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南無煩悩大菩薩

今日是好日也

南無煩悩大菩薩。

2005-09-14 | 日日是好日。

肯是と批判。

煩悩と呼ばれるようなものはこの対立軸から沸いて出る。

かも。のようなもの。


したいようにする。したいがよくない事だからしない。

したくないがしなくてはいけない。したいのにできない。

できるのにさせてもらえない。できないのにやらされる。

できないからしない。できないがよい事だからする。

やりたいのにやらしてくれない。やれないのにやろうとする。

ふむふむ。


忌むべきや否や。


南無。我煩悩が大菩薩とならんことを。


この菩薩。

四天王が守護神となる。

持国天。増長天。多聞天。広目天。

わが身を持ち崩してはならぬ。持国。
後退せず成長を止めてはならぬ。増長。
多くのことに耳を傾けねばならぬ。多聞。
広い心と視野を心がけねばならぬ。広目。

勝手な解釈。

煩悩即ち菩薩。也。
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日々是好日也。

2005-09-14 | 日日是好日。


 遠くして
 
   遠からざるは

      すなわち わが心なり

  絶えて  絶えざるは

          これ わが性なり。

    -弘法大師空海-



日々是好日也。
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人間賛歌。

2005-09-14 | なんとなく落書。

神や仏や救世主を誰が創りだしたのか?


鬼や魔王や亡霊を誰が創り出したのか?


怒りや愛や悲哀や歓喜を誰が創りだしたのか?


花を美しいと思い。青い空に感動し。憐憫に涙するのは 一体だれなのか?


宇宙の広さに驚愕し。目に見えぬものにすがるのは。誰だ?


こころ。を持っているのは一体どこのどいつなんだ?


創られたにせよ。創ったにせよ。


誰でも讃えられるに値する。

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職能資格要件書。

2005-09-14 | 日日是好日。

必要条件が絶対条件とはいえないだろう?

仕事の絶対条件?

万人に絶対必要なほどの意義の在る仕事が見出せるとも思えません。

尚。ここで言う仕事や働く。ということは生計を立てる為の事を指してはいません。

生計を立てるためであれば、「稼ぐ」という呼称が適当だと思われます。

優先順位の話であり、稼ぐ為に仕事をする。仕事をした結果稼ぎになる。
意義を見出すのであれば後者であろうと思われるからであります。

定年退職の後や職業契約を結ぶ前などの人々においても、意義の在る仕事を行見出せれば、それは結局活力を持った労働分配ができるのだろうと考える所以であります。

私たちは。もっとそれ以上の要件に耐えうる条件を持てると考えるのです。

しかし。これも絶対条件ではありません。

仕事にそれぞれの意義を見出す。ことに絶対条件は存在する筈です。

たぶん。それが働いて仕事をする人における職能資格要件を生成するのだと。

健康で文化的に、自分が働いたり事に仕えたりする為には、そこにある種の誇りを持つ必要があります。

造られるものではなく。創りださなければならないでしょう。

拘束を甘んじて受けられる為の絶対条件を。
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inspiration

2005-09-14 | なんとなく落書。

確かに僕はそう感じたんだ。その時。

確かに受け取った。あの時。

間違いではない。ただ正解とはいえなかったんだ。


理解を超える現象や物事は 周りには満ち満ちている。


実際の物事に理由をつけるのは簡単な事なんだ。

しかしそれは部分でしかないことも多い。


実際を実際として語れるのは 本当は言葉にしては難しすぎる。


盲目の僕だったら 象を果たして語れるだろうか?


インスピレーション。
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ハムになった。豚。

2005-09-14 | 日日是好日。

身を切るほどの優しさよ。

食べられる事を前提にした、食べられるものの献身。


てなわけないか。


吉村益信氏の「豚・pig.lib」という作品。


足が無いので幽霊になって化けて出た豚かもしれない。

え?足は在る?・・・ははぁ。じゃ。手はどこだ?

ない?・・手抜きか。


4本足に手はありません。


うそ。猫の手も借りたい。って言うじゃない。

猫じゃないよ。豚。


うるさいわねー。ぶーぶーいいなさんな。


・・・・。


意味もなく。くだらない事が頭をよぎる。

ごめんなさい。

食うに食えないわたし。
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観方。が味方。

2005-09-14 | 日日是好日。

福助人形の骨格。


んなことないわな。

・・この作品はアーティスト、ナウム・ガボ氏の「構成された頭部」

兵庫県立美術館のパーマネントコレクション。


しかし。目を伏せているのか?キリッと直視されているのか?


目は口ほどにものを言う。

といいますわな。


どう見たか。

観方。が味方。
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いっしょ。でしょ。

2005-09-14 | 日日是好日。

エリック・ホッファーさんはいいました。

「他人を進んで許そうとするからこそ、自分を許す事もできるのかもしれない。不満をなだめなければ、良心の咎めを感じることもできなくなってしまうのだ。」

ホッファーさんは教徒でもなんでもありません。教育を一度も受けた事もなく湾岸労働者の立場のまま哲学人になった人物です。

知ろうと思えば。既に回りは答えを用意しているのではありませんか?

この言葉は、物事を智として取り入れる出発点であると考えます。



もしも。なにかの停滞やわだかまりを改善しようと思うのであるなら、「一緒」の考えから発するのが近道であろうと思います。


つまり。同類だと思っていること。相違だと思っていること。の改善です。



許そうとすることは、偏見を無くす事につながります。

自分を許す事は可能性につながります。

良心の咎めとは、まぎれもない真実への邪魔者です。

不満が、自らの魅力を縛ってしまうようです。



どんな境遇であろうと、爆発する才能を持ち合わせているのは人間一緒であります。

境遇とのミスフィットを改善できるのは、その個人でしかありえません。


要は「一緒」のパワーを思うか、思わないかの差にあるように想えます。


ホッファーさんの「智」の成り立ちに、そんなことを考えます。


「智」とはなにも物事を知っているだけで出来上がるものでもないでしょう。

「智」とは、他人を許す着眼であったり。自己を許す瞠目であったり。良心の咎めに反応したり。不満の出処を察知したり。内部探査装置としても機能するのです。


人体に備え付けられた装置は一緒。
誰でもすごい一物を持っている。

小さいけど長い。とか。
短いけど太い。とか。

・・一緒。一緒。



大事にしたいものであります。
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