カズオ・イシグロ『わたしを離さないで Never Let Me Go』(土屋政雄訳、早川書房、2006年)を読む。どういうわけでこの本を図書館に予約したのか忘れてしまった。誰かの文章を読んでいて、気に留まったからかもしれない。久々に「当たり」であった。
最初から最後まで、テーマが解き明かされないままに話しが展開されているという「もどかしさ」を感じながら読みすすむ。子どもの生長とそれにまつわることごとが子細に繰り広げられる。「私」というのが間主観的な存在ということに挑んでいるのだろうかと思うが、そうとばかりは言えない、物語りの歯切れの悪さが浮き彫りになる。つまり、描出される情景の輪郭がぼやけている。いや、ぼかしているのだ。なぜぼかすか、どうしてぼやけるかという謎が、中ほどで垣間見える。その時、ひとつ思い当たったことがあった。
もう5、6年前になるが、学生がクローン技術についてレポートしたことがあった。iPS細胞の山中教授がノーベル賞を受ける前のことだ。その学生は、臓器移植というがクローンをつくってそこから移植すれば生体反応の拒絶が回避されると、ひとつの提案をした。「えっ、それじゃあ、そのクローンの人生はどうなるの?」と私が質問して、その学生は「そこまで考えなければいけないのかなあ」とため息をついて、その話は蒸発してしまった。その時の私は、昔読んだ『家畜人ヤフー』を思い出していた。
カズオ・イシグロは、その臓器提供者クローンを育成し、そのクローンが提供者として遜色がないように「立派に(健康に)」育ち、提供者となり、あるいは提供者となるまでの間をどう生きるかを想定して、物語りは展開する。だから、提供者の「人間形成」が物語られ、彼らの人生がそれ自体として価値を持つかどうかが行間に浮かび上がる。と同時に、それらが「提供者としての人生」として社会的に位置づけられていることも、読み取れるようになる。そう言えば、クローン羊のドリーが誕生したのは、イギリスであったか、アイルランドであったか。
イギリス育ちイギリス在住の作者らしく、ノーフォークという土地が登場する。イングランドの北西端、この本の中では「失せものが集められる場所」とされて、象徴的に描かれている。この本の最後の情景に登場するこのノーフォークはこう描かれる。
《何エーカーもの耕された大地を前に立っていました。柵があり、有刺鉄線が二本張られ、わたしの立ち入りを禁じています。見渡すと、数マイル四方、吹いてくる風を妨げるものは、この柵と、わたしの頭上にそびえる数本の木しかありません。柵のいたるところに――とくに下側の有刺鉄線に――ありとあらゆるごみが引っかかり、絡みついていました。海岸線に打ち上げられるがらくたのようです。……》
この物語に登場する間主観的な存在である複数の「私」クローンが、自らの人生をごみのごとくに置き忘れ、それが吹きだまって「失せものの集積地」に集まり、有刺鉄線の下側に引っかかって絡みついている。死屍累々の情景です。そう読み終わったとき、これはクローンの話ではなく、今の私たちの社会そのものが、人をクローンとして育て、消費し、「海岸線に打ち上げられるがらくたのよう」にしているではないか、と思った。
つまりカズオ・イシグロは、クローンとして育てられる「現代の私たち」の死生観をふくめて、俎上にあげているのではないか。読みながら感じた「もどかしさ」とは、だれがどこで操作しているわけでもないのに、世界が人々をクローンとして生み育て、しかもクローン自身がその状況に適合して自らの死生観を持ち来っている、その哀切さが、「もどかしさ」ではないのか。
そう考えてみると、「輪郭」がおぼろになるのも無理からぬこと。そもそも私たちが何を目的に生きているわけでもない。しかもその中の優秀な作品が選び出されて展示館に飾られ、ひょっとしたらそうした幸運に恵まれたクローンには何か特権が与えられるのではないかという期待も、抱きながら私たちが生きてきていることが、鏡に映し出される。そうして、その果てに、ノーフォークがあり、鉄条網の下側に張り付くごみの山がある。それらが皆、私たちの失ったものだとすると、はて私たちは何ゆえに生きているのであろうかと、自分に問いが跳ね返ってくる。何とも切ない。