自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆観察好きな教養人の本

2006年05月01日 | ⇒ランダム書評
  「この本は当社の唯一の商品です。買ってください」。昨年末、知人からそんな内容の書き付けが添えられて書籍が郵送されてきた。送り主は富山市の甲田克志さん(60)。北日本新聞社の金沢支局長だったころからの付き合いで、定年退職した。その後、父親名義の会社を引き継ぎ、さっそく商売を始めたというわけだ。その商品が書籍なのだ。

 代金を振り込んでそのままにしてあったが、年度末に部屋の整理をしていて、ひょっこり出てきた。その書籍は498㌻もある。タイトルは「ゆずりは通信~昭和20年に生まれて~」。自らのホームページで掲載していた、2000年から05までのエッセイ147編を本に仕立てた。自費出版ながら、ニュースキャスターの筑紫哲也氏が前文を添えている。「地に足のついた教養人の観察をお楽しみあれ」と。なぜ筑紫氏かというと、富山県魚津市で開催されているコミュニティー講座「森のゆめ市民大学」の学長が筑紫氏という縁からから親しくしているらしい。心強い応援団ではある。

 さっそくページをめくる。まず面白いのは147編のエッセイのタイトルだ。「純粋さにひそむファシズム」「おじいちゃんにもセックスを」「邪宗の徒よ我に集え」「こんな夜更けにバナナかよ」「済州島、消された歴史」「国際テロリスト群像」…。日常の話題から国際問題まで実に幅広い。

 「こんな夜更けにバナナかよ」って一体どんな内容だろうと読んでみると、「俺が生きて、日本の福祉を変えてやる」とボランティアを激しくこき使った、自称「カリスマ障害者」鹿野靖明さん(故人)を描いたルポルタージュの本の題名である。要介護1の父親、同じく3の母親を持つ甲田氏。そして自ら老いる先を見つめて、「老いたる鰥夫(やもお=妻を失った男)の尊厳を守る会を発足させたい」と結ぶ。書評なのだが、自らの生き様と対照されていてまるで我がことの様に描き切っている。

 「返り討ち」は自らの大腸のポリープの切除の話。手術は20分も要しないものであったが高校時代から入院するのを「ひそかな楽しみしていた」のでそれを実行した。引用している俳句が面白い。「おい癌め 酌みかはさうぜ 秋の酒」(江国滋)。

 筑紫氏は前文で甲田さんの文章についてこうも述べている。「一言で言えば、あまり好きな言葉ではないが、『教養』が要る。世の中で起きていることを、世間が言っている通りに単純には受け取らず、自分なりに考えたり、感じ取る能力のことを、他によい言葉が思い当たらないので私はそう呼んでいる。知識やウンチクをひけらかせることでは決してない」。ウンチクをたれるのではなく、観察好きな教養人が甲田さんなのである。私は「磨かれた常識人」とも評したい。

⇒1日(月)夜・金沢の天気   あめ
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