五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

東北の旅・三陸の入り江

2012年04月30日 | 第2章 五感と体感
遠野から松島までは180キロくらいの道のりです。
「岩手は大きい」ということを解っちゃいるけど、解っていないのがよそ者の甘さです。遠野を発ち、松島のホテルまで4時間の走行。
遠野から陸前高田に出て、そこから気仙沼、南三陸、石巻を経て松島へ。
沿岸の道路は、復興のための要であることをひしひしと感じさせていただきました。

父がダムや河川の設計者だったことで(いや、本人はまだ現役のつもりでいる??)、この東北の地は父にとっては故郷と同じくらいの思いがあり、故郷の東京よりも長く住んでいるので、父にとっては故郷かもしれません。今回の旅は変わり果てた風景を見るのが辛かったようで、母の喜寿を祝うための旅だと言っても、「私は行かない」ときっぱり断られました。
そのようなことを胸に秘め、テレビに映る主要の市町を本当に自分の目で目の当たりにした時、胸の奥から哀しみの体感が湧き出しました。仙台空港から山元町のあたりのまっすぐな沿岸の光景とは、また違うものです。道路を走り、山を越え、次の入り江に差し掛かるときの虚しさは、言葉で表せるものではありません。根こそぎ失われたものの以前の風景を知らない私は、父が思う愛する土地であるからゆえ行くことのできない怖さが、理解することができました。

陸前高田の一本松は、山側から海に降りていく勾配から見えてきます。遠くから見ると、枝の削げたひょろひょろとした幹が、自分の身体をくねらせ、一所懸命に生きている姿のように感じます。「ほんとうにほんとうによく耐えたね、」とそれぞれに呟き、車で走る中から自ずと手を合わせる私達は、段々と無口になり、ただただ入り江の村や町を眼の中に入れました。

現場を見て、身体で感じることは、見ないで想像していることとは有るか無いかの違いくらい違うことを改めて思い、生活を営み暮らしている人々が諸々を再構築していくにあたり、きっとその土地の風土が人々を深く助けていくのであろうという思いも湧いてきました。

見たことは、今後の私のありようにも影響していくことは確かなようです。

そして、大震災の被害で会社を移転した親戚と宴を開き、この一年の慰労と今後の成功を祈って、松島の夜は更けたのでありました。

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