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戸倉中学校

2012-03-18 | 東北にて
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2012年 3月18日(日)09時13分17秒

南三陸町の戸倉中学校をアップしました。
ここは国道398号線から見上げると結構な高台にあるように思えるのですが、津波浸水高が20.22メートルとのことで、校舎1階まで浸水し、窓ガラスの多くが破壊されています。
校舎より数メートル低い場所にある校庭には仮設住宅が設けられていますが、周辺を見回しても、浸水域外に仮設住宅を設置することは実際上無理ですね。

http://chingokokka.sblo.jp/article/54502691.html

2012年2月25日の朝日新聞には以下の記事がありました。

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悲しみ癒えることなく 津波で殉職の教師の一周忌 宮城

 東日本大震災から1年を迎えるのに先立ち、宮城県南三陸町で津波に遭い、43歳で亡くなった中学教師猪又聡さんの一周忌法要が25日、同県登米市内の寺で営まれた。
 猪又さんは、町立戸倉中学校で理科を教えていた。震災直後、学校に避難してきた住民を助けようとして濁流にのまれた。津波で壊滅した戸倉中は一時的に登米市の廃校に移転している。
 3月11日前後は卒業式や入試が重なり、参列しにくい人もいるため、遺族が日取りを前倒しした。雪の中、同僚ら約40人が参列した。
 猪又さんの父で、自らも中学教師だった清さん(78)は「1年間あっという間にすぎた。この悲しみは今後変わるのだろうか」。参列した小野寺由美子校長は「いまだに悔しい気持ちでいっぱい。3月11日が近づくにつれ、かけがえのない人を失ったという気持ちが強くなっていく」と話した。(三浦英之)
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201202250230.html

亡くなった猪又聡氏は戸倉出身ではないのに戸倉に強い愛着を抱いていた熱心な教師だったそうで、検索すると生徒や教職員組合関係者、更に趣味だったというミステリー関係者の哀悼のページが沢山出てきますね。
三浦英之記者は結構良い記事を書いている人なのですが、文中に「津波で壊滅した戸倉中」とあるのは疑問です。
戸倉中学校の建物は立派なもので、1階が浸水しただけで「壊滅」は大げさですね。
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