気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

恵比須さん

2007-08-17 00:34:53 | つれづれ
来た道を真直ぐ帰る生卵の賞味期限を思ひ出しつつ

去る日近きと思へば藪さへ懐かしく葉群の上の雲を見てをり

この星の昼半球の薄皮のごとき部分を青空と言ふ

類型的な老いは嫌なり子供らは勝手に大人になることだらう

エアコンの取付ボルトに下げられて屈託無げに恵比須さん笑ふ

ことごとく葉裏を見せて靡きをり木立を過ぐる秋風の量

(小林信也 合成風速 本阿弥書店)

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家族詠のほかにも単身赴任の悲哀、サラリーマンの悲哀を詠った歌に実感がこもる。一時的な暮らしと思っていても、五年半を暮らした大阪を離れるとなると、感傷も生まれる。「類型的な・・・」の歌は、口語文語交じりの歌。旧かなであることは原則で、あとは自由に文語口語をまぜて、のびのび詠うやり方なのだろう。私もそうなのです。



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2 コメント

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五山送り火 ()
2007-08-17 06:44:49
昨夜、五山送り火の生中継をテレビで見ました。私のように「大文字焼」の写真ぐらいしか知らなかった者にとっては、好企画の放送でした。人々のさまざまな思いや祈りが込められていることがよくわかりました。部屋を暗くして画面の炎に見入りました。
さて、そこで五山送り火の一首が生まれるかというと・・・、すべていったん抱え込んで歌になるまでずーっと待つ、というふうにしか歌ができないのが私の辛いところです。その場で題を出されて一首詠みなさい、なんていう歌会には絶対に参加できません・・・
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Unknown (かすみ)
2007-08-17 18:37:04
寛さん こんばんは。
あの番組見たかったのですが、子供が別の歌番組を見ていたので見損ねました。惜しいことをしました。
歌の作り方は人それぞれでしょう。
ときどき、短歌人関西歌会で、即詠をやります。そのときのみんなの慌てぶりは面白いですよ。個性があらわれます。
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