goo blog サービス終了のお知らせ 

空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

政権の正体が明確に

2020年10月08日 12時44分03秒 | 思考試行

 学術会議の人事を巡って、政権の正体がはっきりした。政権の意見と違えば、そんなメンバーは認めないよ、ということで、中曽根内閣の際の会議の推薦があれば、その通りに任命するという、良心的な、堂々とした民主主義の根幹を守る姿勢が、まったく欠如していることを意味する。実にチッチャイ連中だ。

 しかも、その理由を言わない、人事のことだから、の一点張りである。任命権が内閣総理大臣にあるのだから、政権に反対する意見を表明した人物は、任命しないということだが、それを言わない。テレビのコメンテーターは「わからない」を連発する。わからないはずがない、実にはっきりしている。わかっていることをわからない、などといい、ゴチャゴチャコメントしている姿は見るに堪えない。醜いね。

 官僚は、判でおしたように、政権の意向に沿った答弁をする。絶対議論にしない。安倍政権のやり方をそのまま継続している。こんな議論にならないやり方を続けていれば、多数決をとることができさえすれば、なんだって、思い通りにやるんだというやり方であり、議論など、やる必要を認めていないということだ。そして、悪質なのは、「丁寧に説明していく」を連発することだ。実質的になんの説明もしないのに、矛盾することを平気な顔でいう。これが嘘つきのやり方である。

 こんなことが通ることを、国民がどう考えるかである。本当には、国民のくらしのことなど、真剣に考えてはいないのに、そうしているかのようにふるまう。それは、労働者の処遇がどんどん低下し、賃金はやすく、社会保険にもはいれないような働かせ方をし、簡単に首を切り、真面目に働く人々が、人間的なくらしができないような、政策をおこなっていながら、雇用は改善しただの、失業率が小さくなっただの、まったくひどい条件をおしつけておきながら、世の中良くなっていると、平気でうそをつく。

 あちこち労働者への締め付けは厳しくなっている。最近入院したのだが、大病院の看護師などに対する人員は、まったく貧しいものがある。従来は事務職の職員がやってきた事務を看護師にやらせ、勤務体制の人員を極端に絞っている。ために、日常業務に余裕がなく、看護師の忙しさは半端ではない。維新政治の実態を見た思いがした。

 かれらは、なにを目指しているのだろうか。大阪市から財源を奪い、市民サービスを切り詰め、その金で、富裕層を喜ばせる政策をやろうとしている。富裕層がさらに豊かになることによって、かれらの思う政治が完遂できると思っているようだ。

 働く人々が、苦しむ社会こそ、社会として、「健全なすがた」であると思っているかのようだ。負け組を作りだすことそのものが、彼らの政策の成否をみる尺度になっている。

 彼らの視線は、賭博場の建設であり、権力の集中であり、外国との武力抗争への対処であり、平和的に地球社会をよくしようとは思ってはいない。戦争のできる一人前の国となることが、現実的な方向だと考えている。必要があれば、戦争だってやる構えである。

 労働条件をますます厳しくして、自衛隊入隊を促進する意味があるのだろうか。自衛隊の条件が相対的に魅力的に映るように、青年たちの環境条件をコントロールしているかのようだ。

 世界が一足飛びに良くなるとは思えないが、真剣に地球全体の状況から、どうすれば世の中が、よくなるかの視点がなければ、世界はよくなりようもない。すでに、その方向で、先行している国も世界にはある。国民は、広い視野で、投票行動に臨まなくてはならない。しっかりみようぜ。全世界のために、子孫のために。

 

 

 


安倍首相が辞意を表明して

2020年08月31日 12時31分37秒 | 思考試行

 世間はどんな反応をしているのだろうか。読売テレビは、長期政権でご苦労様と、非難の調子はない。病気で辞任ということで、回復を祈るてな調子が普通のように報じている。

 彼が何故辞任の決意に至ったのか。モリカケ問題、桜を見る会、公文書改竄問題、国会を開けという憲法にもとづく野党の要求にも、憲法に、いつまでにという規定がないという理由で、応じず、黙殺するなかで、さらに、コロナ対応もピント外れが続く。

 国会を開けば、材料満杯で、野党に突っ込まれる。開けない。答弁しても、答弁にもならない無茶苦茶さだから、我ながら嫌になってきたのではないか。説明するといっておいて、説明などしない。言い訳にもなっていない。責任は自分にある、と言っても、それは言うだけのことであり、ことばに実がない。

 決めるのは多数決だから、なんでも決められる。事実、従来の自民党が憲法があって、踏み込まずにいた問題も、次々と踏み込み、憲法解釈を変え、弾圧準備の法律を作り、好き放題に戦争準備にまい進してきた。こんな無茶苦茶をシレっとやってのけてきた。よくも7年8か月もやったものだ。あとは憲法さえ変えれば、いつだって普通の国として、戦争だってできる。他国に、なめんじゃねえよ!と言える。とそこまできている。

 読売新聞の読者で、安倍ファンの人がいる。日本がこんないい国なのに、なぜ文句をいうのだろうという。そして朝日の批判をする。ただ、彼は、朝日を読んではいない。読まずに批判する。わかっているはずがない。

 朝日の読者をなんであんな新聞をとるのかわからない、などと言っている。どこかで聞いたのだろうか、朝日攻撃をすることが、話し合われているかのようだ。朝日は、公明党の広告も掲載しており、エエ加減なところもあるが、基本は真面目なところもある。良心的なところもある。彼がいうほど悪くはない。それを悪いと言い募る傾向は誰かの影響を受けているのかもしれないが、それは悪しき傾向である。フワフワするなと言いたい。

 そもそも新聞読者というのは、相当減っているようだ。メディアとしての力が、多様化のなかで、相対的に落ちているように見える。新聞読者そのものが全体として、激減しているのではないだろうか。それは、世論の弱さと言う風にも感じる。確信のある意見ではないような、頼りない世論である。国民はしっかりと勉強し、意見を持ってほしいものだ。

 安倍一強と言われ、官僚は忖度するし、検察、司法もおかしくなり、日本はどんどんおかしくなっているようにみえる。まともな政権運営ではなくなってきている。こんな政権が長く続いて、官僚希望者も少なくなってきているという。当然のことだろうと思う。国のために、国民のために、と思ってもそうはならない感じであり、政権に屈従するほかない官僚など誰がやりたいものか。権力者の言うままに動くだけの仕事などやりがいがあろうはずもない。

 世の中全体が自由闊達で、表現の自由はもちろん、正論がまっすぐ通り、それが反映される政治が求められる。人事権を官僚から奪い、官僚に、恐怖を蔓延させたことは安倍政権の最大の悪事だろう。能力を国の行く末を開いていく方向に発揮させるようでありたい。安部の顔を伺うようでは情けない。

 菅氏が、有力候補になってきたらしい。彼は苦労人と聞く。苦労人がどんな政治をやっていくのか、安倍政権は苦労知らずのお坊ちゃん政治だとすれば、真反対の人民尊重の政治であってほしいものだ。しかし、彼も、苦労人から脱して相当の時間が経っている。まともに、期待することはやめにしておこう。彼はそれほど理念を語っていない。いままで、安倍の忠実な補佐役をやってきたのだから、期待はできない。それでも、彼がどんな風に政権運営をしていくのか注視するほかない。苦労した人間がどのような政治をするのか、どんな影響を受けてきているのか、結構冷めた目で見ていこう。

 

 


やるべきことをやらず、してはいけないことをやる

2020年08月21日 16時53分18秒 | 思考試行

 コロナ対策では、検査をやって、陽性者を隔離する。そのことが、あらたな感染者を出さないための有効な方策と思われるのだが、日本のやり方はそうではない。マスコミがなんでやらないのかと大騒ぎしても、擬陽性、偽陰性の問題があって、などといい、できれば検査はやりたくない方針らしい。

 擬陽性、偽陰性の問題があることを知っていれば、人為的に対処すれば充分対処できる。することを、しないで、検査そのものをしないという理由にするのは、いかにも無理がある。

 外国の例をみるまでもなく、当然の段取りを否定するこの国の論理には胡散臭いものがある。

 コロナ対応のため、医療機関が大きな出費を強いられ、夏のボーナスも支払えない、という病院施設もでてきている。財政的な支援態勢が全く不十分である。対処しようとする動きもみえない。

 休業要請をした業者への補償はわずかであり、多くの業者がコロナ倒産に追い込まれている。

 医師への用具などの手配にしても、充分とは言い難い。

 そうしたなかで、マスクや消毒薬など、不足していることにつけこむ買い占めが起きて、不当な値段のつり上げが生じた。転売を禁止したものの、早くも転売禁止は解除するという。

 GO TOトラベルでは、案の定感染者を全国にまき散らした。

 経済活動をしなければ生きてはいけない。一方では、感染者の拡大に対処しなければ、動くにも動けない。焦点が定まらない。

 いらないマスクを配布したり、転売禁止を解除したり、感染者をまき散らすキャンペーンをしたり、どうもやることがピント外れである。

 もともとインチキ小選挙区制による少ない支持率で、数だけは多数をとれるという、民意の反映など糞くらえという制度によって、議席を掠め取り、官僚の人事権を一手にした効果を充分発揮している。

 国の機関は、政権の意向に忖度するようになり、次々と問題が発覚してきた。異様な事件がどんどん起きた。モリカケ、桜を見る会、議員の汚職、首相は、その都度、責任を痛感する、というだけ。説明する、と言いいながら、説明しない。公文書の改竄をやらされた公務員が自殺しても、平気らしい。こんな鉄面皮な態度をいつまで続けるつもりだろうか。真顔でウソをつく。自分が正しいと、思い込みさえすれば大丈夫だ、ということか。 そんな人が実際にいるという話は聞いたことがある。

 医療機関への支援体制など、なんでやらないのか不思議で仕方がない。ただちに財政出動しなければ、なんのための政府かといいたい。

 転売禁止を解除してくれとは、誰が要求するのだろうか。大儲けをたくらんだものの、品物が足りてきて、処分に困ったヤカラが、「オネガイ」したのだろうか。その筋の要求に応えることは、なんと素早いことかと思ってしまう。


マスコミはコロナでどう動くべきだろうか

2020年08月12日 13時35分08秒 | 思考試行

 コロナ対策が、全体として、はっきりしない。これでいくぞ、という風にはなっていない。

 もうすでに国民には免疫ができているから、大丈夫という説。検査なんか無意味と言わんばかりの調子で、対策など必要ないという感じである。インフルエンザの流行具合からのデータで、それがわかるという。

 しかしながら、現実には、全国的に陽性者数が増え、徐々に重症者数も増えてきている。沖縄では、GO TOトラベルに入って、陽性者数が激増している。医療体制はもう崩壊寸前ではないだろうか。

 検査をして、陽性者を隔離し、陰性者は経済をまわすべく活動したらいい、という説がある。これがもっとも常識的だと思われるのだが、どういうわけか、検査をしない、という固い信念がある層があって、これが、政府全体の動きを決めているように見える。検査をめぐって、まるで派閥争いでもあるのだろうかと思わされる。

 検査のデーターがすべて公開されていないようでもあるし、なんでコロナ対策が、スムースに事が運ばないのか不思議極まりない。意見の違う者が集まって、議論するという当たり前のことをなぜしないのか、マスコミがなぜ音頭取りをしないのだろうか。

 目的はただ一つ、コロナを抑えることであり、そのために、マスコミは決まったメンバーで、それぞれ勝手に自己の意見を述べ合っているだけでは、解決できない。相互に意見をたたかわせる場をつくり、対策を明確にすべきだ。

 やるべきことを明確にし、やらないのは何故か、マスコミは総力をあげて、その詰まっているところを明らかにしなければならない。うまい具合にペラペラしゃべるばかりが仕事ではない。対策をとらせるべく、番組を企画し、政府を動かさせるべきだ。

 

 


”筋金入り”は死んだのか

2020年07月22日 13時48分09秒 | 思考試行

 若き頃、「どう生きるべきか」という命題が、頭をかすめていた時期があった。あるとき、国語の教師が、授業中に、倉田百三の「出家とその弟子」亀井勝一郎の「愛と認識の出発」そして西田幾多郎の「善の研究」を読むよう勧めてくれたことがあった。

 人生とは何か、を考えることは思春期の大きな課題であると、今頃になって思う。当時はまさに考え込むほどには、悩んでいたわけではないけれど、前記の教師の話は響いた。後に同窓会などで、その話をしてみたが、そうだった、という声はきいたことがなく、みんなに響いていたわけではなかったらしい。

 私は、当時、さっそくこの3冊の本を買い、読了した。すべてを理解できたわけではないが、それでも、読書で感動するという体験をし、そして、特に「善の研究」から、結論的な人生の指針を得た思いがあった。要するに、人生は生涯にわたって成長をめざすことだ、成長する努力をすることだ、という結論である。

 映画を見に行った帰り道だったか、寮へ帰る道を歩いていたその時、不意にそう思った記憶がある。はっきりした目標があるわけではなく、先送り感いっぱいの考え方であるが、それなりに、腹構えができた気持ちがした。以後、思想的には、大きな方向では、ぶれることなく今に至っている。素直に世の中を眺める姿勢である。

 最近の世相を、政治の状況や、コロナ感染対策のあれこれの対処をみるとき、政治家が国民をみる目、彼らの人心掌握の手法、高級官僚の犬のように主人と目されるものに対する卑屈な従順さ、主人を守るためには、ウソをつくこともやむなしとする。自ら自身も騙しきっているようにみえる。

 背景には、単なる自己保身を第一とする姿勢が目立つ。政権の意向をどこまでも守ることこそ、自己保身と出世のために必須のことのようだ。しがらみを絶ち、やるべきことをやることが、自分を真に生かすこと、大事にすることであることは、百も承知だろうに、官僚として、具合の悪いことであっても、下へ押し付け、我慢して生きているようにみえる。

 裁判官が自分の人事への影響を考え、政権に阿る判決をしたりするとすれば、これは、国家の組織として仕組みがうまく機能していないことを意味する。政治権力が妙なことをしても是正されることはないからだ。何のための三権分立かということになる。

 国民のためにどうするかという観点こそが大事である。そのようにすることこそ、人生いかに生きるべきかの解答である。お互いが、お互いを考え、全体を考え、個別の問題を考えるようになれば、世の中は相当変化するはずである。また、そのように変化していくべきだろう。コロナはいろんな問題を提起している。

 

 

 

 

 

 

 


財務省改ざん事件の裁判について

2020年07月15日 23時16分42秒 | 思考試行

 裁判がどうなるか、注目したい。必死で裁判にならないことを願っている勢力が蠢いている。そもそも、首相夫妻が、籠池氏の「教育理念」に共感したことが発端である。幼稚園児に教育勅語を暗唱させ、声にださせているテレビ画面をみたこともある。こういう教育がお気に入りなのである。その「教育理念」の下、小学校を作ろうというわけである。

 さて、官邸筋から指示があったのかどうか、それを受けて、財務省が頭をひねって、さまざま事がうまく進むように、動いた。土地の値段を値引きし、入手できるように尽力する。その過程を財務局の職員が顛末を記録し、公文書にする。ところが安倍首相の、もし、私なり、妻がこの問題に関わっていたとすれば、首相どころか、議員もやめる、と国会で発言したことから財務省本省は慌てた。

 財務省本省は、これは問題と、現場の近畿財務局の公文書の改ざんの必要性をみたのだろう。そこには、首相発言に抵触する具合の悪いことがあった。そこで、公文書の改ざんを本省は現場へ指示した。

 現場のノンキャリアの公務員が、抵抗したにも関わらず、ついに、具体的な改ざん作業をむりやりやらされる。しかも、やらされた本人の周囲の人間、上司は、人事異動でいなくなってしまう。彼一人残される。その段階で、検察からの電話がはいる。彼一人のせいにする筋書きがあきらかとなった。

 まさに、抵抗し、自らの信条に反することをやらされ、さらには、自分の意志でやったごとくの立場に追い込まれていく。真面目な人である。怒りと悩み、悩みに悩んで自死する。報道だけで、知り得たことから、小生の認識は以上のようになっている。

 真相が明らかにされなければ、この世は闇だ。裁判所はどういう立場をとるか。日本がどんな状況にあるか明らかになるだろう。裁判官も、人事権を握られている。官邸の目が光っている。国民の目はどんな具合だろう。コロナでいろんな側面が見えてきた。日本がどうなっていくのか。注目すべきことだ。


人類滅亡もいたし方ないか

2020年07月04日 17時31分23秒 | 思考試行

 相手の国が滅茶苦茶で、論理もなにも通らない、どうしても納得のいかないことをやってくるとすれば、それでも戦争をしない、というのかと。相手を信じ、最後の最後まで戦争をしないという考え方は、いつのまにか少数意見となり、もはや、軍隊をもつのはあたりまえだし、不合理な相手には、武力で対抗すべきだと思っている人が増えているようだ。すなわち戦争やむを得ないという考え方が多数を占めようとしているようにみえる。

 戦争体験者は、ほとんどいなくなり、どんなことがあろうと、絶対に平和を守らなければという人は、今や少数かもしれない。土曜のミカタで芸能人のホンコン氏は、憲法を変えて軍隊を持つべきだと発言している。このような発言は、いつのまにか、公然とあちこちでされるようになっている。自衛隊は、客観的には、すでに軍隊であり世界でも有数の実力があるといわれている。彼は、そんな自衛隊をみても、日本は軍隊をもっていないとでも思っているのだろうか。彼のいう意味は、憲法に抵触している軍隊ではなく、はっきりと戦争のできる軍隊ということなのだろう。

 舐められたくはないから、そのためには、戦争そのものを否定などしていないのである。安倍首相以下、憲法改悪論者は、要するに戦争することを絶対に否定してはいないのである。世界中が、とことん武力で戦うことを是認するならば、もはや、地球の生命生存環境はもたない。人類も滅亡するほかないだろう。それでも、個別の事情や、止むにやまれぬ気分がのってくれば、戦争をしかねない雰囲気がある。

 指導者が、指導者らしくなく、自分の国だけよければいいのだ、と公言する始末である。こんな人物が、堂々と政権を持っている。この調子では、どこかで誤りが起こらないかと思う。まったく起こらないとは思えない。どこかで、なにかしら起こりそうで、それは、必然のように思われる。

 ということは、人類の滅亡は免れることは困難であり、もはや、最悪の事態を予想し、覚悟しなければならないように思われる。意識的に、滅亡への道を歩むとはさすがに思えないけれども、事故のような形か、短気な怒りっぽい人物がその引き金を引くかもしれない。その時に、世界は、うまく対処できるであろうか。

 異常気象、感染症、人類の自滅、どういう道をたどるのか、香港に対する中国のやり方などみていても、ますます人類滅亡への道を歩みつつあるようで、心配なことである。


戦争は絶対にイカンと思っている

2020年07月03日 21時16分08秒 | 思考試行

 憲法改悪をどうしてもやりたいという人がいる。もうその力があるのかどうか、問題にしている向きもあるが、安倍首相に最後の勝負を賭けろと、憲法改悪論者の橋下徹氏が言う。維新はこのところ、人気があるが、彼らの持論の憲法改悪は、安倍氏と一致する。

 憲法の何を変えたいのかといえば、もちろん憲法9条であろう。国でありながら、軍備はしない、戦争はしない、というのだから、これでは、外国に舐められる、国家として認められないというのだろう。

 中国や北朝鮮そして、韓国さえ、そういう日本を甘くみている節がある。なめ切っているともいえる。それが我慢ならない。

 しかし、人類史的にみるならば、戦争がいかに馬鹿げているか、どれだけ悲惨なことが起こったのか、骨身に染みて知っているはずなのに、もう、風化してきているのか、戦争も辞さないぐらいの考え方が、いつの間にかはびこってきている。国が軍備をもたない、交戦権がない、などという憲法を認めることはできないという考え方は、いってみれば常識、当たり前である。自然の流れだけに、この流れは、抗しがたい。

 だが、アメリカに押し付けられて、この憲法のおかげで日本は、戦争に巻き込まれることはなかった。憲法を盾にして、乗り切ってきた。殺されず殺すこともなかった。今は、安倍政権の強引な解釈変更で、かなり危うくなってはきているが、文言を素直に読めば解釈をいくら変えても、無理があるのは確かである。

 現憲法は、明らかに人類にとっても有益なルールであり、理想論であり、人類の夢である。そして、常識としなければならない根本的な考え方である。これこそ、世界に広めていくべき理想論である。 

 戦争を絶対にしない規定である。こんな宝物を粗末に扱う人間を認めてはならない。この憲法こそ武器にして、世界に打ち出していくべきである。これができなければ人類は滅ぶほかない。

 今の世界の実態は、本当にお粗末な状態である。これをどう変えていくのか、本気で国として取り組むべきだ。

 

 


一事が万事

2020年07月01日 12時55分15秒 | 思考試行

 思い起こせば、警察官は昔は、相当偉そうにしていた。ところが、最近では少なくとも表面的には「やさしそう」になっている。もう、何年か前になるが、年始に先祖の墓参りに行った際、墓地に沿ってコンクリートの塀があり、その塀際にはお盆の時期などはずらりと車が並ぶのだが、年始でしかも時期が遅めだったために、車は一台も置いてなかった。駐車禁止とは意識しておらず、墓参りを終えて、ものの10分ぐらいだったか、戻ってみると車はなく、路上にチョークで牽引していった旨の記載があった。

 近くの人が、今さっき引っ張っていったよ、とのこと。警察署まで歩いていける距離だから、さっそく、路上に貼ってあったと思うが、紙切れを持って出頭した。その時の署内の対応に驚いた。あちこち笑顔で、こちらをみている。受付の方からは、尋ねもしていないのに、ああ、それは2階です、と声がかかる。完全なお客様扱いである。年始一発目の「獲物」として、署内で話題になっていたのかもしれない。

 それでも、居丈高に脅されるよりは、ましなことはいうまでもない。日本は、敗戦までは、お上とシモジモの扱いがはっきりしていた。そして、敗戦以後もはっきりと残っているところは残っている、というか厳然として生きている。

 役所でも、郵便局も昔は結構偉そうにしていたものだったが、社保庁もなくなり、今は、概ねどこの役所も横柄なところはなくなっているようにみえる。それは、市民の側が、理不尽な人の言い分も含めて、文句を言う人が増えてきたこともあるだろうが、徐々に社会全体として、民主的という理念が少しずつ浸透してきたことによるのだろう。 

 しかしながら、本丸の本丸では、やはりシモジモはシモジモであって、支配と被支配の現実はあり、本当に日本が民主国家であるかどうかは、まだまだ疑わしい面がある。

 ちょっとしたことから、その本音が現れる。泉佐野市が厳しい地方財政から、必死の工夫で、財源をひねり出したことが、総理府の怒りをかい、意趣返しをされて裁判となった。規則をさかのぼって使ったということで最高裁で国が負けたのである。お上にたてつくとは何事!の気分がよく出ている。

 判決は、規則の遡り適用を認めなかったものの、泉佐野市のすべてを肯定したわけではなかったが、穏当な判決だろう。

 役所の仕事は、「お役所仕事」と言われ、遅いことが特徴となってきた。とりわけ、今度のコロナ騒ぎで、厚労省の仕事ぶりが、どうも腑に落ちない。説明不足と秘密主義的な傾向、基本的姿勢が、昔の役所の姿を示している。昔が残っている。外国から感謝状まできている国産の自動化されたPCR検査機械が日本では使われていないというか、認可さえされていない。役所は、国民にしっかり目をむけているのだろうか。

 

 


香港と中国

2020年06月30日 21時24分07秒 | 思考試行

 国家安全維持法が全人代で成立した。香港に中国自ら具体的に、支配の手を強めようと、制度的にはっきり、乗り込み、言う通りにしなければ「犯罪」だというのだから、香港の人びとにとっては、大変な事態である。

 なにしろ香港と中国では、価値観が全然ちがうのだから、こんごどうなっていくのか、人類にとって、たいへんな実験である。一国二制度は約束を違えて、つぶされようとしている。

 そもそも法律、決まり、というのは、たいていの国民が是とすること考えることについて、規定するものであって、どこか外から、強制されるべきものではないだろう。21世紀の時代である。科学技術の発展は、世界を狭くし、意図的な工作も簡単ではない時代である。

 人がどのように変化していくのか、今後の動きが注目される。人の世がどうあるべきか、一部のエリートがその国の全体を支配し、その意思の通りに動くというそんなやり方が、果たして現代人類にとって、ふさわしいシステムなのか、それとも、民意を尊重し、自由な発想、行動を保証しつつ、共通認識のもと限度を決めて、ルールを設定するというやり方が正しいのか、今後の動きのなかで、検証されることとなる。

 中国の振る舞いは、領土拡大であったり、人民弾圧などの傾向がはっきりみられる。中央集権のマイナス要素が目立つなか、一方、科学技術の面では、相当なスピードで、世界を席巻する勢いである。

 軍事費予算も拡大を続けているという。中国がどこへ行こうとするのか、単なる拡張主義であるのなら、どこかで不都合なことが起こるのではないか。

 居丈高に、かつて世界からやられたことをやり返すのだということであるのなら、どこかで激突が始まるかもしれない。今後の動きが気になる。


世の中よくなる予感

2020年06月27日 00時17分32秒 | 思考試行

 困難な状況があって、変わる可能性が出てくる。困難な状況を放置するわけにはいかないから、なんとかしようとなる。そのためには、やる気がもっとも必要だが、そのやる気が、どこから出ているか、対策が効率よく打たれているか、組織の機能がうまく発揮されているか、すべての部面でためされ、世間の注目を浴びることとなる。

 慣例になっていたことも見直されるかもしれないし、組織の弱点があからさまになることもあった。残酷なまでに、為政者の能力不足が、官僚組織の脆弱さが白日の下にさらされた。

 大阪府知事が、テキパキと行動して、評判をあげた。若いし、イケメンだし、誠実にとりくみ、マスコミにも登場して、コロナと真正面から取り組んでいる姿勢に好感が寄せられた。

 それに対して、国の動きは、動きが鈍いというか、いら立ちをよぶ流れであって、すべては後手後手で、センスを疑う動きもあった。検査体制がとれないのを、正直に言わないで、あたかも戦略であるかのように、言い、本当に国民のことを考えず実行してきた、医療体制の縮減政策のツケを払わされることとなった。

 今後にむけて、さまざまに世の中が変わっていくだろうことは、疑いない。人は助け合わなければ生きてはいけないし、富や名誉を追求するばかりでは、やってはいけないことがはっきりした。

 政治のやり方も変わるだろうし、また、変わらなければならない。世界各国で、変化がはじまっている。

 どのように変化していくのか、お互い、人を大事にする方向へと、はっきり舵をきって動くようになることを、期待したい。

 

 


まっとうな仕事であればそれで生きていけるようでなければならない

2020年06月23日 15時27分11秒 | 思考試行

 仕事は各人が、その持ち場を得て、生計のもとにしている。動機はさまざまにあって、嫌であっても仕方なくしている人もいるだろうし、好きで好きで収入を度外視してやっている人もいるだろう。

 高収入を得ることのできる仕事もあれば、収入が得られない仕事もある。遊んでいるようにしか見えない人が高収入の「手立て」を持っていて、楽々と優雅な生活を送っている人もいる。

 概ね国の仕事の場合は、支払いを確実に受けられることとか、買いたたかれたりしないから、建設業などの場合、業者にとってみれば、歓迎すべき仕事であろう。

 コロナ事件で、さまざまな給付金がでているが、この事務についての仕事は、相当に大規模であり、また、おいしい仕事であることは、容易に理解できる。流れの具合から、やはり、相当なややこしいことが起こっていることが疑われている。

 国が何かやるたびに、仕事を受けることができたら、これはたまらないだろう。儲かって儲かって仕方がないことだろう。そして、そんなおいしい立場にいるものが、今回はっきりした。

 仕事をこなすために、何段階もの仕組みがあって、「中抜き」のしやすい構造になっている。実際に仕事をしなくとも、その段階に入り込めば、利益を得ることができる。

 大体、大きな仕事となれば、利益がついてくる。そうすると、さらにこれに群がる層ができてくる。政権と無関係とはいえない。権力と利益は密接な関係がある。彼らは、すべてを明らかにできないように仕組みをこさえる。

 最終的に、これを許さないのは、選挙しかない。おかしいことがあれば、ただちに選挙結果に現れるようでなければ、政治権力はなにも恐れることがない。

 敏感に反応する有権者たることが、無駄な税金の使い方を許さない確かな方策である。

 一方、貧しい環境に置かれてしまった人々は、どのようにあがいても、決して収入はあがらず、収奪されるばかりという人もいる。真面目にはたらいても、生計の維持さえあやしい待遇でしかない。こんな仕事があること自体が不公正である。

 これもまた、選挙でこういうことはおかしいという勢力を伸ばすほかない。合理的な社会にできるかどうかは、すべて選挙にかかっている。有権者がしっかりしなければならない。

 


感染症後世の中が変わるというが

2020年06月16日 16時21分16秒 | 思考試行

 確かに、サラリーマンで特に大企業に勤めている人達の間で、テレワークが行われ、どうやら、定着しているようだ。仕事のやり方が変わり、さらには、これをすすめて、地方へと住居を移す人もでてきているという。

 毎日、満員電車に乗らなくても仕事ができて、生活ができるのならば、生き方を変える人はでてくるだろう。その変化は合理的であり、健康的である。憧れの田舎暮らしを満喫しているという例など、今朝のテレビでも紹介されていた。

 依然として、「夜の街」関連の陽性患者の発生はとまるようにはみえないし、仕事の中身が問われる時代となった。不要不急のことは、省かれ、淘汰されるかもしれない。お金をうなるほど持っていて、銀座で若いきれいな女性と酒を飲みたいと言う人は、辛い日々を送っているのだろうが、サラリーマンも勤務帰りの仲間との居酒屋での集りなども、相当楽しみにしているようだ。

 東京アラートが解除されて、深夜の盛り場で、酔いつぶれるまで飲んで路上で寝ている人などもテレビの画面に登場している。

 政治に関しては、打つ手が後手後手となり、さまざまな弱点が露呈した。カッコイイことを口で言っても、具体的に国民がなにを求めているか、どういう状況にあるのか、本気で考えられない人々が、政治に携わり、この国の幹部を占めていることがわかった。身内、友達に利権を回し、うまい汁を吸っていた構造も白日のもとにさらされた。うまいことをやっているヤツがいた。 

 こういう連中をどのようにお仕置きしていくのかという、明確な課題があきらかとなった。日本だけではなく、世界中で、人間社会の実態が否応なくさらされている。

 金銭を儲ける仕事が、どうしても必要な仕事ではなく、本当に必要な仕事というのは、評価されることもなく、適切な報酬を与えられていない現実がはっきりしてきた。誰に感謝しなければならないか、見えてきた。国会でふんぞり返って、さも高級そうな仕事をしているんだと思っているだろう連中の空しいふるまいをみていると、腹立たしい。例外の人もなかにはいるが。権力をどう使うかを謙虚に賢く実行してほしいものだ。

 前向きにさまざま提案しているテレビのコメンテーターが、真摯に調べ、時には誤りをみとめ謝罪し、次々に「方針」を出してくる姿勢には、感心した。熱があり、真心がある。こういう人物こそ、政治家になってほしいものだ。というより、このような意見を吸い上げ、検討し、直ちに反応できるような政治態勢が必要なのだと思う。素直に、率直に、世の中そういう風に変わっていくべきだという方向性がはっきりしてきたのではないか。

 


金を貸した国民がどうして子孫に借金を残すことになるのか

2020年06月13日 13時03分25秒 | 思考試行

 政府の借金が、どこから借りているかが問題で、外国から借りているとすれば、それは国民が返さなければならないことになるのだろうが、政府が、自国民から借りているのならば、それは、国民は債権者であって、債務者ではない。

 当然ながら、国民の子孫は債権を引き継ぐのであって、借金を引き継ぐわけではない。これを、財務省は、政府の借金は国民の借金という言い方をしている。今日の土曜日、「正義のミカタ」で中国の専門コメンテータが、発言を求められて、専門外の財政のことをきかれて、「子孫に借金が・・・」といいかけて、宮崎評論家にたちどころに発言を封じられた。財務省の刷り込みは、事程左様に広まっているのである。

 現状は、日本の場合は、他国から借金をしているわけではないから、他国との関係で、とやかく言われる筋合いはないのだから、必要ならば、自国通貨をどんどん発行しても、どこからも文句はでないはずである。

 その限度額はどのぐらいになるのだろうか。国内で国債がさばけなくなり、外国に引き受けてもらうほかないとなれば、外国から、国債の利息の引き上げを要求されたり、利払いに追われるようであれば、これは、国富はマイナスになっていく。

 そんな時代に、政府がジャブジャブ金を使っていたら、通貨の信用が低下し、国民の金融資産の価値は下落する方向へと向かうから政府の動向はちゃんと監視しなければならない。

 現状では、必要な資金はどんどん支給することに躊躇する必要などないのではないかと思う。


弱みを攻めるやり方

2020年06月07日 22時35分52秒 | 思考試行

 組織でよく聞くやり方は、何か個人の弱みを握って、それを道具として個人を組織に縛り付け、暗黙に忠誠を誓わせることだ。

 あるいは、ちょっとした「悪事」に誘い込み、共通の弱みをもちあうことによって、仲間意識を醸成するとともに、うらぎれない組織の一員としての絆をつくりあげる。

 国家公務員は、全体として、何らかの共通の「弱み」を持っているのではないだろうか。超勤、出張、手当などなど。何らかの「違法性」のあるものを、組織内部だけのものとして、制度化する。それを社会との関係では秘密事項として、「一致団結」の道具としているのではないかと思われる。

 それは、なかなかあきらかになることではない。公務員の権力は、民間勢力と組めば、大きな利権構造ができあがる。それができれば、政界を支配し、財界を支配し、国を支配できる。深部では癒着構造もあるだろう。

 個人の人生として、他者を思うままに支配できることは、それほど幸せなことであろうか。とてもそうは思えない。そんな人は、ほとんどいないともいえるだろう。 

 だが、たまに、そんな人物がいたとして、それが国の指導者などになったりしたら、それは大変である。

 このたびの、コロナ騒ぎで、政府の動向を眺めてみるに、高級官僚が実際の実務をするわけではないが、しかし、その意思決定をしているのに違いないという感触がある。そして民間との暗部がみえてきている。

 一連の流れをみていて、政治家が能動的に動いているとは思えない。官僚の用意した道を自分の意志の様にして動いているだけである。たまに、自分の意志で動くと、とんでもないスカタンをやらかすことになる。

 官僚が、官僚の都合のいいように、官僚の設計どおりに動かしていくのである。

 平時はそれでよかった。これからは、なかなかそうはいかない。より透明に合理的に国の仕組みを変えていくしかない。感染症が蔓延したときに、世の中が変わっていくと言われるが、確かに、そんな気がする。

 安倍内閣が無茶苦茶をして、検事長の定年を解釈変更したが、仲間内の微罪と言ってもいいような口実ですべてはパーとなった。どこの意思がはたらいたのか、いつの日にか、わかるのだろうか。

 検察と新聞という関係は、相性はいいだろう。手をくめばおたがい頼りがいのあることだ。いろんなことが、明らかになった方がいい。

 いろんなことがあって、世の中がいい方向へと変化していくことを望みたい。今の困難が、そのための糧となることを願う。