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空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

なにが正しくてなにが変なのか

2021年04月16日 16時39分51秒 | 思考試行

 それがわかっていれば、もめごとはない。あえて、自分の間違っていることを知っていて、無理矢理に自説を主張したりすることがあるなら、当然もめることとなるが。

 高橋洋一氏が、youtubeで、盛んに自説を展開しておられる。質問に答える形で、さまざまな問題を取り上げている。この主張は、説得力があって、確信に満ちた様子で、信頼できる感じがある。肩に力が入っていないし、自然体である。

 ウソを言っているようには見えない。たとえば、福島の原発処理水の海洋廃棄について、トリチウムを基準以下に薄めて行うことについて、中国や韓国などが、日本を非難していることについて自分たちも流しているくせにそれを棚にあげている、とか、科学的に自然界にあるトリチウム(三重水素)を薄めて流すことについて、必要以上に問題視することの意味のなさを述べていて、説得力がある。

 マスコミに、科学的知見がない、と言っている。マスコミの報道ぶりが、問題にされている。他の国も流していることなどの事実を言わずに、それらの国が抗議をすると、報道するなど、報道のやり方がおかしいという。

 資本主義社会のなかで、新聞は広告のスポンサーの気に障ることは決して書かないし、報道のすべてを信用することはできないが、それでも、情報源としての役割は、現実にはたしていると思いたいのだが、今や、新聞だけが情報の源泉ではない。

 今や、情報の出どこは、多様であり、爆発的である。個人でさえ、情報、意見を表明することが、容易にできるようになっていることは、画期的である。支配者だけが情報を独占できるという時代はもう終わっている。

 にもかかわらず、世界では、いまだに明らかな理不尽な現実がある。とんでもない支配者がいるし、悲惨な現状が進行継続しており、解決の道筋がみえない状況がある。そこには、人類全体を統べる合理的な価値観がいまだに未成熟であることを意味している。

 科学技術の進歩と、人類全体の考え方、価値観の進歩具合の塩梅がうまくいく状態が、いずれ実現することを期待したい。

 日本の女性差別の実態が世界で目立っていることが、森元首相の発言で露わになったが、日本の社会全体が、人類全体が生き延びていくために必要な要件をクリヤしているかどうかは、甚だ疑問である。コロナ対策をみても、本当に困難な状況を打開する戦略を持ち得ているのかどうか、ここに、日本社会の本質的な改善の課題が露わになってきているようにみえる。

 おかしい価値観、政治家、勘違い、思い込み、・・・それらを根底から、鍛えなおす作業が必要だと思う。それらは、意外に簡単に実現できそうな気がしていて、そんなに遠くない時期に到来するような感じもある。

 恐らくは、個々人のなかに、それは芽生えて、当たり前のこととなり、投票行動などにあらわれ、あっさりと社会が変革されることになるのかもしれない。

 


いつまでも生きるわけではないのだから・・・

2021年03月16日 22時48分04秒 | 思考試行

 当然ながら、この世に生を享けたるものは、例外なくその生涯を終える日が必ず来る。だが意外なことに、まったく、そんなことは考えたこともないという人がときどきいる。友人がなくなったり、身内のものがみまかったということで、相当なショックをうけて、現実の生活に行動変容が起こしたりする人がいる。

 生を享けた以上、最後の日を迎えることは必然なのだから、その間どのようにすごしていくかを考えることは無駄ではないと思うのだが、目前のあれこれに追われて、ゆっくりとそんなことなど考えてはいない場合は、それが目前に迫ったときに大慌てするかもしれない。

 多少じたばたしようが、悠々としていようが、そんなことは、それほど問題ではないが、どたばたするのは、生涯を終えるときであろうが、青春時代真っ只中の楽しいときであろうが、好ましいことではない。

 とはいうものの、多くの慌てふためく場面を経験するなかで、そのような事態を招かないように人は気をつけていくから、そこそこ年齢を重ねていくなかで、慌てる機会はどんどん減っていくことになろう。

 科学技術が進歩を遂げ、情報の流通は大幅な拡大を遂げ、今や、世界の隅々まで何が起こっているかを多くのひとが知ることができるようになってきた。

 何が合理的で、何が不合理か、多くの人が適切な考え方を手に入れることは、そんなに難しいことではなくなってきていると思う。だが、現実世界は矛盾に満ちていて、理不尽なことが多く存在し、国同士をみても、政治体制の違いから、鋭い対立が生じているし、社会にも犯罪があり、諸悪の事象が起こっている。

 誰が正しくて、誰が間違っているか、人類にとって、だれが害をなしているか、不当なことをしているか。社会構造に不合理がないのか。不公平なことはないのか。さまざまに検討しなければならない事が多くある。それを誰もが、どうにかしようと思うことができるような時代が近づいている。

 世の中は、これから激変の時代を迎えるに違いない。多くの人びとが真実を知り、意見を持ち、判断するようになるとき、支配者達は従来のような、弾圧や策略やごまかしやデマ、ウソで支配体制を維持することは困難になるだろう。自身の不当な利益をいつまでも貪るわけにはいかないと考えるようになるはずである。気付けば、その立場を放棄すべきだ。改善に足を踏み出すべきだ。

 そうしなければ、いずれ被支配層の人びとが彼らに迫ることになるだろう。生きとし生けるものが、気持ちよく暮らせるようにいかになすべきかが、追究されるだろう。


組織のあり方で多数の人びとのくらしに影響が出る。

2021年03月15日 21時16分24秒 | 思考試行

 アメリカでは、ビジネスで倒産したとしても立ち直ることができるという。そして、その実例としてトランプ大統領は4度も倒産しているという。日本では、ひとたび倒産しようものなら、生涯、立ち直ることはほぼ不可能だという。

 また、ベンチャー企業なども、日本ではさまざまな障害がおそいかかり、新しいビジネスチャンスなど、すぐ壊されてしまうという。新しい動きに対して冷たく、弾圧を加える。これでは、意欲あるビジネス挑戦者はなかなか出てこない。でてきても壊すのだから、話にならない。

 日本の官僚制度も、内閣に人事権をとられてからは、現政権に忖度し、権力の顔色をみながらの仕事ぶりで程度の低い政治家に振り回されている。公務員になろうとする希望者は激減しているという。政治不信が如実となっている。

 このたびのコロナ騒ぎでは、政権の無能力さがあぶりだされた。日常的に国民に目を向けた政治姿勢がないことも明らかとなった。困難に立ち向かう気迫がない。議員としての権力の維持、選挙対策、自己保身に汲々としている。国民の生活実態に関心をもち、真剣にウオッチしているならば、改善のために、当然とられるべき政策が一顧だにされない現状が噴出している。

 世界を見渡せば、徐々にではあるが、国民の側に目をむけて政治をするという真っ当な方向性が、先進部分では明確になってきているようにみえる。もちろん、問題点は多くあるけれども、改善の方向へとはっきりと舵を切っているようにみえる。

 この傾向は、いずれもっと、広がるだろうし、またそうでなければ、人類の未来に希望を持つことはできない。権力者、独裁者が自らの立場、権力維持にのみ関心があるようなあり方では、続くはずはないし、そんなことをいつまでも許しておくわけにはいかない。

 市民がこれに気付き、力を蓄えてきたとき、頑強にみえる彼らの態勢は、あっけなく崩壊するだろう。どのように、その崩壊が始まるのか、それは、民衆一人ひとりにかかっている。

 新しい社会組織のあり方、ビジョンがもっと語られるべきであり、現状の社会組織の問題がもっと明らかにされ、改善方向のイメージがさらに明確になっていくことが必要である。

 

 

 

 


コロナ対策にみる政権のインチキ

2021年01月15日 18時19分56秒 | 思考試行

 新型コロナウイルスは、人と人との接触がある限り、止むことがない。ために飲食店が極めてつらい立場に追い込まれている。営業時間の短縮を言われ、なおかつ昼間も自粛を当然のように政権がいうものだから、飲食店は、補償も充分ではないなかで、どうやって生きていくのか、「死ねということか」と憤りを隠さない。

 国に金がないわけではない。というより、国債発行により、国民に充分な補償を準備することは、できることであって、それは個人が借金することと同じではない。政府が国民から借金をする形であって、国民が国債を引き受けてくれる以上何の問題もないという識者がいる。国債は満期がくれば、借りかえればいいわけで、個人が金融機関から金を借りて、借りたものは返さなくてはならないのとは、事情が違う。

 これを、個人の借金の場合とごっちゃにして、しかも、この国の借金は後代の国民につけまわすことになるいう議論がある。だが、国民は金を貸しているのであって、借りているわけではないから、債権を後代の人間が持つということを意味する。国民が、債権者なのであるから、借金を返さなければならないというのは、理屈が通らない。

 であれば、コロナ禍の非常時にあって、国債発行を、することについて、なにを躊躇することがあるのだろう。無尽蔵に国債発行が可能というわけにはいかないだろうが、限度については、然るべく計算が可能という識者がいる。そのそこそこの限度を守れば、この機能を使わない手はない。非常時であり、政権が国民をどう見ているのかが問題となる。 

 躊躇なく、するべき休業補償をするなど、困っている国民にただちに必要な手立てをすることだ。 人類は、まだまだ完璧な水準にはないのは確かで、無用な兵器や武器に多額の国費を使っている。こうした無駄をかかえつつ、国民が生活に苦しみ、生存さえ危うくなるような事態のなかで、この対策に消極的な、ケチ臭い政権の振る舞いは国民を大事には思っていないことをあきらかにしている。

 そして、感染者を保護するためには、自宅、宿泊施設などではなく、中国がやったような大規模施設が必要であり、無症状の人こそ保護しなければならないから、大規模な検査が必要である。漫然と感染者を見逃している今のやり方では、感染を止めることはできない。

 大阪府もまた例外ではない。吉村知事は、上記のような検査態勢など作ろうとはせず、政権側、厚労省サイドと同様な立場に立っている。これでは、感染を止めることはできない。大胆な方針転向が必要である。羽鳥モーニングショーで、玉川徹氏がずっと主張しているが、正にその通りである。彼の姿勢、方向性、その視野はまさに健全であり、政権側ないし感染対策にあたっているグループは、いつまで、正論を無視し続けるのか、今後の経緯を注視し続けなければならない。

 


コロナ対策で野党は政権交代を宣言できる実力を示せ

2021年01月09日 18時10分16秒 | 思考試行

 当然、野党が、政権与党の現在のコロナ対策について、対案を有していることが条件ではあるが、どこをどのようにしていくか、どこに現在のモタモタしている原因があるのか具体的に突き付けて、現在の政権の能力不足をあばき、政権交代を宣言したらどうか。

 首相自らが、国民に会食をやめてくれと言いながら、自らはやめていないという、とんでもない実態があきらかとなっており、まさに、コロナ対策にあたる能力も意欲もないことを示しているのだから、野党が、今こそ抜本的な対策の見直しを、打ち出し、能力のあるところを示したらどうかと思う。

 マスコミの報道も、これはいい、といわざるを得ない対策を打ち出すならば、放ってはおかないだろうし、コロナ危機は、政府与党がもたついている現在、野党にとって、絶好の能力を示す機会であり、その能力の切れ味をみせる大チャンスである。

 日本がもつ能力を、生かしきるためには、中心になる司令部こそ重要である。野党がこのような時期に、優れたアイデア、方策をもって、各界各層と連携をとり、具体的な成果をあげるべきだ。

 単に、ごそごそと部分的な「文句」を言うだけでは不十分である。いつでも政権交代ができる能力を示すべきである。

 司令部のあるべき能力を、野党勢力が実現してみせなければならない。動かない部分を動かそうとすることばかりではなく、実際に動く部分を持ち込んでみたらどうか。コロナ対策のために政権与党とはちがう動きをみせてほしい。

 政権与党とは違う、野党の実力、能力を示して、声高く政権交代を宣言するのだ。


政治に個人がどう対処していくべきか

2021年01月03日 18時49分54秒 | 思考試行

 グローバル社会のなかで、人類文化はどのようになっていくのか、その方向性は、はたして健全な方向をたどっていくことができるだろうか。

 ニュースをみるかぎりは人類が滅びの道をたどっているようにしかみえないのだが、国ぐにが、お互い核兵器を持ち合い、にらみあっていて、領土問題や国境問題、さまざまな形の紛争がたえず、一国内においても、さまざまな勢力がしのぎをけずりあっていて、みんな仲良くというわけにはいかない生存競争を繰り広げている。

 こんな調子で、いつまでやっていけるのだろうかと危惧するのだが、一般庶民としては、指導者層がなんとかしてくれるのだろうと考えているのか、広い視野でものごとに悩んでいる風にはみえない。

 政治のこととなれば、関わりたくないという人も多く、また、そう簡単に政治の世界に参加できないし、政治の世界で、簡単には、頭角をあらわすことはできない構造ができているようにもみえる。

 看板、カバン、地盤を一代で築くことは至難であり、「家業化」しているようにみえる。政治こそもっと広い分野の人びとが関与し、政治をするにふさわしい人に携わってほしいものと考える。

 台湾の天才が、コロナ対策でその才能を発揮したことが報道されているが日本にはそうした天才がいないのだろうか。実はいるのだが、そういう人がウデを発揮できないような構造になっているのでないか。

 政権が学術会議の人事にまで口を出すようでは、話にならない。政権が傲慢なために、多くの才能が生かし切れていないのではないかと思われる。政権に学問のことなどわかるはずもないのだから、もっと謙虚にならないといけない。政権が学問の研究方向を決めようとしたり、制限を加えるようでは学問研究の足を引っ張ることになることは明らかである。

 ものごとが機能的に効率よく動くためには、自由な雰囲気、自発的な動きを抑えないことである。官僚組織から意欲的なアイデアがでず、官僚が政権の顔色を伺っているようでは、生き生きしたエネルギーがでてこないのは、まさに、政権が官僚人事を一手に握り、個々の官僚に睨みをきかせている効果である。

 人類が真っ当な考え方に立たなければ生存すらも危うい状況のなかで、はたして正当な方向を向くことができるかどうか、コロナ禍で、個人はしっかりと意見をもち、行動していく必要性が高まっている。


朝日新聞を支持する…31日社説に共感

2020年12月31日 12時13分36秒 | 思考試行

 プロだから当たり前かもしれないが、社説の内容が、実に上手に安倍・菅政権の、現状を描き切っており、おこがましいが、小生の思うところとあまりにもピッタリ一致していて実に気分がよかった。ご指摘、正にその通りである。うまくまとめてくださったことに感謝したい。政権の目が弱者に向いていないことを見抜いている。

 にもかかわらず、自民党の支持率は、相対的に高く、野党を凌駕している。どこに原因があるのだろうか。

 それは、特に、憲法改悪に関して、本当に中国など、外国勢力が牙をむいてきたときに日本はどうするのか、という疑問に対して、納得できる解答を野党が充分に示すことができていないことが原因となっているのではないだろうか。 

 なんせ相手のあることだし、相手は、こちらの意志通りにはならないのだから、憲法をかえて、戦争ができるようにしておかなくてはいけないという気分が底流にあって、現実的な対処をしっかりと考えておかなくては、憲法をかえずに、平和を守ることはできないのではないかという疑念があるのである。野党は、この問題に対して、真正面から対応していない側面がある。

 しかしながら、与党支持者の中にも、憲法を変えてしまって、普通の国となるならば、これは、いつでも国民が戦争に引きずり込まれる状態を作り出すこととなり、徴兵制度が現実的なものとなり、個人的に戦争に反対であっても、意に反して、命を投げ出さざるを得なくなってしまうのは、かなりの躊躇があるだろう。

 憲法9条がある限り、通常の戦争は不可能であると思いきや、集団的自衛権をもちだして、憲法解釈をかえて、事実上、戦争参加の道を開いてしまった。これは、憲法無視の暴論であり、戦争をやれるようにしたい、という考えの実現を意味するが、これだけでは、徴兵制まで持ち込むことはさすがに困難である。

 そこに憲法改悪をあきらめない真意があるとみる。外国からの侵略や、理不尽な攻撃があるとした場合、戦争以外のどんな手段があるだろうか。武器以外の有効な手段こそ用意すべきである。必ずその手段はあるはずである。武器がまったく無駄なものであることを人類は必ずや明らかにすると考えたい。それができなければ、人類は滅びる他ない。

 殺しあわなければ、本質的な解決ができないなどという水準にいつまでも人類が、いてはならない。日本こそその先頭にたって、リーダーシップをとるべき国ではないだろうか。

 

 


考え方の違いか、ウソかまことか

2020年12月29日 12時58分17秒 | 思考試行

 特に政治の世界をみていると、主張がかみあわずにいる状態がまるで当然であるかのようにみえる。

 どんなに話し合ったとしても、わかりあえることはないと思えるほどに、まるで違う場面がある。

 当然によき方向へと合意できそうなのに、あえてそうしない。足を引っ張り邪魔をすることだけに専念しているかのようだ。

 民主党政権の時の、石原幹事長はその典型例だった。決めさせない、ことを主眼に行動する。邪魔をする。こういう場面を延々続けられると、もはや政治不信をすぎて、人間不信になったとしても不思議ではない。

 そして、安倍政権では、力のあるものに逆らえばどうなるか、を徹底してみせた。とりわけ官僚の人事権を官邸主導としたことで、政権に逆らう官僚はいなくなり、震えあがり、政権首脳の意向をさぐり、忖度するまでになった。

 検察、裁判までおかしくなり、安倍政権は一強時代を実現した。もう誰も怖くないという状態となった。

 社会のシステムは、こうなると生き生きしなくなる。儲けるものは際限なく儲け、貧乏人は、その境遇から抜け出すことはできない。非正規雇用で、低賃金にあえぎ、企業の都合で簡単に職を失い、社会保険にもはいれない人々が多数生じ、若者は結婚もできない。

 将来どうなるのか、老後の年金もままならない。そしてこういう状況を是正しようという動きは政権にはない。黙っていればこの状態が続くということを意味する。

 今の状況がこれでいいのか、改善すべきなのではないか、その認識がない。現状でいいではないか、と思っている人びとがいる。他者、弱者に対する視線が、冷たいということだ。

 コロナ禍で、社会の現状、政治家の姿勢、資本の論理、弱者の状況、これらが白日のもとにさらされることになった。社会をどうしていくのか、権力争いの手練手管はあっても、現実の困難をどうしていくのか、さらには、人間社会を見る目、どうしていくのか、実際的な政治の在り方が問われている。

 無能力がわかれば、躊躇なく、政権交代をしなければならない。野党が何を目指し、主張しているか、マスコミだけをみていてはわからない。積極的に、どんな動きをしているのか、自ら動きださなければならない。

 そこから、何がどうなっているのか、誰がウソをついているか、何をやろうとしているのか、見抜かなくてはならない。


ギリギリのところ

2020年12月10日 08時23分04秒 | 思考試行

 自身の生涯を振り返って、結構危ういときもあったと思う。今、一応普通の人間の顔をしていられるのは、運がよかったというほかない。

 それでも、これからについては、保障のかぎりではない。どう自身が変貌して、世の中に迷惑をかけるやもしれぬ。いや、すでに生きていること自体が迷惑をかけていることかもしれない。

 健康上の理由で、いきなり、生業を放棄せざるを得なくなり、無職となったとたんに襲われている気分である。

 年齢的には、充分生きてきたといえる。仕事はそれなりにやってきたが、自慢できるほどのことでもない。それでも、仕事をもって、何事かしていたということは、精神的には楽なことだったのだと実感する。

 生を終えるその日までは、生きているのだから、なにもしないというわけにはいかない。時間が自由になったのだから、自身で決める生き方を探求しなければと思う。

 仕事は、それ自体がこうした迷いともいう状態から解放してくれる要素がある。その役割をはたしていれば、たとえ不満があろうと、時に追われるように、乗り物に乗ったかのように、時を過ごしていくことになる。

 自由を与えられて、青春時代の何物になるのか、という命題が襲い掛かってきた感じがある。

 放送大学との長い付き合いがあって、(今もあるのだが)これが、相当な「助け」となっている。いわば、居場所なのだ。どこにも属さず、自身だけの存在として生きていくことは、きちんと生に対して、何らかの命題をもたなければならないようだ。

 趣味もその助けとなる。状況が変わると、人間の考え方もかわる。その体験中であるが、ここへ来て新たな病が発覚した。来年には大きな手術が待ち構えている。まあ、ここで生涯が終わるとしても、文句は言えないし、充分ではないが、それでよしとしなければならないと思う。

 それにしても、人間自分にまでウソをついてはいけない。どうも、現政権や、先の政権は、真剣に政治をやる基本の姿勢ができていない。真実をねじ曲げウソをつき、まっとうな議論をしない。人事などのエサを武器に官僚をコントロールし、多様性や生き生きとした、人々のエネルギーを奪いつつある。

 これでは、政権にある人にとっても、幸せとはいえないだろうし、なにより国民に害悪を垂れ流していることに早く気付かなければならない。国民は、こんな政治勢力に権力を与えないことが重要である。次回選挙で、彼らに「お仕置き」をしなければならない。

 ウソやゴマカシのない国民の暮らしと命を守る政治は、国民が求めなければ手にはできない。自らが、自らの意志をもって、実現しなければならない。選挙が大事である。


誠実であるかどうかは、わかる。

2020年12月04日 18時03分28秒 | 思考試行

 誠実であるかどうかは、すぐに分かることではないだろうか。いくら、真面目そうにしても、口でいくら「丁寧に説明する」といっても、説明しなければ、説明してないじゃないか、となる。誠実ではないのである。すぐわかる、そう指摘されるのは、あたりまえである。

 肝腎なことになると、おこたえできない、とくる。こんなやりとりが政治家間でやりとりされ、記者会見などでも連発される。政治に関心をもたなくさせる陰謀かとも思ってしまう。政権側は、あまり関心などもってもらいたくはない。ふんわりと、現政権を認めてくれればいいことであって、深く理解なんてしてもらう必要などないのである。

 今日の菅首相の記者会見もそうだった。予定の質問に対して、まちがいのないように、緊張しながら答えていた。学術会議の人事を、学術会議側の、推薦どおりに、しなかったことについて質問があったが、国家公務員の人事のことだからとして、明確なこたえはしなかった。

 しかし、彼の本音は、認めなかったのは、政府政権の政策に異を唱える学者だからとはっきりしているのだが、それを言わない。その本音が多様な意見の存在をみとめ、健全な世の中であるための条件を奪う危険な行為であることに、気付かないようにふるまう。知っているからこそ、排除の論理を貫き、支配体制を維持するための方策と考えているのである。

 それにしても、このような、記者会見をやりたがらない理由は分かるような気がする。就任以来初めての記者会見である。

 尻尾をつかまれないように、核心に触れる質問には、これをはぐらかさなければならないから、一言一句注意に注意を重ねているのである。堅苦しいことこの上ないだろう。

 おそらくは、記者からの質問は事前にすべて知っていたかもしれない。実際のところ、驚くような、突発的な質問などなく、核心に触れた答弁を求められた場合は、今まで通り、こたえずにスルーするだけだが、それでも神経は使うだろう。

 そこには、彼から見れば、国民一般は、信頼できない国民であり、どう黙らせるかの存在であるにすぎず、気楽な相手ではないのである。

 本当に国民の暮らしについて心配し、心を砕いているとするならば、それは態度物腰に表れてくるはずである。もっと親しく、もっと楽に、なれるはずである。それでも菅首相が、生きた表情を見せた場面があった。

 それはワクチンができたら打つのか、という質問に対して、順番がきたら打つ、と言った場面である。だれもが、不安を持たざるを得ないワクチンであることの実状を反映した表情であった。だが、うたないというわけにはいかない、この間の事情をきっちりと薄笑いのなかに表現していた。これが、本音というものであろう。


自分がどう考えるかが大事である

2020年11月17日 18時04分27秒 | 思考試行

 アメリカの大統領選挙は、双方が過去最大の得票を得るという激しい戦いであった。ただ、トランプ大統領は敗北を認めていず、訴訟を起こしていて、いまだ戦いは終わってはいないのかもしれない。

 人間、寄り集まれば全員の意見がドンピシャで一致することは、なかなか難しいことだが、どうやって意見の違いを調整していくかは、人類にとって大きな課題である。

 アメリカの選挙をみても、相手の意見をよく聞きあうという感じはない。自分の考え、価値観に沿うものしか認めない姿勢が目立つ。たとえばトランプ派の場合は、聖書に書かれていることを事実と認めるとし、科学的な知見は認めないという極端な人々もいて、このような人とどう意見を調整するかといっても、ほぼ不可能な気さえする。

 だが、この状態を認めて致し方のないものにしてしまうことはできず、いずれは、何らの解決が望まれる。

 こうした問題の解決が、定式化され、その手段が確立されるようになれば、人類の歴史において画期的なことである。論争する両者について、論理的にどちらが正しいかを決めることができるかどうか。どういう価値観のもとそれがなされるか、この問題が解決できるようになるとすれば、人類の大半の困難はなくなるだろう。

 現状は、力の強い者が弱い者を従わせるというのが、普通の構造だろう。選挙なり規則に基づいて、権力者を決める。この権力者は、従うものの反抗をできる限り抑え支配体制を維持する、圧倒的な権力があれば、従わせる者の意見など関係なく、自らの望むままに、人々を支配し動かすこととなる。

 人々が集団で暮らしていく場合に、権力者が必須のものかどうかは疑わしい。権力者なしの、理想的な集団生活をおくれる社会構造もありうるかもしれない。歴史は、様々な試行例を示している。

 現状で、理想的社会の実現はなされているかどうか、あるいは、近づいている国があるのだろうか。北欧の国々がその例として取り上げられていたりする。社会保障が充実していて、権力者の姿が大きくなく、暮らしやすく、政治家はつつましく、国民の満足度が高い。

 教育制度もすすんでいて、費用もかからない。ということは、国民の一人ひとりのレベルが相当高いといえるのではないか。

 アメリカの場合、教育には相当の金がかかり、大学卒業時には、大きな借金を抱えている場合もあるという。全国民の教育レベルはそうなると、あまり高いとはいえないかもしれない。トランプとバイデンの選挙結果においても、そうした実態があらわれているのではないか。騒ぎのレベルの低いことにはあきれる。

 日本の場合は、先の大戦で敗戦を経験し、そこからの民主主義体験である。民衆が権力を自らの力でかちとったことはなく、権力のしめつけに極めて弱い。人事権をにぎられた官僚は、政治家に忖度し、大学のトップクラスの連中は、官僚ではなく、外資企業をめざし、官僚を目指すものは減っているという。官僚になっても、ずっといるつもりはなく、辞めるものが多いので、採用数は、多めにしてしているという。

 こうした現状から、日本という国がどんな風の成長していくのか、まさに、一人ひとりの国民にかかっている。どんな国にしていくのか、国民がどう考えるかにかかっている。自分がどう考えるのかが大事である。「総合的に俯瞰的に考えた」などという「理由」を壊れたレコードのように繰り返すヤカラを、政治家にしてはいけない。

 


維新の胡散臭さ

2020年11月02日 21時14分43秒 | 思考試行

 大阪市を無くそうと、多大なエネルギーをかけ、脅かしのなかで、公務員を動かし、蠢いてきた維新。なんとか反対が多数を占めたが、もう少しで、彼らの思惑通りになるところであった。公費を100億円も使ったと聞く。

 もしか、賛成票が多数を占めたなら、彼らはどう動いたのだろうか。支持をうけたとして、反対意見は無視し、堂々と大阪市を解体し、資源の棚卸をして、自分たちの支配下でどれだけのことができるか、さっそく動き出したことだろう。

 その方向は、一人ひとりの市民のためにという視線はない。公務員を締め上げ、労働条件の一層のしめつけを強め、貧富の格差をさらに拡大させていく政策を次々と打ち出すことだろう。

 大規模な賭博場を作る。そこには、どんな哲学があるのだろうか。憲法をかえて、戦争だってできる一人前の国となり、核兵器だってもって、どうだ、この兵器はお互い使えんやろう、と言いたいらしい。そうでなければ、核兵器を持つ国とは交渉もできないだろうという理屈だ。

 この方向はいいのだろうか。彼らは、国民をみくびっている風がある。大阪都構想の本質は、彼らの支配体制のための道具であり、手段である。当初は、有利な世論構成とみられたために、事の本質を隠ぺいし、公費をふんだんにつぎ込み、「メリットを宣伝」静かに、住民投票になだれこもうとしていた。

 反対派は、出遅れたけれども、ギリギリ間に合った。公明党の創価学会しめつけがもう少し強ければ、あぶないところだった。賛成票が前回よりも相当増えている。この党の危うさが侮りがたいことを見せた。右向け右の怖さである。

 これからの時代、一人ひとりの力量が大事になってくる。政治家が、なにを企図しているか見極め、本当に人々のためになる政策を実行させるようにさせなければならない。

 隠されたり、ムードで煽ったり、彼らの「得体のしれないロマン」などに乗せられてはならない。彼らは雄弁であり、オットコマエだから、ついつい騙されそうになる。本音を見抜かなければならない。

 本当は政治なんて嫌いなんだと言い始めている。結構無責任でもある。政治の世界は、国民がキチンと見る目をもたなければ危うい。いつ、どこからなにが始まるかわからない。

 こちらの価値観が健康で、真っ当なものであるか、常に自己研鑽をつみながら、お互い助け合っていける考え方を堅持しているかどうかが試される。

  

 


真っ当な国、地方自治体でありたいものだ・・・デマだデマだと騒ぐ知事、市長なんかヘンだ

2020年10月30日 13時18分27秒 | 思考試行

 ニューヨークの感染者数が減ってきている。徹底的なPCR検査をして、感染者を洗い出し、必要な措置をとることで感染者数が減ってきている。中国も徹底的な検査をやって、今や、平常に近い経済活動をしている。

 日本はどういうわけか、このPCR検査を積極的にやろうとしない。大阪も十分ではない。いろいろ言い訳をしているが、誰がとめているのか、はっきりしない。いつ迄もごちゃごちゃやっている。

 こんなややこしい国に日本がなってしまっている。 そして、この大変な時期に、大阪都構想の名のもとに、大阪市の財産、権限を府に召し上げ、支配体制をもっと強めようと、維新はカンカンである。反対派の言うことを、デマだデマだと叫びまくっている。なんとも下品であり、彼らのいっていることこそ、本当に市民、府民、国民のためを思ってやっているとは思えない。やるべきことをやらずに、権力を強めるために躍起となっている。

 要するに、かれらのやろうとしていることは、弱者切り捨てであり、格差の拡大であり、賭博を持ち込み、富裕層のさらなる欲望のために、あれこれ画策しているようみえる。

 過日、入院したが、看護師の労働条件が相当悪化していることを体験した。まったく余裕のない、状況に追い込まれている。すべての働く人々を、こういう状況に追い込むことが、富裕層のためになると思い込んでいることがよくわかる。

 彼らに権力を与えてはならない。市民の側がしっかりと現状をみて、きちんと監視しないととんでもないことになる。

 大阪市の財産をむしりとり、市民の権利を奪うことに、あたかも、将来の可能性があるかのようにいい立てている。

 そして、公明党は例によって締め付けをはじめた。信仰となんの関係があるというのだ。公明党の選挙区に維新が立つぞと脅されて屈服したというが、果たしてそんなことがあるのだろうか。

 右向け右!と言われて、そうするというなら、いよいよ怪しいことだ。

 


漏れることがないから・・・

2020年10月28日 16時53分52秒 | 思考試行

 なんて言われて、キャッシュカードの暗証番号を教える人は、普通はいない。他のことだって、いままで聞かれなかったことを、尋ねられたら、これは警戒するのが当たり前だろう。どんな狙いがあるのだろうか。

 だが、最終的な目的を秘めつつ、やれセキュリティのためだとか、便利を良くするためにとか、さまざま理屈をつけて、人々を丸裸にしていこうとする。多様性を認めず、金持ちはより金持ちに、中間層は突き落とされて、貧困層に、貧困層は決して富裕層にはなれないように、人間社会を「わかりやすいもの」にしようとしているようだ。

  大阪市をなくし、大阪府に権限を集めて、大阪市民からまとめて、権限と財産をうばう試みがされている。一部の維新系の若者たちは、変化を求めて、「政治活動」をやっている気になっているが、かれらは、貧困層への道を歩まされている人びとではないだろうか。エリートの若者は、そんなところにいない。

 吉村氏も松井氏も、効率をいい、経済成長をいう。だが、そこに貧困に苦しむ人々のことは視野にははいっていないようだ。賭博場の建設に情熱を燃やしているし、どこもかも効率、効率と責め立てて、公務員の職場は、非正規雇用の人々に置き換わってきている。 

 中間搾取をする人々がいるはずで、これらの人々は明らかに富裕層となっていく、いや、すでに富裕層なのだろう。おいしいところは、富裕層が、権力と結びついて、こんな仕組みのなかで、もっていく。

 彼らは、憲法をかえて、普通の国、戦争のできる国を目指す。核兵器だって、一旦持ったうえで、廃止の話し合いをすればよい、などと言う。これでは、どこかで、何かの変調があれば、人類はたちどころに滅亡するほかない。心底平和をどうやって作ろうかなどとは、考えてはいない。

 殺さないということは、殺されることを意味するのだろうか。そんなことをする人類ならば、これはもう滅びる他ない。

 

 

 

 

 

 


汚い手法をシレっとやれる連中に騙されるな

2020年10月15日 13時16分52秒 | 思考試行

 人事権を握れば、言うことをきかない人間、政権の意向に逆らう者は、すべて、その報いを与える。ちょっと、幅を利かしてきて、政権の目ざわりになるものは、警察、公安調査、など動員して、当該目標人物を徹底的に調べ上げ、もっとも効果的な時期に、その弱点をマスコミにリークするなどして、失脚させる。

 今、79歳の杉田官房副長官が、菅首相の絶大なる信頼のもとに、こういう仕事の中心人物という。

 そうなると、裁判官の仕事も信念に基づいてはいられないかもしれない。目をつけられて、僻地へ飛ばされたりしたら、子供の教育にも関係する。自身の出世も期待できないかもしれない。それは判決に影響する。

 検事も、官僚も、みんなが権力を持つ、こんな連中の顔色をみることになる。そんなことで、はたして日本がよくなるだろうか。

 議論活発にして、キチンと筋が通る社会でなければ、この世は闇である。田舎から出てきて、手練手管を覚えて、結局は、すべては力だと思ったのだろうか、そしてその力を得た今、いよいよこれを活用するつもりだろう。多数決さえできるのであれば、議論など無用である。「総合的に俯瞰的に考えた」、のが理由になどなるか。

 人の世がどんな風になることが、一番いいのか、それは戦争がないこと、戦争を絶対にしないために、どうすべきかを考えること。弱者を作らないための工夫をすること、格差是正を心がけること、人類が幸せになるために、どうすればいいのか、という当たり前の視点に立って、政治を行うべきだ。

 人の弱点を把握して、それを武器に人を支配するなんて、姑息な連中に政治をまかせておくわけにはいかない。携帯電話料金をさげるとかなんとか、ちょっと、カッコつけたりしているが、騙されてはいけない。