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教育を考える・少し脇の話-法務大臣を斬る

2006-05-03 16:00:10 | Weblog
5月3日(水)晴れ【教育を考える・少し脇の話-法務大臣を斬る】

小坂文部科学大臣がトリノオリンピックで金メダルを獲得した荒川静香選手に、強敵スルツカヤ選手がフリーの競技で転倒したことについて「こけたときは喜んだ」と言ったという。多くの人が小坂氏の文部大臣としての資質に疑問を持ったのは、つい最近の話である。

それがまたも一国の大臣としてあるまじき発言が、法務大臣にあった。杉浦正健という名の大臣である。何を言ったか、呆れてしまってなんと言って良いのか分からない。

ライブドア事件で起訴されて、保釈された前社長堀江貴文被告について「元気そうだ。若いし裁判をきちっとやって(ほしい)。あの姿を見たら再起してもらえるのではないかという印象を受けた」と言っていたが、考え無しの発言としか言いようがない。(この発言は28日の閣議後の記者会見でのこと)

堀江氏の犯したことは、人々を騙して巨額のお金を巻き上げたことである。彼が手にしている富は汗水流して働いて得たものではない。汗水流して働いた人たちから騙し取ったものである。昭和の初めだったか、東京帝大の学生があくどい金貸しをして、一時は巨万の富を得たが、悲惨な最期を遂げたことは、知る人は知る事件である。堀江氏がしたことはそれ以上の悪徳ではあるまいか。

このままぬくぬくと彼が、社会的制裁も受けずに許されてしまったならば、儲けさえすれば悪いことをやっても良いのだという風潮を、ますます助長することになるだろう。若者たちが真面目に働くことを、馬鹿馬鹿しいと思うようになってしまうだろう。

法務大臣ともあろう者がなんでこのような愚かしい発言をするのであろうか。もしかしたら同じ大学ではなかろうか、と思ったら、案の定、銀杏マークであった。社会は銀杏マークをあまりに特別視する傾向がある。ホリエモンをカッコイイと受け入れた一つの理由に銀杏マークの出身(中退ではあるが)ということがあるのではないかと推察する。

銀杏マークに合格する学力と人格は、全く別のことである。勿論人格的に素晴らしい人もたくさんいる。私の出た高校も、五十人のクラスメートのうち三十五人が銀杏マークに合格した。中学から上京したので、たまたまそんな進学校に入学したが、学力と人格とは別問題であることはよく知っている。(私は別のマークなので、説得力に欠けるかもしれないが)

勉強ができることはたいしたことではない。ホリエモンのように狡いことに優秀な頭脳を使う人間も多いのだということを、しっかりと社会は見なくてならない。そして法務大臣でありながら、何が問題であるのか見抜くこともできず、的はずれなコメントを社会に向かって、平気で発しているような愚かしい大臣も、銀杏マークの出身であるということを見なくてはならない。

生き急いだと言っているホリエモン氏が死に急がないためには、人々から巻き上げた富を社会に戻すしか道はあるまい。その位のコメントを法務大臣にしてもらいたいものである。

若者たちのみならず、情報社会の子供たちが、狡いほうが得をするなどということを、この事件から学ぶような結果にならないことを祈るばかりである。