気まぐれ日記☆着物の小部屋

2007年耳下腺癌の手術で顔が変わり、生活が一転。街歩きと着物と芝居のブログをどうぞ宜しく♪

耳下腺ガン後遺症・定期健診終了

2020-03-28 00:31:30 | 病気・後遺症
 3月26日、一年ぶりにお台場のガン専門病院へ定期検診に行った。
 
 
 コロナ禍で外出を自粛している方が多く、昼間の大井町線は途中からガラガラ。
 
この風景だけ見るとのどかな田舎の電車に見えるのですが・・・・実は都心に行く私鉄の中。
 
 
大井町でりんかい線に乗り換え病院へ。

 
 この病院に来るとホッとする。
 
今まで何十回通った事か
 
病院内の患者、医療関係者は100パーセントのマスク着用率。
 
この時期当たり前なのですが、皆顔が白くて何だか新鮮
 
 
 
 一昨年の秋、瞼に入れている4グラムの金の錘が皮膚を突き破りそうになり、
 
錘の位置をより奥に入れ直す日帰り手術をした。
 
瞼の錘の手術は3回目で、1回目はまつ毛に近い位置に横に入れたが、ずれてしまい縦になってしまった。
 
2回目は錘が動かないように再度切開してしっかり縫い付けた。そして3回目が今回。
 
スムーズに目の開閉が出来るかどうか、今日は一年後の最終検査の日だった。
 
 
 
「錘がしっかり効いてます。瞼がしっかり閉じてますよ」 バンザイ\(^o^)/
 
 先生は先輩の医師からこの手術方法を聞けたので、自信を持って手術することが出来たとおっしゃった。
 
ずっとお世話になった先生は超ベテランであったけれど、今は担当が変わり若く熱心で正直な先生です。
 
瞼に錘を入れるなんて手術例が少なく、迷われる部分もあったのでしょう。
 
「何かあったらまた来てください」との事で、ガン手術後の形成外科治療がやっと終わった。
 
耳下腺ガン手術後から13年と1か月、頭頸科の定期検診は昨年終えたが、これで全部終了。
 
感慨深いものがあった。
 
先生にお礼を言い、退出。


 
新しい公園にはチューリップが花盛り。

 
もうここに来る機会が無いと思い、時々、日の出桟橋まで乗っていたシーバスに乗ろうと思った。
 
天気も良いし、病院終了の記念になるわ
 
 
 
・・・・・でも、運休だった
 
途中、エスカレーターが動いてない時点で気づくべきだった。
 
このご時世ですからね~



国際展示場の前には人っ子一人いなかった。
 
 
 
さて、ここで手術の整理
 
 
全身麻酔の手術3回 
 
 
1回目 耳周辺のガンを取り除き、穴の開いた部分におなかの筋肉を脂肪ごと移植。
 
    顔の左側の神経を全部切断、瞼が閉じっぱなしになるためいろいろと加工。
 
    結果、瞼が閉じなくなり、強制的に目を閉じさせるため瞼に錘を入れる。
 
    9時間の手術で、耳の周囲、首、おなかに傷。あごの蝶番も削ったため食物が噛めなくなる。
 
    縫い合わせてもなかなかつかない場所がケロイドとして残った。(頭頸科、形成外科の手術)
 
 
 
2回目 移植部分を平らに縫い直す。足から腱を取り、ダラッとしていた左の頬を吊り上げる。(形成外科)
 
        (手術の簡単な内容を知りたい方は2007年11月11日の記事をご覧ください)
 
                           
 
3回目 吊り上げ手術は結果的に失敗。動かない顔の左側を動的再建しようとしたが、
 
    ガン手術した頭頸科と形成外科のカンファレンスで、首の血管の位置が動いており、
 
    入院後手術不可能と判断。
 
    代わりに、顔は人工的にほうれい線を作り、
 
    おなかの傷跡が原因でヘルニアになってしまったのでそれを直し、腹部のケロイドも治した 。(形成外科)
 
              
 
 
日帰り手術 6回
 
    そのうち3回は目・・・瞼の錘の再手術2回、下瞼が下がってしまったので、引き締め手術1回。
 
    その他、首のケロイド除去手術(瞼と同時に)、喉の気管切開のケロイドの修正、頬の縫い目の修正。
 
        脂肪瘤除去。
 
大きな手術のあと、小さい手術は2年に一度位あった。日帰り手術と言えども大がかりの物もあり、痛いので大変。
 
病巣を取ってオシマイという病院が多い中で、何回も手術を繰り返し、
 
一見普通に見えるよう外見を手術して下さった先生方にとても感謝している。
 
 
 
 元の顔が残っているのは右側の目と頬と額位。(容貌の変化は悩んだ)
 
後遺症でいろいろ不便な所があるのだが、13年も経つと付き合い方がわかってきて不便はない。
 
思い出すのは病院で同室だった方達。
 
12時間の手術だったとか、私は15時間だったとか、病気の猛者ばかり。
 
皆鬼籍に入られたが、彼女たちから貰ったパワーは計り知れない。
 
そして温かく見守ってくれた家族と友人達。
 
皆に生かされたと思っている。
 
 
 
容貌が変わってしまった方達は殆どが鬱状態になると聞いていたが、
 
とりあえず小さな目標が沢山あったので忙しく、暗くはならなかった。
 
(歩きたい、開かない口を開ける練習、瞼を閉じる練習、痛みを我慢するなどなど)
 
 
 
晴れた空の下、長らえた命の有難さを噛みしめ、少々感傷的に歩いた日でした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
おめでとう! (mako)
2020-03-28 09:56:01
最近何となく鬱状態でしたが、元気を頂きました。
有難うございます(*^^)v
返信する
Unknown (miyan)
2020-03-28 18:02:37
本当に本当にお疲れ様でした。

胸がいっぱいになりながら読ませて頂きました。

心身ともに強く成られ...家族と楽しい旅行もたくさんされましたものね。

見習わなくてはならないことばかりです。

おめでとうございます。
返信する
Unknown (tona)
2020-03-29 08:59:54
最後の通院だったのですね。
最終検査を合格され、すっかり治っておめでとうございます。
最初からの経過を拝見して、実に大変な13年間だったのだと。本当によく頑張られました。お疲れさまでした。
既に鬼籍に入られた同室の方々もおられるということもショックですが、そんな中、強靭な精神力でよく頑張られたと思います。日頃のご活躍はそんな大変だった病気を克服された力が後押ししていたのかしら。
いえ、もともと強かったから病気も克服されたし、今の活動も特別のものではないのかもと思いました。
ちょっとしたことでくじけてはいられませんとも思いました。
返信する
makoさん (☆銀河☆)
2020-03-30 11:48:13
 自分の中で忘れがたい耳下腺ガン。
時々書いて浄化?作業をしています。
それがお役に立つなんて不思議な気がします。こちらこそありがとうございます。
返信する
miyanさん (☆銀河☆)
2020-03-30 18:47:00
 読んで下さってありがとうございます。
以前と異なり、家族と旅行できる時間が沢山出来たのは嬉しい事でした。
今は旅行が趣味です。

miyanさんはご家族を亡くすという
大きな喪失体験をされました。
私の病気に関するブログはいわば回復の記。
比較はできないのですが、より大きな悲しみを経験されたのはmiyanさんです。
見習わなくてはいけないのは私の方です。
様々な体験をされた方を知る事で、
未熟な自分を補っています。


返信する
tonaさん (☆銀河☆)
2020-03-30 19:06:35
 ありがとうございました。
今日自分の病気カテゴリーのブログを久し振りに読み返し、いろいろあったなぁ~と思い出しています。

ガン専門病院の頭頸科に入院、辛い時期を一緒に過ごしたという連帯感があり、
退院後も皆さんとお会いしてました。
亡くなる3日前や、亡くなる1週間前にお会いした方もいます。
頭頸科のガンは2人に1人再発すると言われ、甲状腺がん以外の方は殆ど亡くなり、私一人が生き残りました。
強運を感謝しています。
そんなこんなで、より強くなったのかしら。
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