自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★里山イニシアティブ

2010年11月28日 | ⇒トピック往来
 この「自在コラム」の2010年10月26日付「COP10の風~下~」で「里山SATOYAMAイニシアティブ」について紹介した。里山イニシアティブは生態系を守りながら漁業や農業の営みを続ける「持続可能な自然資源利用」という概念で、今後、生態系保全を考える上で世界共通の基本認識となりつつある。

 その背景には、国際条約への流れがある。2008年5月に神戸で開催されたG8環境大臣会合で里山イニシアティブの国際的な推進が合意され、ドイツ・ボンでの生物多様性条約COP9では日本がその促進を国際社会に表明し、2009年4月にイタリア・シチリアで開催されたG8環境大臣会合でもシラクサ宣言に盛り込まれた。そしてことし10月、名古屋で開催されたCOP10では、世界各地域の自然共生の事例をもとに、二次的な自然資源管理の考え方や具体的な方法を整理し、自然資源管理の国際モデルとして里山イニシアティブを促進する決議案が採択された。

 決議案の採択と並行して、COP10会場で国際組織「里山イニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)」が発足した。国際パートナーシップは、里山イニシアティブを提唱する日本政府が呼び掛けで、アジア・アフリカなど9ヵ国の政府や企業、非政府組織(NGO)や研究機関など51団体が参加した。その中には金沢大学も名を連ねる。その国際パートナーシップの第一弾とも言える「JICA研修プログラム」がさっそく実施され、JICA(国際協力機構)の招きでアジアやアフリカ、中南米13ヵ国の14人が今月17日から3週間の日程で石川県を訪れている。もちろん、金沢大学も協力している。

 JICAの研修員はそれぞれの国の政府の自然保全や環境担当の専門官やマネージャー、生物資源研究所の研究員だ。石川プログラムのテーマは「持続可能な自然資源管理による生物多様性保全と地域振興~『SATOYAMA イニシアティブ』の推進~」。能登半島や白山ろくで、日本の里山や里海の伝統的知識や生物多様性に配慮した農林漁業の取り組みを学んでいる。25日は能登の炭焼きの窯場や塩田を訪ね、26日は実際に漁船に乗って、富山湾の定置網漁の現場に出た。雨降る早朝3時。網を引くとことろから、魚の選別、出荷までを見学し、定置網のどこが環境に優しく持続可能なのか、魚の品質管理とその経済性について、400年続く日本の漁業の知恵を学んだ。

 そして、きのう27日は輪島市にある「石川県健康の森」交流センターでJICA主催のシンポジウムが開かれた。アカマツ林に囲まれたホール。シンポジウムのテーマは「世界は里山里海に何を学ぶのか」。国連大学高等研究所上席局員研究員の名執芳博氏、金沢大学教授・学長補佐の中村浩二氏が講演した。パネルディスカッションは壮観だった。先述の両氏のほか環境省自然環境局、石川県環境部、国際協力機構地球環境部の職員ほか、研修を受けれた製炭工場の経営者、製塩会社のスタッフ、これに研修生14人が加わり、総勢22人のパネリストが「SATOYAMA イニシアティブの実践に向けて~地域のそれぞれの立場から~」をテーマに報告や意見交換をした=写真=。

 自身これまでシンポジウムを含め5つのプログラムに参加し、うち2つのプログラムでは講師やパネル討論のコーディネターとしてかかわった。彼らの質問が経済合理性や科学的論拠など多岐にわたる。「SATOYAMAイニシアティブの到達目標はどこにあるのか、そのイメージを示してほしい」と質問をされたとき、私自身がドキリとした。確かに、その解はまだ誰からも提示されていないのだ。「伝統的に磨かれた里山の知恵や技術を、21世紀型の持続可能な英知としてさらに磨きをかけていきましょう」と答えるのがせいぜいだった。以下は質疑応答のやり取りの一例だ。

イスタント氏 (インドネシア林業省国立公園長):SATOYAMAイニシアティブ(SI)というのはEcosystemの一つだと思う。里山における生物多様性を守るためのガイドラインのようなものはあるのか。
宇野:ガイドラインはないと思う。地域の人々の自然と共生しようという気があるかないかによって、生物多様性を守ることができる。
ジャイシャンカ氏(インド国立生物多様性局技術支援員):日本のSIは現在どの段階か。
宇野:能登は日本の産業化の影に隠れていた。石油の問題や地球温暖化などにより、今は持続可能な利用や人と自然が共生している能登のスタイルが見直されている。日本ではSIはまだイントロダクションの段階だと思う。
ジャイシャンカ氏:イニシアティブを始めるときに共通の課題はあるか。
宇野:現地の人の生活や考えを尊重する必要がある、SIという概念を押し付けてはいけない。
ジャイシャンカ氏:では、SIを市民にどう教えますか、具体的な行動は・・・。

 上記のように里山イニシアティブへの具体論な質問がどんどんと投げかけられる。世界には里山と同じような地域(ランドスケープ)があり、フランスでは「テロワール」、スペインでは「デヘサ」、フィリピンでは「ムヨン」、韓国では「マウル」と呼ばれている。こうした地域には共通して、市場合理性の波や、若者が都市に流出するなどの現象が表れている。

 シンポジウムでふと考えた。里山イニシアティブをこんな言葉で表現してみるとどうだろう。「里山イニシアティブは世界の地域興しだ」と。地域興しなら日本は長年やっている。地域興しの3つの条件がある。「若者」「よそ者」「バカ者」の3つの人的ファクターだ。若者は地域の担い手、よそ者は客観的な価値判断、バカ者は専門性が特徴だ。ならば、よそ者を外国人、バカ者を大学・研究機関の研究者に置き換えて、世界の人々と協力して里山イニシアティブ=世界の地域興しをやっていきましょう、と。

⇒28日(日)金沢の天気  くもり
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