孵化したばかりの蚕は黒い毛虫ですが、1週間もすると、1回目の脱皮をします。
この時、蚕は丸1日近く、桑を食べず、微動だにせず、じっとしている状態を保つことから、「眠る」と表現されます。
脱皮を終え、二令目になると、白い芋虫になります。
蚕は4回脱皮を繰り返して、成長していきます。
最初は1枚のわらだの中で飼い始めますが、成長するにつれ、蚕を分けて、数枚のわらだで飼うことになります。
蚕に桑を与えることを蚕の上に桑の葉をのせることから、「桑を掛ける」と言います。
1日に4回ほど、桑掛けを行なったと記憶しています。
お母さんとおばあちゃんが桑掛けをする時、チエちゃんもお手伝いをしたものです。
葉っぱを掛けると、蚕はすぐに食べ始めます。
掛け終わった後、何千頭もの蚕が一斉に桑を食む音が、サワサワ、サワサワ、・・・・
と響いていたことが懐かしく思い出されます。
チエちゃんの村には、養蚕にまつわるこんな伝承が残っています。
むかし、むかし、都のさる高貴なお姫様がこの地を訪れ、養蚕を伝えたと言うものです。
村には、姫の父親にちなんだ地名が残っており、サラシ川の由来も織り上げた布を晒した事から名付けられたとされています。
チエちゃんは、この伝承は日本全国にあるヤマトタケル伝説のようなものであると考えていましたが、大人になったある日、紐解いた歴史書の中に彼女の名前を見つけました。
万葉の昔、姫は天皇の妃でした。
ところが、天皇は、天皇の外戚となり権勢を欲しいままにしていた渡来系豪族と対立し、暗殺されてしまったのです。裏の事情を知る姫にも、生命の危険が迫りました。厩戸皇子の手引きで、都を脱出した姫は父親とともに、都の勢力の及ばない蛮夷のこの地に逃れてきたのでした。何不自由のない貴族の暮らしをしていた彼女が、追手に怯えながら、何百里も離れたこの地をどのような感慨を持って訪れたものか、彼女の伝承は史実だったのです。
チエちゃんは、急に歴史が身近に感じられたのでした。
不定期につづく
この時、蚕は丸1日近く、桑を食べず、微動だにせず、じっとしている状態を保つことから、「眠る」と表現されます。
脱皮を終え、二令目になると、白い芋虫になります。
蚕は4回脱皮を繰り返して、成長していきます。
最初は1枚のわらだの中で飼い始めますが、成長するにつれ、蚕を分けて、数枚のわらだで飼うことになります。
蚕に桑を与えることを蚕の上に桑の葉をのせることから、「桑を掛ける」と言います。
1日に4回ほど、桑掛けを行なったと記憶しています。
お母さんとおばあちゃんが桑掛けをする時、チエちゃんもお手伝いをしたものです。
葉っぱを掛けると、蚕はすぐに食べ始めます。
掛け終わった後、何千頭もの蚕が一斉に桑を食む音が、サワサワ、サワサワ、・・・・
と響いていたことが懐かしく思い出されます。
チエちゃんの村には、養蚕にまつわるこんな伝承が残っています。
むかし、むかし、都のさる高貴なお姫様がこの地を訪れ、養蚕を伝えたと言うものです。
村には、姫の父親にちなんだ地名が残っており、サラシ川の由来も織り上げた布を晒した事から名付けられたとされています。
チエちゃんは、この伝承は日本全国にあるヤマトタケル伝説のようなものであると考えていましたが、大人になったある日、紐解いた歴史書の中に彼女の名前を見つけました。
万葉の昔、姫は天皇の妃でした。
ところが、天皇は、天皇の外戚となり権勢を欲しいままにしていた渡来系豪族と対立し、暗殺されてしまったのです。裏の事情を知る姫にも、生命の危険が迫りました。厩戸皇子の手引きで、都を脱出した姫は父親とともに、都の勢力の及ばない蛮夷のこの地に逃れてきたのでした。何不自由のない貴族の暮らしをしていた彼女が、追手に怯えながら、何百里も離れたこの地をどのような感慨を持って訪れたものか、彼女の伝承は史実だったのです。
チエちゃんは、急に歴史が身近に感じられたのでした。
不定期につづく
ところで、
>じっとしている状態を保つことから、「眠る」と表現されます。
・・・・って書いてあっけんちょ、こっちでは、ほの状態を
『よどむ』って言ってだど。(相馬弁なんだべが?・・・んでも、「かいごさま」以外には使わねぇ~がら、てっきり『養蚕用語』だど思ってだど)
ほんじゃ!!
相馬地方では、「よどむ」というんですね。
ニュアンス的に分かります。
県北では(たぶんうちだけじゃないと思いますが)眠る、寝ると言いました。
ところで、桑掛けは1日4回でよかったですかね?
忘れたので、適当に書いてしまいました。
伝承はばかにしたものじゃないと思いました。
チエちゃんの村では、このお姫様を使って村興しをしたのですが、パッとしませんでした。
訪問ありがとうございました。
そんなことはありませんよ。充分私が引きつけられる内容でした。直接的に主人公や敵役の名前等を明らかにせず、誰のことか考えさせるなんて、面白いと思います。
また続きや、伝承、歴史に関することを書いてほしいと思っております。
”夢破れて山河あり”なんでしょうか・・・
四国太平洋側は私の憧れの地のひとつです。
いつか訪ねてみたいです。
あります、あります。
村人による歌舞伎が伝わっているあの村だと思います。
実を見るのも初めてでした。
近くに大きな桑の木があって、実がなっていたのです。
桑の実は熟れると黒い紫なんですね。
食べると舌が紫色になりました。(^^)とってもおいしかったです。