学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

洋学紳士・淑女の伝言ゲーム

2015-08-07 | 石川健治「7月クーデター説」の論理
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2015年 8月 7日(金)22時11分35秒

「熊谷三郎直実を憚って」の謎を解くため、久留都茂子氏の『父、尾高朝雄を語る』(竜門社深谷支部、非売品)を見たいのですが、私が利用可能な範囲の図書館にはありません。
そこで、何か手がかりはないかと思って『法学セミナー』290号(1979年5月)以下、5回にわたって連載された清宮四郎の座談会記録「憲法学周辺50年」を読んでみたところ、話はいきなり旧制一高時代から始まっていて、名前の由来については全く言及がありませんでした。

ここからは私の推測となりますが、「熊谷三郎直実」は「梶原平三景時」との混同ではないかと思います。
熊谷「次郎」直実と同時代人で、名前をつけるのを憚るほどの悪人といえば、まずは梶原景時が浮かんできます。
ただし、それは実在した歴史上の人物としての梶原景時ではなく、歌舞伎などの近世的な文化・教養の世界に登場する想像上の人物としての梶原景時ですね。
例えば歌舞伎の世界では、「熊谷陣屋」などの多くの作品で熊谷次郎直実は圧倒的に良い人とされており、他方、梶原平三景時は極悪非道の人と決まっていて、唯一の例外が「梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)」だそうです。
そこで、1898年(明治31)5月23日、埼玉県北足立郡谷田村、というと現在の南浦和あたりに屋敷を構えていた清宮家に三男誕生のみぎり、江戸の名残の和風教養の世界に生きていた名付け親は、「三郎」だと梶原「平三」景時を連想してしまうのでこれを憚り、「四郎」にしたと仮定します。
ところが勉強好きの四郎が旧制一高に進むと、そこは週にドイツ語20時間、英語4時間という驚異の洋風世界。
真面目な四郎はひたすら勉学にいそしみ、東京帝国大学法学部政治学科に入学。在学中に高等文官試験行政科に合格し、政治学科を首席で卒業後、内務省に入って富山県庁に一年間勤めるも学問への思いを断ちがたく、恩師の山田三良と美濃部達吉に相談した結果、新設されたばかりの京城帝国大学に推薦してもらって学者に転進。
そして1924年から3年間、欧米に留学し、主としてベルリン・ハイデルベルク・ウィーンで学んだ後、フランス・イギリス・アメリカを経て帰国、以後は京城暮らしとなります。
さて、ここで「熊谷三郎直実」問題に戻りますが、この話に関与しているのは最初の命名者を除くと、

清宮四郎(1898-1989)
尾高朝雄(1899-1956)
久留都茂子(1927-)
石川健治(1962-)

の四名ですね。
そして、この四名の伝言ゲームの中で、誰かが「梶原平三景時」を「熊谷三郎直実」と混同したことになりそうですが、久留都茂子氏は父親の記憶をそのまま文字にしただけ、石川健治氏はそれをコピペしただけなのは明らかですね。
また、「熊谷三郎直実」を憚って「四郎」にしたなどという話は赤の他人の尾高朝雄にとってもどうでもいい話でしょうから、結局、一番疑わしいのは清宮四郎本人ですね。
清宮は真面目なガリ勉タイプで、学生時代にはスポーツ(野球・柔道)は多少やったものの、芝居などとは全く縁のない生活を送ったらしいので、自分の命名について何か古臭い話を聞いた覚えはあっても、完全には理解できず、「梶原平三景時」が埼玉県の有名人、熊谷直実とゴチャゴチャになり、「熊谷三郎直実」として記憶していたのではないですかね。
そして、渋沢栄一の親族として明治有数のブルジョワ家庭に生まれ、極めて社交的で、清宮を超える洋学紳士であった尾高朝雄、その娘で日本女子大英文科卒業後、東大法学部に入り直して家族法の研究者となり、東京女学館短期大学学長を勤めた洋学淑女の久留都茂子氏、そして英・独・仏語に堪能な現代的洋学紳士の石川健治氏は、いずれも和風の教養には乏しくて「熊谷三郎直実」の奇妙さに気付かず、聞いたままを伝えてきた、ということではないですかね。

「一谷嫩軍記~熊谷陣屋」
http://enmokudb.kabuki.ne.jp/repertoire/313
「梶原平三誉石切」
http://www.eg-gm.jp/e_guide/memo/ka/memo_kajiwaraheizouhomarenoisikiri.html

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