風月庵だより

猫関連の記事、老老介護の記事、仏教の学び等の記事

行方不明のミーちゃん

2015-04-25 15:33:30 | Weblog

4月25日(土)曇り 【行方不明のミーちゃん】

今日一日ミーちゃんの姿が見えません。一日いないだけでも心配になります。

いつも4匹(母猫も一緒に)食事をしていますので、一匹いないと心配です。外猫とはいえ。

人間ならば、もっと心配でしょう。こんな記事で失礼いたします。

 


タヌキでしょうか

2015-04-11 17:36:14 | Weblog

4月11日(土)午前中雨午後雨あがる 【タヌキでしょうか】

今日は、午前中は雨でしたが、納骨の時間には丁度雨があがってくれましたので助かりました。

また今、雨音がしてきましたので、再び雨が降ってきたようですね。さて、一昨日夜玄関に行きましたら、外に猫とは違う動物が動いています。急いでカメラに納めました。タヌキでしょうか。戸を開けても逃げようとはしません。猫たちに危害を加えないようにと願いましたが、人間語は理解できないでしょうね。

すぐ目の前に国道が走っているのですが、やはりこのあたりは、まだ森がありますので、野生の動物も暮らしているようです。さすがにクマはいないと思いますが、野生の動物も、人間の生活を脅かさないで共存共生したいですね。いや、人間こそ、野生の動物の生活を脅かさないで、共存共生できるとよいが、と思います。

 

 

 


お釈迦様の歌

2015-04-09 23:01:24 | Weblog

4月9日(木)晴れ 【お釈迦様の歌】

昨日は雪が降りました。驚きました。雪の降誕会でした。

甘茶の袋をテーブルの上に置いておきましたら、母が突然歌詞を口ずさみました。

「空を指さすお釈迦様、あま茶の雨に濡れました」と。

初めて母がそんな歌を知っていたことを知りました。私はこの歌は知りません。母はどこで習ったのでしょうか。覚えていないと言います。きっと、小さいころに習ったのではないでしょうか。

今日、一日遅れですが、近所の子供たちと甘茶をかけたり、お釈迦様に五体投地の御拝を一緒にしました。

 

 


キツツキでしょうか

2015-04-03 12:21:58 | Weblog

4月3日(金)曇り、風強し【キツツキでしょうか】

コツコツコツコツ、コツコツコツコツ、どなたか、私の心にノックしているのでしょうか。

と、音のする方を見ましたら、一羽の鳥が梅の老木を嘴でつついていました。

待ってね、カメラを持ってくるから、と鳥に頼んで、カメラを取りに行きまして、戻りましたら、まだいてくれました。

その一枚のご披露です。


老々介護記 徧界の弥露は夢なり

2015-04-01 17:35:09 | Weblog

4月1日(水)曇り 【老々介護 徧界の弥露は夢なり】

はや4月です。なんだかあまりに月日が早くたつように感じます。恐ろしくさえあります。でも花粉症の時季は早くに早くに通り過ぎてほしいですね。私が独裁者ならば、日本中の杉の木を伐採させることでしょう。

さて、我が母は、先々週デイサービスデビュ-をしたのですが、一回行っただけで、もう絶対に行きたくないと言うのでやむを得ずデイサービスはお見送りです。理由はトイレが遠すぎるということと、疲れるということです。家にいるときほど自由ではありませんし、人と話すことは疲れるようです。しかし、少し緊張することも必要なのでしょうが、困ったものです。そのうちなんとかもう少し考えたいと思っています。

今日は看護師さんが来てくれましたので、お通じを出してもらったので気分はよいと思います。しかし、看護師さんの浣腸のお仕事は偉大ですね。そばで見ていても、仕事とはいえよくそのようなことができるものだと、感心してしまいます。私もたまに、母がお通じがないとき、苦しむので、少しは真似事をしましたが、全くその比ではありません。

母は時々おかしいことがあります。今朝、黒豆を小鉢にいっぱい出したのですが、お客さんが来たのでちょっと外で立ち話をして戻ってみたら、小鉢が空になっていました。何日かかけて食べようかと思った分量でしたので、驚いてしまいました。「少ししかなかったよ」と言います。食べたばかりでも「何か食べたかしら」と言います。

つくづく食べることと、出すことが、人間の身体にとって重大事だと実感しています。ところで、今日本の最長寿者は115歳だそうですね。その前は117歳の方だったそうですね。母はどのくらい生きるでしょうね。「願わくば、私よりお先にどうぞ」

(北の窓を取り払い出窓式飾り棚にリフォームしました。そこに師匠に揮毫していただいた茶掛けをかけました。大体イメージ通りにリフォームできました。明かり窓は写経をしていますので、その方がたの手元が暗くならないように大工さんが考えてくださいました。

ここに法事の時はお写真や蔭膳を供えるつもりで考えてみました。さて、この茶掛けには「徧界の弥露は夢なり」という道元禅師の一文が書かれています。私の座右の銘ともいえるお言葉です。道元禅師が意味される「夢」は、「仏界の現れ」とイコールといってよいでしょう。「あまねき世界に現れたる一切のことは、仏界の現れである。」と訳しておきますが、夢は今私たちがはかない夢というように受け止めている意味合いにもとってよいのではないでしょうか。母の姿も、それを介護している私の姿も、また夢です。)