学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

平川祐弘著『竹山道雄と昭和の時代』

2015-12-27 | 石川健治「7月クーデター説」の論理

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2015年12月27日(日)13時39分16秒

先日、浦一章氏の講演で聴いたダンテとのつながりで平川祐弘氏の最近の著作をいくつか拾い読みしているところなのですが、『竹山道雄と昭和の時代』(藤原書店、2013)は特に面白いですね。

http://www.fujiwara-shoten.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=1311

ただ、安倍能成に関してちょっと妙なエピソードが出ていたので、備忘のためメモしておきます。(p161以下)

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 昭和十五年は一九四〇年、皇紀二千六百年と称する大祝典をした年である。その夏休みが終わって二学期が始まるころ、後に駒場の九〇〇番教室と呼ばれた倫理講堂で一高の新旧校長交代の式が行われた。それまでの校長は橋田邦彦で、この人は「科学する心」という新語を作って評判となった。その橋田が近衛首相によって文部大臣に任ぜられ、後任として京城帝国大学教授だった安倍能成が着任した。【中略】
 大正十一年に一高生として倫理の講義を聞いたときは、内容ゆたかな立派な講義だったが、安倍は痩せて太い眉の下に目がくぼんで、ひどく神経質な印象を受けた。「ところが昭和十五年の秋に一高校長としてこられたときには、丸々と豊頬で白髪が立派で威風あたりをはらうがごとく、エネルギッシュなカリスマ性を発散していた。「五十七じゃ」と言っていた」。挨拶がすんで懇談となると安倍は竹山の前に来て「あんたは船田君の奥さんの兄さんじゃそうですね」と言った。船田享二は京城大学でローマ法を担任、後に芦田内閣の無任所大臣もつとめた。道雄の妹の文子がその妻だった。安倍はそれまで京城大学法文学部長をしていて同僚だった。竹山は「はい、そうです。先生は京城で船田とよくおつき合いをなさいましたか?」すると安倍は答えた。「いや、つき合わん。気が合わんからつき合わん。あれは先天的な嘘つきじゃ」 竹山は驚いた。初めて会った者(竹山は生徒のときには個人的に接しなかった)にむかって、こういうことを言う人があるのだろうか。
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初対面の竹山道雄(1903-84)に対し、自分から竹山の義兄・船田享二(1898-1970)の名前を出しておいて「あれは先天的な嘘つきじゃ」と言い放つ安倍能成(1883-1966)も相当な奇人ですね。
たまたまこの夏、石川健治氏の清宮四郎ストーキング四部作を読んで妙に京城帝国大学に詳しくなってしまった私としては、ちょっと気になるエピソードです。
ま、現代憲法学界のドイツロマン派、石川健治東大教授が、まるでそこに理想的な学問世界が存在したかのように美しく描き出す京城帝国大学法文学部の実態については私もある程度調べたつもりですが、さすがにこの種の人間関係の機微にかかわる部分はなかなか表に出ませんからねー。

『偉大なる暗闇 岩元禎と弟子たち』
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/1cef11eac16b0c7e7faf16b7d215aa98
意外な改変者
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/fc7b788d8cc835f0fff35b9087bbdc0d

>筆綾丸さん
>小津のニヒリズムが年の暮れにはずいぶんと心地よい。
このところ筆綾丸さんの文章がちょっと渋すぎる感じがして、心配といったら大袈裟ですが、どうされたのかなあ、などと思っております。

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。

「もののあはれ」 2015/12/26(土) 14:43:44
小太郎さん
最近は小津安二郎の映画を自分でも呆れるほど繰り返し見ています。どうでもいいような細部が延々と続き、そうして人は死んでゆき、あとには何もない・・・というような小津のニヒリズムが年の暮れにはずいぶんと心地よい。鎌倉円覚寺の小津の墓には「無」とだけ刻まれているそうですが、その無さえも、たぶん、あらずもがなのこと。思わせぶりに電光影裏斬春風と吟じた開山無学祖元の禅宗臭い嫌味な無とは無縁の無だと思いたい。

百年前の自費出版の前衛的詩集が歴史に消え去ることを詩的哀れといい、現代の歴史学の専門書が歴史に消え去ることを史的哀れといい、発行部数ともども妙に symmetrical だ、というところが現象学的に涙ぐましいですね。

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