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八嶌正治氏「頽廃の魅力」(その2)

2018-03-08 | 『増鏡』を読み直す。(2018)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年 3月 8日(木)10時47分22秒

続きです。(新日本古典文学体系月報52、p3)

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 風俗的にも刺激的で残酷なものを好む時代相である。僧に魚の頭を料理させて喜んだり、女房に男装の蹴鞠装束をつけさせたり、僧体の男女の愛欲図等、通常のものに飽き足らなくなっている。下世話な欲の描写にも長けているのであって、醍醐勝倶胝院で曙から物をもらう尼の描写や、四条傅(めのと)の家での乳母の下品さを写す部分等精彩に富んでいる。又、光源氏・藤壺・紫上の関係に、院・母・二条を準えているが、『源氏物語』の中には、親子に渉っての肉体関係は存在しないし、まして、僧体の男女の交情などはない。
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「僧に魚の頭を料理させて喜んだ」というと何かグロテスクな感じがしますが、これは「粥杖事件」というコメディの中の一場面で、家業のひとつが料理である四条家出身の「隆へん」という高僧の話ですね。
実際に当該場面を読んでみても、特に「刺激的で残酷」な印象は受けません。
女房蹴鞠の場面は既に紹介ずみですが、これも楽しい遊宴の一コマです。

『とはずがたり』に描かれた中御門経任(その1)─女楽事件
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/d8797cb0c18b28115d6de1f3e2ddc0a7
『とはずがたり』に描かれた中御門経任(その2)─女房蹴鞠
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/f9b4844774e0e7a1976b7ee3933965ef


「四条傅(めのと)の家での乳母の下品さを写す部分」もコメディの一場面ですね。
まあ、別に八嶌氏は嘘を言っている訳ではないのですが、「刺激的で残酷」なものを好む八嶌氏だから、これらの場面が「刺激的で残酷」なもののように見えるだけではないか、という感じがしないでもありません。

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 『源氏物語』には細部にまで神経が行き渉った独自で確かな人間造形があるが、『とはずがたり』は日記を基にしているだけに体験がそのまま全体の脈絡の中に放置されグロテスクな姿を曝しており、二条の感性において統一されているのである。二条の酒好きは日記に記す所であり、逞しく、そして古い言葉で言えばアプレでニヒルである。
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「二条の酒好きは日記に記す所」とありますが、これはコメディである「四条傅(めのと)の家での乳母の下品さを写す部分」に含まれている記述で、実際に当該部分を読んでみると、別に「逞しく」も「アプレでニヒル」とも思わないのが普通の人の「感性」かな、と思います。

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 一つの作品を一つの方法で割り切る事は困難であってこの作品には、自己の情念を追求したいという、主題に密着した方法と、ルポルタージュ性ともいうべき体験性とがあって、両者は分離できるとともに入り交っても居る。鎌倉で将軍惟康親王が廃される様や、江田・和知の兄弟が作者のことで争う件などは、両者ともに記事の地理上の最端に近く、ルポルタージュ文学以外の心理によって記されているとは考えられない。二つの最端の地を繋ぐ人物として広沢与三入道なる人物が現れるが、それとて偶然で、両地でのかなり荒々しい体験談を記す事に目的があったのであろう。
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段落の途中ですが、ここでいったん切ります。
「鎌倉で将軍惟康親王が廃される様」は確かにルポルタージュっぽい感じがしますが、「江田・和知の兄弟が作者のことで争う件」は、美しい私が地方豪族を訪問すれば、たちまち私の魅力の虜になった男どもの間で大騒動が巻き起こりますのよ、という(創作)自慢話で、私は「ルポルタージュ文学以外の心理によって記されている」ものと感じています。
和知の場面は『とはずがたり』の中でも特に歴史研究者の興味を惹いていて、永原慶二氏のような謹厳なマルクス主義の歴史学者が和知の場面を熱心に論じているのを知ったときはちょっと驚きましたし、最近では新進気鋭の中世史学者としてベストセラーを連発している呉座勇一氏も『日本中世の領主一揆』(思文閣、2014)で妙に熱く語っていますね。

「家」世界の原理
http://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/209aa7985b8cfeeb1186a18a70662da2
永原慶二氏と『問はず語り』
http://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/90a74e07e5f92655c5dcc2c04cbd5919
『永原慶二の歴史学』
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/36c1c6e67d6fa564872e6ac4cbf718c1
「中世人の名誉感情に関わる問題」(by呉座勇一氏)
http://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/777ce1b5aa1b724554390d8046d17881
『とはずがたり』の和知の場面(その1)(その2)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/9d167329474796514702011332939cf5
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/674f22776e11794b17b0ec224052f1db
和知の場面の英訳(その1)~(その3)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/af0556f094336601de55f7b867e04096
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/ada166fa4ec78f2b934c710395a4c40d
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/4b6441d024606e064647a5f84fdd0198

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