まわりで起こっていること

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修学旅行は清水だったよ

2017年09月18日 | Weblog

とおっしゃるのは、伊那の赤そばの里の帰り、立ち寄った諏訪大社前宮。

その拝殿前で、パッタリ出会った、地元のボランティアガイドの方で。

60年、いや、70年前になるか、なんてね。

海のない街からだからね、三保園ホテルへ泊まって、久能海岸で地引網。

久能の東照宮の階段を駆け上り、というわけだ。

その後、神長官守矢史料館の、78代目の早苗さんで、家系は絶えるか、なんて言われていたけど。

どうやら、79代目の方が治るようで、そりゃ、それで、めでたい。

その御仁との立ち話に、花が咲き始め、こちとら、参拝もままならず、同行のおばたちも。

すでに、車に乗り込み、というシチュエーションの中、まだまだ、話し足りない風情漂い。

これこれこういうものです、失礼ですが、お名前は、の問いかけに、名刺持たないからね。

と苗字だけ教えてくださり。

土日はほぼ毎週いるから、って、なかなか、ここまで、これないかも、だけどね。

琵琶湖は、湖北の伊藤さんというボランティアガイドさんに続き、この諏訪の地でも出会いがあり。

少なくとも、二つの地への再度の旅、が未来となって見参したわけだ。

裾野の須走、コスモス畑祭りの地でも、蓼科の地でも、これから台風が来ますからお気をつけになって。

という予言、予測、予報とともに、かの地を散策したのだけれど、おかげさまで。

わが方は、雨と雨の合間を駆け抜ける、というような旅で。

まだ一分咲きではあったけれど、伊那は、箕輪町の赤そば祭りもそれなりに楽しみ。

というのも、そこへ至るまでの畑は、そばの白い花が咲き誇り、前日の。

稲穂の黄金色、さらに、白樺湖、池の平ホテル周辺の黄色の木々、を堪能した後だったので。

まだ見ぬピンクの赤そばの色は、それぞれの脳裏に浮かびやすい、そんな流れだったんだよね。

目の前の色、まだ見ぬ色、色々、を楽しんだ二日間とも言えるか。

そう、諏訪湖から清水へ南下する道中、幻想的な山並みの、そこへ沸き起こっている白いもや、も素敵だった。

山が遠近とともに、微妙な色合いの違いを見せていて、ね。

そこへ白だからね。

台風一過の今朝の空は、とてもいい青だ。

風はまだ、その余波を受けてゴーゴーと鳴っているけど。

旅は道連れ、というけれど、まさに、それに続く、世は情けが、まんま、その旅の中に表れ。

旅情、世情、家族の事情という具合に、情つながりでもあるな。

突然、あたしは泊まらない、家へ帰る、一言もそんなこと、聞いてない。

なんでそんな無駄なお金を使うの、と言い出す母親。

それになんとか、説得を繰り返すおばたちに、もう、親でも子でもない、と杖を振り回し。

なんとか、眠りにつく。

親でも子でもない、となじられた、元保母さんの妹が、結果、手を繋ぎながら眠ったそうで。

すると、落ち着いて朝まで熟睡、カッコ、途中二度トイレ起き、カッコ閉じ、だったらしく。

朝になると、昨夜の哮りとは打って変わり、こんなところまで連れて来てくれてありがとう。

今日も一日よろしくお願いします、って。

その時々、瞬間瞬間の、自分の思いを生きている、という姿ね。

慮りも策謀もなく、その時に起こり来った感情に、言葉を乗せて、という。

そんなこともあった道中だったけれど、次はいつ?という言葉とともに、お開きになった次第。

 

コメント
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