大福 りす の 隠れ家

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みち  ~未知~  第16回

2013年07月22日 14時14分49秒 | 小説
『みち』 目次

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『みち』 ~未知~  第16回



奥の事務所には仕切られた大きな台所に 冷蔵庫や食器棚が置かれていたが 表の事務所の片隅にある 小さな台所で用意をし始めた。

5人はそのまま1階の工場に残る。 3階事務所に上がってきた社長と他の10人に朝のコーヒーを入れるのだが 誰がどのカップかを覚えなくてはいけないのは勿論だが 誰がブラックで誰が砂糖入りでと メモを取らなくては覚えられない。 

前の職場ではお茶を出すだけであったが コーヒーとなると少しの量の違いで味が変わるので気を使ってしまう。 

琴音がメモを取っていると 表の事務所に机があるのだが 社長と5人がこの事務所には座らず 手荷物だけ机に置き 奥の事務所に入って行った。

メモを取りながら(いったいどうなってるのかしら?) と考えた琴音だが その琴音の心の声を聞いたかのように森川が

「みんなこっちの机にはあんまり来ないのよ。 こっちの机にはPCが無いでしょ? みんなPCを触るから奥の事務所に入りびたりなのよ それに今ここに居るあとの5人も営業だからすぐに出て行くわ。 最近は会長も月に一度くらいしか来なし 来てもすぐに出て行くから気が楽よ 誰に気を使わなくてもいいでしょ?」 奥の事務所にも机があってそれぞれの机の上にはPCが置かれていた。 

(森川さんって あまり賑やかしいのが好きじゃないのね) 琴音もあまり人と繋がりを持ちたくない方であるから 森川の言いたいことがわかる。

コーヒーを森川と一緒に皆の机においていき そしてようやく仕事の話になった。

「織倉さんの机はここね」 森川の隣だ。 そして二人で席に着くと

「経理の経験は無いって聞いたんだけど」 森川が聞いてきた。

「はい、全くありません」 何も出来ないのだからはっきり言っておこうと 言い切った。

「大丈夫よ。 細かいところは税理士さんがしてくれるから 日々の振替伝票さえ出来ればいいわ」 それからは 毎日の入金処理や出金処理などを教わったが 細かいところなどは全く覚えられない。 それに経理以外の一般事務もある。 とにかくメモを取る。 そのメモをマンションに持ち帰って もう一度見直し復習だ。


そんな毎日が数日が経つと

「どうしてこんなに覚えられないのかしら」 自己嫌悪に陥ったが 仕方が無いじゃないか 年齢が年齢なのだから。 いつまでも若い時のように 何でもすぐに覚えられる筈が無い。 新しいことを覚えるのには 時間がかかる歳になったのだよ。 肉体の衰えとはそういうものなのだよ。

そんな琴音を見て 森川が

「入金処理は分かったみたいね。 今度はもっと経理の基本を覚えましょう」 と言い出し

「資産と負債 それぞれの増加と減少を覚えれば どんな内容のものがあっても 伝票を切ることが出来るからね」 ここにきて琴音はパニックを起こしそうになった。

「とにかく今から書くことを丸暗記してね」 そうして森川は琴音のパニックの元となる 資産と負債の増加と減少を次々と書いていった。

(とにかく丸暗記すればいいのね) だがそう簡単に丸暗記も出来ない琴音であった。 またマンションに持ち帰って復習だ。

部屋に帰ってからは 復習もするが愚痴もこぼれる。

「貸借対照表とか資産表とか聞いたことも無い言葉だらけじゃない。 手形や小切手なんて簡単にきれないわよ。 間違ったらどうするのよ」 そう思うのも仕方が無いな。 長い畑でやって来た今までの事務とは全然違うのだから。  まさかここまで聞いたこともない言葉をやっていくとは 思ってもいなかったのであろう。

「でもきっと森川さんだから 気長に教えてくださるのよね。 もしこれが違う人だったらどうなっていたかしら。 さじを投げられたんじゃないかしら」 琴音にとって森川は頼れる先輩であり 優しい先輩でもあった。

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