと思っています。

バチさばき一つにも、その人が現れると思います。師匠は坐禅が終わって、禅堂を出てからよく次のようなことをおっしゃいました。

「鐘一つにも、その人の力量が分かるな」と。

百の言葉よりも鐘一つに表れてしまう、その人の力量であり、心境でさえあるでしょう。

皆さまも、なにか大事にしていることがあれば、お互いに精進いたしましょう。目標を持って、日送りをすれば、生きているという感覚を深く感じるのではないでしょうか。人と比べることはありません。

「自分が自分に深まっていく」

そんな生き方。

すでに本年も一週間が経ってしまいましたね。どうぞ、日々自分なりに真を尽くして生きる日々でありますよう、お互いに。

(寝ることも仕事のうちです、と、我が家のタロー君)


自由に生きるということ

2016-01-03 21:53:45 | Weblog

平成28年1月3日(日)晴れ【自由に生きるということ】

ついに新年が明けて、さらに三日もたってしまいました。まことに時の流れは速い、速い、迅い。私は毎年三が日はご祈祷をしますので、一日があっという間に終わります。

『理趣分経』というお経を読みますが、いろいろ印を結んだり、檀信徒の方々のご祈祷をしますので、一回に二,三時間はかかります。毎年、『理趣分経』の誦経に学ぶことが増えます。印の結び方も、昨年親切にお教えいただきましたので、お陰様で、身口意の清浄に勤める護身法が少しですが、身についてきたような気がしています。勿論、まだまだではあります。

三が日は終わりましたが、このご祈祷は続けたいと思っています。それはお寺の住職として、なんとしても住職として任されたこのお寺と檀家さんたちを守りたいと新年にあたり、さらに強く願ったからです。

今、私は住職としての責任を強く思っていますし、守らなければと心底思っているのです。そこで、つくづく守らねばならないものを持つと、「自由ではいられない」、ということです。

自由に自分の好きなように生きようと思ったら、守らねばならないものを持たない道を選択しなくてはならない、ということです。守らねばならないものを持った以上は、自由には生きられないということです。

このお寺の住職になる前は、身心とも、かなり自由に私は生きてきました。それは守らねばならないものを持っていなかったからだということを、あらためて思っています。

海外にも以前は度々行っていましたが、もはやそれもしようとは思いません。もし飛行機事故にあったり、テロに遭う可能性の高い海外に出ていくことは、住職としてはできないということです。

特に今は決して死ねないとさえ思っています。任されたこのお寺にとって、後をまかせることのできる信頼のおける跡取りができるまでは、決して死んではならないと新年にあたって、思いを新たにした次第です。

此の世を生きていくために、大事な大事なことは「信頼を培うこと」だと思います。権利の主張だけを陰でしているようでは、信頼を培うことはできません。どのような事態に遭遇しても、僧侶である以上は、仏道者として生きていくこと、爽やかに堂々と生きていくことだと思います。執着し、目が眩んでいては、仏法を守る人にはなれません。

仏法を守る精神は自由です。自由に溢れ、なにものも恐れない精神です。私はこの点において自由です。不屈の精神を持って、任されたお寺を守り抜いていくいくつもりです。

そうしてつくづく願うことは、もし来世に再び人間としての生を頂けるならば、仏教をもっと学びたいということです。もはや、この生で、十分に人生を楽しみましたから、もはや此の世的な楽しみは何も望みません。なにとぞ、次の生こそ、僧侶として、もっと深く学ぶことができますように。

これが新年にあたって、私がたてた誓願です。

皆さんも新年にあたって、なにか願いとか、抱負とかお考えになりましたか。神社やお寺にお参りなさって、手を合わせたとき何を祈りましたか。皆様にとりまして、どうぞより良いお年でありますように。

(いなくなってしまった帰ってきたラッキーが、子どもたちを守っていたパパ猫であった時の姿です。後ろの右側の立派なパパのお顔です。おそらくラッキーは天に帰ってしまったのかもしれません)