思い出に。
「総理の女」という新潮選書を読んだ。暴露本みたいなセンセーショナルなタイトルなので、期待しなかったが、以外に面白かった。明治大正、昭和初期の宰相たちの奥話で、下世話な文章がなく、軽く読める。
最後に太平洋戦争の総理、東條英機夫妻が取り上げられていたが、心に残った。
これまでいく冊かの本を読んだが、大方、東條英機に対する評価は低い。
が、家庭人、夫、父としての彼は幸せだったという。これもいろいろな見方があるに違いない。カツ子夫人についても批判的な叙述を私は読んだが、こちらにはそのようには書かれていない。勝気な女性ではあったが、良き妻、母であり、贅沢や奢りとは無縁な質素倹約を通した宰相夫人だったという。
東條亡き後、カツ子夫人は世間から身を隔て、92歳の長寿を全うしたが、子供たち、孫たちに囲まれ、家族の絆は固く、みな東條を誇りに思っていたという。最後まで東條を慕って瞑目したカツ子夫人は、本当の意味で幸せだと思う。そのように身罷ることのできる妻は、たぶん現代では稀だろう。
現代でもなお非難轟々の、日本を敗戦へ導いた愚相という側面と、妻や子供たちから敬愛される家庭人としてのすがたと、人間の全体性とは、まことに多面体だ。ひとことで、あるいはわずかな文章で、人ひとりを把握し、その全てを表現することはできないと改めて感じた。
良い日だった。
愛と感謝。

画像はレンブラント、放蕩息子の帰還。