五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

幽霊との戦い

2009年02月11日 | 第3章 無意識の世界
私の幽霊との出会いは、5歳くらいの頃です。
高知で生まれ育ち、五歳から住んだ福井は、高知の降り注ぐ太陽のイメージとは打って変わり、四方が山に囲まれた盆地の雪深い町は、幼い私のアイデンティティをぐらぐらと揺らすには、ちょうどよい条件であったと思います。

二階建ての大きな家でした。
雪が積もれば、一階は埋まってしまうので、一階の天井の高さは関東の家から比べると高くできています。
二階の南側の部屋が私の部屋でした。
大きな家ではあってもトイレは一階の隅に一つだけ。

ひとりで寝る習慣をつけられ、妹は母と寝ていたので、夜中、トイレに起きても親は当てにできません。
二階の部屋からトイレまでは、あの頃の私にとって非常に長い道のりでした。
暗い階段を降りると玄関ホールです。そこからまわれ右をして、台所に行きます。その先がトイレ。
幽霊が出るんじゃないかと、怖くて怖くて・・・
トイレに行くまでの恐怖感は、耐えがたいものでした。

ある日、和裁用の大きな裁ちばさみが目に留まりました。
「そうか!、夜、歩くんだったら、これだ

幽霊撃退用の道具を見つけたわけです

毎晩、裁ちばさみを枕元に置き、トイレに起きた夜中、私は大きな裁ちばさみを「バチバチ」と動かしながら暗闇に挑みました
そんなわけで、恐怖感は多少軽減されたのです。

今から考えると、子供が裁ちばさみを持つなんて、なんと恐ろしい・・・
大人になると、幽霊よりもそちらのほうに恐怖を感じます。。。






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防衛機制

2009年02月10日 | 悔いのない人生とは?
何らかのカタチで自分を成り立たせているもの。

どんなときにどんな感情が湧き出しやすいか?

どんなときにどんな行動をするのか?

どんなときにどんな考え方をするのか?

「思考と感情と行動」

朝、起きてから寝るまで、どんなことを考え、どんな思いで、どんな過ごし方をするのか?
それらを思い起こしてみると自分の傾向が見えてきませんか?

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いつが思春期?

2009年02月09日 | 第2章 五感と体感
ある日、突然、周りとは違う自分を意識し出したのは、小学校6年生の卒業間際の時でした。

深夜放送とかロック、読書や絵を描くことは、親の保護下で生活している子供の感情の発散の場と時間でした。
どこかで区切りをつけるということは、私自身の方向性の選択が美術だったのと祖父が画家だったこともあり、環境に染まったままズルズルといってしまったように思います。
その頃の私にとっては当たり前でした。

でも、今は諸々のことに適応していくことに関して無理がありません。

そんなわけで私は30歳くらいまで、思春期だったように解釈しています。

自分はひょっとして、今、思春期??と思い巡らしてみるのもよいかもしれません。

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何が大切か

2009年02月08日 | 第1章 意識と知覚
今一番自分に必要なこと。

一番必要なことをひとつひとつ積み重ねていくことが達成感に繋がります。

もしも、一番必要なことに揺らぎがあったとしたら、彷徨う時間を過ごすこととなります。

でも、そんな時間も人生にとって大切なことです。

一番必要なこと、一番大切なことは何か自問自答することが今の自分にとって大切なこととも云えるわけです。

揺らぐ時期に揺らぎ委ねること。
進むべき時に揺らぐことなく邁進すること。
嬉しい時に喜ぶこと。
悲しい時に悲しむこと。

自分がいま必要としていることを素直に感じて、考えて、行動できることほど幸せなことはないように思います。

何が大切か。

心に耳を当ててみると・・・


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一か月の効果

2009年02月06日 | 第2章 五感と体感
先月の一月五日にインフルエンザを発症し、いったん回復したか!!と思いきや、今度は咳がひどくなり、二週間とても苦しい思いをしました。

今日は二月六日。
ようやくマスクをとって話ができるような状態になりました。

まるまる一か月、マスクの生活。
起きている時はもちろん、寝ている時も、マスクをつけっぱなし。

それで、何に効果が表れたかというと、「肌」です。

保湿効果のおかげで、お肌がツルツルです。
この乾燥する時期に(乾燥しているからインフルエンザうつったわけですが)お肌がツルツルとは、なんと嬉しいこと

もうこんなに苦しい思いはしたくありませんが、マスク効果は来年も期待できそうです。

風邪で咳きこんでいる皆様、くれぐれもお大事になさってください

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梅の香り

2009年02月05日 | 悔いのない人生とは?
あちらこちらで梅の花が咲いています。

先日、勉強会でお世話になっているお宅に入ると、梅の香りが私を迎えてくれました。玄関ホールの奥にある飾り棚に飾られた濃いピンクの花を咲かせた梅の枝が、その香りの発生源。
一枝から漂わせる濃厚な香りに驚きました。

立春ともなると、見渡した鎌倉山の森もうっすらと温かみのある色へと変わりつつあり、芽吹きの気配を感じます。

花粉症の方にはいやな季節かもしれませんが、春の光に誘われた芽吹きの香りで確かに鼻がモゾモゾしてくるようになってきました。

そろそろ奈良のお水取りを意識するころ。

冬にやり残していることをそろそろ片付けないと、春になってしまう、、、という気持ちが少しだけ湧いてきました。

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独立心

2009年02月04日 | 第2章 五感と体感
ここ数日、いろいろな人の「独立心の芽生え」に出合っています。

ぽーーんっと広い世界に一人、放り投げられた時、または、自らその世界に突入した時、手足をばたばたさせても誰も手を差し伸べてはくれません。

「一人でやり切る」ということは、同時に「自分」を自分自身が意識することと深く関係があるようです。

丹田に力を入れ、自分の行動を意識すると、どんな小さなことでもその人自身の表情に素敵な輝きが見えてきます。

「生き甲斐」は待っていてもやってこない、、、
「達成感」も待っているだけでは得られません。

人は孤独です。孤独を知っているからこそ、人を大切にでき、目標に向かって努力することもできるように思います。

孤独を悲しんでいる時には、実はほんとうの孤独を味わっていないのかもしれません。
孤独から生まれる独立心。今日は、身近な人たちのそんな姿を見て、私自身も久しぶりに丹田に力がグッと入りました。

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浅間山の噴火

2009年02月02日 | 第2章 五感と体感
我が家は横浜です。
今朝、ニュースで浅間山の噴火を知りました。
外に出ると、我が家の駐車場の屋根がうっすらとグレーにまぶされています。
車のボンネットも白くなっています。
あれっと思い、あたりを見渡すと周りの車も同じような状態です。

横浜から浅間山は遠いのですが、北風に乗ってあっという間にこちらまでやってきたようです

源氏物語のどこかに、「富士山の噴火ではないのだから、そんなにモクモクと香を焚きしめるものじゃありませんよ」と光源氏が女房達を叱る箇所があったことを思い出し、朝からニヤニヤしている私です
そんなことはどうでもよいとして、花粉もぼちぼちらしいし、火山灰も迷惑な話ですが、インフルエンザ菌も猛威を奮い、空気中に漂ういろいろなもの、どうぞ、皆さん気をつけてお過ごしください

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がんばる

2009年02月01日 | 第2章 五感と体感
某予備校のポスターが目に留まりました。

「がんばれ」という言葉よりも「がんばる方法」が欲しい、というコピーです。

何事も、そうだな、と思いました。

受験の話ばかりではありません。やみくもに「がんばれ」と云われても、なんだかお決まりの文句を言われているようで逆にカチンときたりします。

自分が必死にがんばっているときに「がんばれ」は、他人から欲しい言葉ではありません。
でも、とても親しい人に「がんばってるね」と云われるのは、なぜかとても嬉しいのです。
何が違うのかな、、、とつらつら思うに、現在進行形である事実を認めてくれる言葉と自分の行動を強要される言葉の違いのようです。

話は戻りますが、「がんばる方法」。これは、ほんとうに私も同感です。
子供のころ、周りから、「がんばれば何とかなる!」と云われたことは何度もあります。でも知識と経験の浅い子供にやみくもに「がんばれ」と言ったところで、難しいように思います。

一緒に添って、愛情をかけて、親身になって、面倒を見てくれる大人。
その人との信頼関係。
そこから芽生える独立心。

「愛あるところに意志あり」とはこのことかもしれません。

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