神と悪魔 その1(続々)

 
 瞬間、彼はまるで殴りつけられでもしたように、さっと蒼ざめた。それから、ぎゅっと結んだ唇をわなわなと震わせ、額に青筋を走らせて、棒立ちになったまま、潤んだ眼をカッと見開いて私を睨んだ。こめかみの血管が激しく脈動していた。
 怖ろしい時間が訪れた。彼は喉を鳴らしながら、苦しそうに息をしていた。それは耳に苦痛な、心乱されるものだった。私は私が呼び起こし、私の力ではもはや止めることのできない彼のこの呼吸が静まるのを、胸の締めつけられるような切ない思いで待っていた。
 
 ようやく口が利けるようになったとき、彼は、蒼ざめた顔を不意に真っ赤にしたかと思うと、背筋を震わせて気負い込み、性急な身振りを交えながら、喉をぜいぜい鳴らして、声を限りに叫び立てた。

「そんな残酷なことが言えるのは、人間じゃない! 神か悪魔だけだ! だが僕には、君が神とはとても思えんな!」
 
 衝撃と恐怖と後悔と憐憫の涙が私の喉を塞いだ。私を見据える彼の、赤く濁った、溶岩のようなドロリとした眼を、私は一生忘れないだろう。

 動悸がして立っていられないのか、彼は興奮で息を弾ませながら、どっかりとソファに坐り込んだ。
 彼は、自分が尊敬もし、信頼もしているピエーロ氏の箔を剥ぎ落とそうとした私に、何か掣肘せねばならない邪悪な本能を見出したらしかった。やがて私の全身にありったけの侮蔑を叩きつけるように、憎さげに憫笑した。
「君って奴は、ほんとに調和を妨げる夾雑物だ。僕に言わせりゃ、殺しといたほうが無難って輩だ! そうだよ、他人の人生を焼き払うと同じ仕打ちを、よくもできるもんだなあ! 何のために生まれてきたんだ? あ? よりにもよって、なぜ僕なんかの前に現われたんだ!」

 To be continued...

 画像は、ヴルーベリ「俯いた悪魔」。
  ミハイル・ヴルーベリ(Mikhail Vrubel, 1856-1910, Russian)

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