甘酸っぱいということは(続々)

 
 オブーは校門で、自転車に跨がったまま、教員たちと問答していた。そのうち、教員の手振りで、彼の外出が却下されたことが分かった。
 彼はうつむいて、自転車をUターンさせ、校門からスイ~ッと遠ざかった。そして、そのまま立ち去るのかと思いきや、突然、見事なスピンターンで、呆気に取られた教員たちのあいだを物凄いスピードで突っ切った。
 それから、私に向かってイエイ! と大きくガッツポーズを見せると、そのまま走り去っていった。

 それ以来私は、彼から貰ったガムを食べる気にならず、かと言って捨てることもできずに、それを制服のポケットのなかにしまい込みながら、持ち歩いていた。もしオブーが、もう一度私に慣れ慣れしく話しかけてきたりすれば、彼にガムを返して、それで終わりにしようと思っていた。
 けれども、当初から望んでいたとおり、進学クラスだった私は、昔の野球部員たちのいる他クラスと関わらずに済む環境にあった。私はオブーに会うことはなかった。

 そして半年くらい経ってから、風の便りに、彼が高校を中退したと知った。

 あんなに野球が好きだったのに野球部に入らずに、勉強がきつかったんだろうか。何かのっぴきならない家庭の事情でもあったんだろうか。
 だからって、私が声をかければ、彼が中退しなくて済んだわけでもあるまい。……私はオブーの靴箱を探し出し、半年間持て余していた、甘酸っぱいらしい、まだ手をつけていないガムを、そのなかに放り込んだ。
 そしてそれっきり、今の今まで、彼のことなんかすっかり忘れていた。

 のに、最近、突然思い出した。もうすぐ死ぬんだろうか、よく分からん。

 画像は、アンカー「りんごを食べる少年」。
  アルベール・アンカー(Albert Anker, 1831-1910, Swiss)

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