気まぐれ日記☆着物の小部屋

2007年耳下腺癌の手術で顔が変わり、生活が一転。街歩きと着物と芝居のブログをどうぞ宜しく♪

旅から旅へ 今年のR会は伊勢神宮 2

2018-10-29 00:34:08 | 旅行

 2日目 20日

 11時に予約の仙洞御所へ。

ここは京都御所の隣にあり、皇位を退かれた天皇の御所である。。

同じく予約が必要な修学院離宮や桂離宮に比べると、楽に予約が取れ、

シーズンオフなら、当日予約なしで入れる場合もある。

 

考え抜かれた美しい庭園。紅葉が有名。

ちなみに今年の紅葉の時期の予約はすでに締め切りだそうだ。

もう3回目の見学だが、燃え盛る紅葉に出会ったことがないのが残念。

 

午後は近鉄から一度乗り換え鳥羽へ。 5時ごろ到着。

恒例のR会です。(R子さんを偲ぶ会、今年は12回忌)

新メンバーが2人増え、何と大人17名、子供4名

(新メンバーは赤ちゃん1名、我が家のSちゃん)

 

夜は1年ぶりの大宴会。

 

お料理は海の幸が沢山出たけれど、一番驚いたのがアワビの踊り焼き。初めて~

焼きたては柔らかくてとても美味しい。

          

息子達の結婚も大きな話題。

思いがけずウェディングケーキのプレゼントを頂き、皆の温かな気持ちがグッと来た。

 

3日目 21日


朝、部屋から見る景色。

 

伊勢神宮

 勿論この場所ではないのだが、社殿で、全員お払いを受け、大神楽を見学した。

雅楽が演奏され、面をかぶった踊り手が次々と舞を奉納する。

非常にありがたい儀式なのだが、不謹慎にも少し眠たくなり、周囲を見ると皆同じような状態。

騒いでいた子供たちはすぐにすやすやと寝入ってしまった。癒し効果大です。

ただ一人私達グループの3才の子供が身を乗り出して、じっと見ていた。

雅楽の音に合わせて小さな声で歌ったり・・・・鬼の面をかぶった舞手が退場する時は手を振っていた。

何が楽しかったのだろうか・・・・子供って不思議です。

全員集合。 大所帯ですね~。

おかげ横丁で皆で昼食を計画していたようですが、この人数では入れない

鳥居の前で、また来年の逢瀬を約してお別れしました。

 

  

我が家5人は🚖で伊勢神宮下宮へ。お参りしてから昼食は柔らかい伊勢うどん。

以前伊勢うどんを食べ、美味しくないと思ったが、伊勢市駅のそばの店はタレが美味しく大好評。

 息子達は伊勢を見学していくとの事で、ここでお別れ。 夫婦と娘は名古屋へ。

 

 そして、娘と夫は東京に帰り、私は名古屋に残った。

ふと思いつき、名古屋近くの友人と会う事にしたのです。

  

6時に中学の同級生と。5年ぶりぐらい?

お互いそれほど変わっていなかった。

お互い元気で昔話が出来るって 幸せ

 

 次の日は以前の仕事仲間がホテルまで迎えに来てくれた。

今は岐阜にいて、京都の通信制大学に通っている。

かなりの勉強量らしいが、そんな生活を楽しんでいるようだ。

名古屋城の本丸御殿。

友人によると戦災で焼けた本丸御殿には、詳細な図面が残っており、

それに従い以前の構造、材料で建て直したそうだ。

天井画などまだ装飾が残っており、完成するにはあと10年もかかるそうだ。



豪華

      

 

そして電車で30分

有松へ

ここは古い街並みがたくさん残っている。

そして絞り染が有名。  有松絞りにかかわっている家には「ありまつ」の暖簾がかかっている。

絞り染の反物や小物を売る店がたくさんあった。

有松絞りの浴衣を1枚持っているが、反物を見るとね~。

少し傷のあるB反が東京の1/3の価格で売られており、誘惑されかかった。

でも自作の浴衣が数枚あるしで、諦めた。 ひと夏にゆかたを着る機会って余りないのよね~。

絞り染会館では、絞りの実演も見せていた。

ハンカチと端切れしか買わなかったが、手仕事の実演や多くの反物を見られ、充実した一日だった。

 

 3泊4日の、変化に富んだ旅が終わりました。

お互い予定が合い、古い友人と会えたのもラッキーでした。

 

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旅から旅へ 今年のR会は伊勢神宮

2018-10-25 12:54:59 | 旅行





(京都 高台寺 秋・紅葉のライトアップ)

 

 9月はオーストラリア、その後9月10月はあまり予定をいれず、ノンビリ。

お芝居以外は、結構家にいました。

そうそう、10月7日と8日は、ふと思いつき、近くの府中から日野まで甲州街道を歩いてみました。

 車の多い現甲州街道沿いの道で、変化も少なかったのですが、

日野宿本陣は建物も残り、新選組にかかわる歴史もあります。

ここは何回も来ているのですが、甲州街道を歩きたどり着くと、

点で見ていた本陣が甲州街道の線上に浮かびあがってきました。

 

 

 そして9月19日から22日まで、また旅行。

友人から「旅から旅の生活ね~」と言われてしまいました。

 娘と3人3泊4日の旅、京都1泊、鳥羽1泊、伊勢神宮に行き、私にのみ名古屋1泊。

鳥羽では毎年恒例のR会(大阪で亡くなったR子さんを偲ぶ会)でした。

 

オーストラリア編で疲れてしまったので、今回のブログは写真のみの簡易版になりそう。

 

1日目 19日

 新幹線で品川8時40分発。

瑠璃光院 洛北、比叡山のふもとにある紅葉の名所。



紅葉はまだ。 このテーブルに映える緑が美しい。

 

 夫は覚えていなかったが、昔来たことがある。この景色を見てやっと思い出したようだ。

京の街を外れ、電車に乗り、やっとたどり着いた静かなお寺。

心も清められるような緑を静かに鑑賞した思い出がある。

 

 けれど・・・・・やめて~~~、何だこれは!!

インスタ映えすると広まったらしく、近隣某国の男女数人が、窓を独占、写真を撮り続ける。

男性が女性の首にかじりつき、だらしなく座った女性がもう一人の女性を取っている。

被写体が気取って上品に座っているのが、嘘っぽくて可笑しい。

さすがに、しばらくしたら係員が注意してましたけど・・・・注意するのが遅い!!

ここは近隣某国に有名らしく、数が多かった。

2000円の拝観料が急に惜しくなった。

 

 比叡山に行くケーブルカーに乗ろうと思ったが、比叡山を歩く時間に無理があるので諦めた。祇園へ。

祇園甲部歌舞練場内にある、フォーエバー現代美術館で、草間彌生の「永遠の南瓜展」が開かれている。

和風建築にも似合う南瓜。

何回も見ているけど、この意外性に気分が高揚する。

 この美術館の収蔵品には草間彌生のシルクスクリーンが多く含まれ、花のシリーズなど、

今まで見たことがないものがたくさんあった。

瑠璃光院でのもやもやも、草間彌生ですっかり気分上々。

 

 夕食は、京都南座の向かい側にある「レストラン菊水」古い洋食屋さん。

大正時代の建物で老舗感が漂う。

いつも見ていたが入ったことがないので、ここに決定!

夫はステーキ、娘はビーフカツ、私はミックス?後ほど写真載せますね~。

 

 

                            

 

 高台寺ライトアップ

 そして日が落ちてから高台寺のライトアップへ。

19日から始まったので初日。まだ人が少なくゆっくりと楽しんだ。

 

 今日のお宿は

四条にある、カプセルホテル。(安心お宿)

次の日のホテルが少しお高いので、敢えて京都はカプセルホテル、初体験。

エレベーターは男女別々、余分な荷物は大きめのロッカーに預け、館内着に。

人工だが温泉があり、化粧コーナーは広く、休憩室はソフトドリンクとワインが自由に飲める。

朝食付き。

夫が一度利用し、一度泊まってごらんと勧められた。

娘と私、夫と、二手に分かれたが、ベットのマットも寝心地よかった。

京都のホテルはシーズンだと取りにくく、高くなっているが、ここならいつでも取れそう。

京都一人旅も気楽にできるわ~。

 

 という事で一日目終了。





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伊東の夏合宿

2018-09-06 22:21:11 | 旅行

 台風21号の被害が大変なことになっています。

大阪の友人宅では、鬼瓦が飛び、畑の物置が吹き飛びぐちゃぐちゃ。

稲も倒れたそうですが、まだ実っていなかったので、回復しそうとの事。

北海道の友人は、停電だけど無事、娘さんが役場勤めなので、避難所のお世話しているそうです。

東京の平和が嘘のよう。いつ何が起こっても不思議の無い世の中ですね。

 

     

 こんな時にまた平和な話題で申し訳ありません。

8月30日から9月1日まで伊東で夏合宿。

ラッシーママさんが、伊東の別宅に誘って下さいました。

 

 30日、伊東駅に11時34分到着。参加者は大阪のlilyさん、静岡のビオラさん、神奈川のnao♪さん、そして東京の田舎の私。

「今なら魚河岸間に合うわよ~」とお迎えのラッシーママさん。

私達はいそいそとラッシーパパさんへの挨拶もそこそこに車に乗車、「魚河岸」にGO~!!

とても人気の店で込み合い、なかなか入れないのです。

少し並びましたが、無事6人席を確保。ビールでカンパーイ。一口が美味しい。

 

 さてこの後は料理の写真ばかり。

食べたい!!と思われる方、いいなぁと思われる方、胸焼けしそうなんて方もいらっしゃるかな?

とにかくよく食べ、元気にお喋りした合宿でした。

女性はこんな時間が大好き。命の洗濯です。

 

私はキンメダイの煮つけ。大きい!!       ママさんとパパさん、ビオラさんとlilyさんはフライとお刺身

 

nao♪さんは一度食べてみたかったという海鮮丼。すごいでしょ!

ごはんを減らしてと頼んでも「うちはそういうのをやっていない」との事で、naoさん勇気を出して挑戦。

ここは残すと怒られるそうで、さすがにご飯は残しましたが、皆が分け合って、何とか完食。

私のキンメダイも厚くて、大きくて。でも良いお味の煮つけでした.

全部一律1100円でした。 オドロキ

 

 この後ラッシーさん宅に。

 

サザエと蕨と酢の物とおこわ(お姉さま作)とスペアリブとnaoさん持参のおつまみ。

「いつも同じよ」とラッシーさんは言われるが、人をお泊りで招待するって大変。

こんなに準備して下さって感謝です。

 

 ここからが、お酒も入り、皆で喋る喋る。

内容は悲しい事にほとんど忘れてしまったが、世界の宗教の話とか、文化の話、舞台や映画の話、

今年はなんだか壮大なスケールの話題が飛び交う。

そうそう、全員がスマホとなったので、lineを交換したり・・・

ビオラさん、何でもパパッと理解して教えてくださる。

lilyさんは皆と繋がり大喜び。nao♪さんは新しいグループも作ると大張り切り。

 でも12時半には全員グッスリ

 

次の日

 

 しっかり朝食を食べて、出発。

今日は河津七滝へ案内して下さるそうです。

私は伊豆で何回も滝を見たことがあったので、そこかと思ったら、全く違った。

私が行った事がある場所は浄蓮の滝。そこよりずっと素敵な渓谷でした。

 

 写真をどうぞ

途中のループ橋。高低差がある地形なので、ループ状の道路で上に登っていく。

全員がカメラに夢中。ブロガーはこんなチャンスを逃さない(笑)

 

ラッシーパパさんの運転で、伊豆半島を南下、途中から伊豆半島の内部に入る。

駐車場に着きました~。

        

河津では滝の事を「たる」という。平安時代からの呼称。

 

カニ滝 たらいは足湯。確かに温かかった。

 

 

伊豆の踊子の映画は6作も作られているのですね。

何百年も流されることなく鎮座する大岩。

 

初景滝

      

 高さ10メートル、幅7メートル、気持ちよさそうに眺めている若者。

 

ヘビ滝

高さ3m巾2m。滝の横の玄武岩の模様がヘビのうろこのように見えるので付けられた名前。なるほど

                   

蛇滝から下流を見る。

 

えび滝

高さ5m巾3m。

          

ここで、つりばしを渡ります。鬱蒼と木が茂り、幻想的な場所へ。

 

釜滝

見えますか~ 木のテラスが、しぶきで霧状に。涼しい~

濡れるのも構わずテラス下を覗くと・・・・・色鮮やかな虹

          

高さ22m、幅2メートルの、七滝の中で2番目に大きい滝です。

あと2つの滝は方向が違うので見に行かなかったが、この5つで十分満足。

水量も多く、見ごたえがありました。

         

初景滝のそばでランチ、伊豆の踊子の若い二人と一緒。

ラッシーママさん名物の大きな干し柿も頂きました。

 

        

私は、用事が出来てしまい、残念ながら1泊のみ。

修善寺まで送って頂き、帰京。

 

 ラッシーママさんパパさんに いろいろな所に連れて行っていただき、

おかげ様で大分伊豆に詳しくなりました。

毎回、違う企画を考えて頂き、ありがとうございます。

 

 その日の夜、温泉でゆったりの写真とお食事の写真がlineに送られてきた。

line大活躍

みなさん「お腹一杯~~~はちきれそう」。  そりゃそうだ、前日も食べ続けましたものね。

皆様、体重の増加が気になったようです

 

 

 

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松本市美術館草間彌生展・八島湿原・美ヶ原 その2

2018-07-05 11:20:51 | 旅行

 前回のブログに写真だけ追加しようと思ったのですが意外と数が多くて・・・・

文章も無く手抜きですが、旅の空気だけでもお伝えしたいと思います。

その2です。

 

 

1日目 6月23日 松本市美術館・草間彌生展

作品

 

彌生ちゃんと遊ぶ

彌生ちゃんと一緒

           

親指姫か? (前庭チューリップの下で)

 

カボチャは軽かった!!

 

美味しかった源智のそば

 

          

2日目 6月24日 ハイキング

八島湿原の植物

イブキトラノオ、オオサカモチ、コバケイソウ

スズラン、ハクサンフウロ、アカギキンポウゲ

グンナイフウロ(白、赤)、ニッコウキスゲ

コバケイソウとレンゲツツジのコラボ

 

ハイキング

花を見ながら八島湿原を半周。

今日のコース  八島湿原→ゼブラ山→北の耳→南の耳→車山乗越→車山肩→園地→沢渡→御射山の宿へ

 

ゼブラ山山頂へ

山頂からの景色

レンゲツツジが見頃

尾根沿いに歩く

左が北の耳、右が南の耳。小高い丘ぐらいにしか見えないが、実際はかなり高さがある。

北の耳を通り、

南の耳にむかう。

南の耳へ。

  

ここで昼食。

宿で炊いた混ぜご飯と、コンロでホタテ缶とソーセージを温め、食後はコーヒー。

のんびりしました~

車山肩まで歩き、園地に向かう。広大なレンゲツツジの花畑が広がる。

         

日当たりの良い場所を抜けると苔の森。

山の景色、花畑、苔の森と変化に富んだコースだった。

 

3日目 6月25日 美ヶ原

 9時半ごろ宿を出発

この立て札にて説明省略。

何回か来ていますが、日差しを遮るものがないので真夏は暑く、長くはいられない場所。

この季節、高原を楽しむには丁度良かった。

 

早めに切り上げ、上諏訪でお蕎麦。

蕎麦にこだわる夫と娘が探し出したのが、「八洲」

 

三島由紀夫、新田次郎、市川房江、山下清など著名人の額がそれとなく飾られていた。

 

        

ヒュッテのご夫婦と記念の一枚。

おかげ様で良い旅が出来ました。ありがとうございました。

 

 

 

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松本市美術館草間彌生展、八島湿原、美ヶ原

2018-06-30 23:37:47 | 旅行

  (松本市美術館前庭)

6月月23、24、25で信州に行ってきた。

 

 帰ってきてから、家族の行事、太極拳、鎌倉のカイロプラクティックの日に友人と会い、

数年ぶりで江の島で遊び、そして、サッカー観戦。

(私はあのパス廻し、立派な戦略と思っています。

終了後の監督の苦渋に満ちた顔、非難の全てを引き受ける覚悟が見えました。久々に男らしい男を見ました。)

 そのほか友人と会ったり、まあ忙しかった事!!

今日は暑い中、銀行・郵便局・図書館・買い物。

冬用のホットカーペットカバーや椅子カバーなどを洗い、クッタクタ。

夕方昼寝してしまいました。

 

1日目 23日

 前夜から泊まった娘と夫で朝6時半出発。10時半に到着。

松本市は草間彌生の生まれ故郷、ここで今松本市美術館開館15周年記念の特別展が開かれている。

入り口近くに飾られた やよいちゃん。


ここだけは写真可能。昨年の国立新美術館での展示方法と同じ。

昨年見なかった作品が沢山ある。今でも週1~2枚のペースで制作しているらしい。

小さな水玉でも「一つ一つに命をかけて描いている」 そうだ。

草間彌生が何のてらいもなく、宇宙、愛、平和と言う時、全く嘘や邪念や迷いが感じられない。

そのストレートさに惹かれて、何回も展覧会に足を運んでいる。

そして心が浮き立つような色彩と造形に酔いしれ、いつも幸せを感じている。

 屋外には雨に濡れた黄色のカボチャ。

 

  源智の井戸の隣にある美味しいお蕎麦屋(源智のそば)さんで昼食。

だんだん雨がひどくなってきたので、そのまま今日の宿、八島湿原の御射山ヒュッテへ。

車から荷物を運びこむだけでびしょ濡れとなった。

この宿は毎年来ていて今年は4回目。

優しい若夫婦が管理している。その人柄にも惹かれている。



 

6月24日

気持のよい晴れ。

まずは湿原を半周し、ゼブラ山、南の耳、北の耳などのなだらかな山をハイキング。

下に見えるのが八島湿原。

歩いて行くとレンゲツツジのお花畑に出会った。満開。

今まで何度も来ていて、レンゲツツジが美しいとは聞いていたが、出会ったのは初めて。

後ほど写真載せますね。

この日は23000歩。さすがに疲れ、次の日はあまり歩かず、早めに帰った。

 

3日目 6月25日

スカッと晴れ、湿原の鎌ヶ池も気持がよい。

車を湿原入り口の駐車場に置いてあるので、この日も湿原を半周歩く。


 

美ヶ原



絵葉書の様な景色が広がっていた。

 

 上諏訪で三島由紀夫や、新田次郎やなどが行き、皇室に献上した歴史もあると言うお蕎麦屋さんに寄った。(八洲本店・・・やしまほんてん)

そばの香りがして、なかなか巡り合えない様な美味しさだった。

家には5時前に着いた。

 

 とても簡単に書いてしまいましたが、後ほど写真追加か、続編追加するかもしれません。

その時はまた読んで下さると嬉しいです。

 

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5月3日の散歩・蕨採り

2018-05-04 14:40:14 | 旅行

 toaさんの前回のコメントに書いてあったように、東海道が終わってしまった今、毎日が

歩き足りない!!

 

5月3日は一日雨という予想だったが昼頃から晴れ間になった。

それ~っとリュックをしょってお出かけ。

行き先は府中美術館。

リュックを背負った割には意気地がなく、電車とバスを乗り継いで行った。

現代人から見ると必ずしもリアルな絵画とは言えないが、江戸時代の視点から見るとリアルに感じられる、

或いはリアルを追求した作品を集めた展覧会だ。

円山応挙や司馬江漢ら、江戸時代の作家が、思い思いに手法を考え迫真さに磨きをかけたが、

結果的に今見ると斬新さが際立っていて面白かった。

江戸時代の独創的な画家たちの意気込みが伝わる絵画展だった。

館内からの緑

美術館のある府中の森公園の日本庭園。

 

帰りは府中駅まで歩いた。くらやみ祭りで賑やかだった。

子供たちのお神楽・・・・可愛い~。

この日は10000歩いた。

 

 ところで4月は舞台には行けなかったが展覧会は3つ行った。

猪熊弦一郎「猫たち」 

ルドン展 三菱一号館美術館

至上の印象派展 新国立美術館

至上の印象派展より、モネ「睡蓮」。 大きく色鮮やかで、今まで見た中で一番美しい「睡蓮」

舞台が多いとなかなか展覧会に行けないが、4月は舞台もなく展覧会を楽しんだ。

 

 

蕨採り

 ラッシーママさんから月末の蕨採りのご招待があった。

今年は膝の手術があり、絶対に蕨採りはナシだと思っていたが、調子が良いので急遽決められたそうだ。

人を泊めるのは大変手間がかかる事だし、蕨採りはかがんだ姿勢だし、大丈夫かしらと心配したが、

「大丈夫、大丈夫~~」と明るくおっしゃるので甘える事にした。

11時に伊東で待ち合わせ、nao♪さんとラッシーさんご夫妻とまずは腹ごしらえ。

 

大人気店で、11時に並ばないと入れないという「魚河岸」に連れて行って頂いた。

私はフライセット、naoさんはお刺身セット、私は生魚は少し苦手なのだが、シェアしたお刺身は本当に美味しい。

ラッシーさん宅にお邪魔して、食べ、飲みで気楽な時間が過ぎていく。

私はめったに昼寝などしないのだが、ここに来れば別、良い気持ちになってついお昼寝。

ラッシーママさんもわかっていて、私がウツラウツラしだすと、さっと枕を出してくださる。

居心地いいわ~。

 

次の日は快晴

        

ママさん丹精のジャーマンアイリスが、畑で大きく花開いていて見事!

お顔は見えませんが、この写真のラッシーさん、ニコニコ。

ジャーマンアイリスへの一方ならぬ愛情を感じます。

 

naoさんです。 これが蕨。

例年より遅かったようで、最初の頃は蕨見つからない~~と思いましたが、目が慣れてくると大丈夫。

蕨専用の目になる。

高原の爽やかな風そよぐ中での蕨採りは最高。心身共にリフレッシュしました。

 

 

私は2キロの収穫。早速あく抜き。

次の日は丁度娘も来たのでお浸し、天ぷら、煮物と楽しんだ。

数日後、サークルの方達に少しづつ配ったら、皆珍しいと喜んでくれた。

 

ラッシーママさん、御世話になりました。ありがとうございます。

 

 

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熱海・小田原 気楽な一泊旅行

2018-03-25 00:08:22 | 旅行

 親しい友人が小田原出身。

小田原を案内するわ~という事で、22日、23日、3人で気楽な1泊旅行、に行ってきました。

3人は同じマンションに住み、子供が幼稚園時代からのお付き合い。

元文庫仲間です。

お互いの長所短所も知り尽くし気取りのない関係。

お互い年をとってきたので、風呂場に忘れ物したり、宿で一瞬方向がわからなくなったり、まぁ賑やかな事。

3人で一人前ね~とそのたびに大笑い。

 

 21日は雪が降り、春とは思えぬ悪天候。

延期しようか迷いましたが、行って正解。

晴天とは言えなかったけれど、思い切りお喋りして美味しいものを食べ、大満足。

また行きましょうと約束して別れました。

 

では簡単に

 

22日

熱海の駅で降り、まず昼食。美味しいシラス丼セット。

「池田満寿夫と佐藤陽子・創作の家」に行こうと坂道を上がったら、なぜかたどり着けず、

細~い急な階段を降りて海に出てしまった。

でも気持ちいいですね。ブラブラ坂道を降りる。

桜もちらほら。

坂の下には

 

尾崎紅葉の小説「金色夜叉」で有名なお宮の松。この松は2代目だそうだ。

寛一・お宮の銅像の前でパチリ。

バスに乗り

起雲閣へ。

大正8年に、海運王と呼ばれた内田信也により、和館が建てられた。

昭和4年に、根津嘉一郎により洋館が建てられ、庭も整備された。

サンルーム。アールデコのステンドグラスと照明が素晴らしい。床は装飾タイル。

豪華なローマ風浴室

 

桜が咲き、馬酔木が満開の庭園。

10年前、退院後初めての旅行の時ここに来た事があるが、静かなものだった。

けれど、今は熱海の温泉地としての勢いが増したせいか見学者の数がとても多かった。

そういえば駅前の商店街も賑やか。

 

 毎年1回の元文庫の仲間の旅行で熱海を選んだことがある。(私は欠席)

20数年前だったが、半日の観光バスに乗ったら、仲間6人だけで、大きなバスが貸し切り状態。

熱海の街は閑散としていて、中年のガイドさんが、この旅館も潰れた、そちらのホテルも潰れた、

昔は賑やかだったけど今はシャッター通りと、物悲しい案内をしてくれたそうだ。

その時と比べたら、老いも若きも 子供連れもカップルも学生も熱海に集い、20年前が嘘のように賑やか。

熱海は活気がありますよ~。

 

宿は伊東園グループのホテル。

夜の景色が素晴らしかった。

 

23日

伊東園ホテルは循環バスが出ていて、来宮まで乗る。

来宮神社の樹齢2000年以上の大樟。

この期の周りを一周すると1年寿命が延びると言われている。

あんまり長生きしてもね~、周囲に迷惑かけるばかりだしと、1周まわった。

10年前に来た時とは大違い。

綺麗な建物ができてお札などを売り、ナント喫茶店も併設されている。

若者の姿も多かった。

 

小田原に出て、老舗の蕎麦屋で昼食。

小田原城入り口

周囲には桜がたくさん植えられ、満開の時にはさぞ綺麗だろうなぁ~。

 

二宮尊徳を祀る報徳二ノ宮神社

この像、戦前に1000体作られたが、残っているのはこの一体のみだそうだ。

像の高さは丁度1メートル。

私の通った小学校の正門前に二宮金次郎の銅像があった。

あの頃どの小学校にもあった気がするが、あれは戦後作られた物だったの?

 

(気になり調べてみると、二宮金次郎の銅像は戦前いろいろなタイプが作られたらしい。

銅像・石像・コンクリート製などがあったが、そのうち銅製の物は戦時中の金属供出で、ほとんど残っていない。

石、コンクリート製の物は戦後も残っていた。

小学校にあった像は苔むしていたので、石かコンクリート製の古いものだったかもしれない。)

 

静閑亭。黒田長成侯爵の別邸。

格式張らない数寄屋造り。

4間続きの部屋が喫茶店となっており、のんびりとコーヒーを味わう。

外に出たら雨。

🚖で小田原駅に出た。

 

        

小田原で超有名な「もりや」のアンパン。

粒あんがぎっしり、それほど甘くないのでとても美味しい。

 

 ずっとお喋りしていたのだが、その中でビックリしたのが、2年前膝に人工関節を入れた友人の冒険。

去年元文庫6人の京都旅行で歩く自信がつき、1か月前、ナント初ヨーロッパ、パリに行ったそうだ。

ダメになるかもしれないので、皆には黙っていたそうだ。

以前は歩けなくなりそうで心配だったが、よくそこまで回復したと3人で喜び合った。

 

 

 

 

 

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3泊4日の沖縄旅行 その2

2018-03-01 14:27:16 | 旅行

 

   満開の今帰仁城(なきじんじょう)の寒緋桜

 

 2月19日 3日目

 レンタカーで名護方面へ

 

勝連城跡(かつれんじょうあと)

 東アジア中心に海外交易をおこなっていた亜麻阿利氏の居城。復元された部分が多い。

沖縄最古の城(グスク)

丘の上に建ち、天空の城のイメージ。

  

沖縄には、写真の8つと、首里城の9つの世界遺産がある。

上に登ると眼下に海が広がり、爽快な気分になる。

 

 

許田の道の駅。お昼はここで沖縄そばとタコライス。

 

 次に向かったのは八重岳桜の森公園。

今が満開らしいが、カーナビにの言うとおりに山道を走ってもたどり着かない。

途中で会った郵便局のバイクの人が、何でこの車が?と不審そうにこちらを見ていた。

           

           (この後どんどん狭い道に入る)

諦めて今帰仁への道に出ようとするも、道はどんどん細くなり、未舗装に。そして片側が崖のジャングルに突入。

どうなるかと思っていたらやっと舗装道路に出た。

「このカーナビは抜け道優先か!」と夫がぼやいていた。

 

今帰仁城(なきじんじょう)   世界遺産 

 

14世紀の北山王時代の城。沖縄島の北部を支配していたが、15世紀に滅ぼされた。

17世紀に薩摩軍の侵攻により城は炎上。

その後は拝所として島民の精神的よりどころとなったそうだ。

城壁は当時のものが多い。

 桜が満開。

 

 沖縄美ら海水族館

 夫はあまり興味無さそうで、コースから外してもいいと思っていたようだが、

私は沖縄に来たら必ずジンベイザメとイルカを見たい!! せかすようにしてたどり着いた。

本館

ジンベイザメ

イルカショー。 他で見るより、ジャンプの高さが高い!! 青い海を背景に気持ちの良い事!!

 

夕飯は 古民家でアグー豚のしゃぶしゃぶ。

満席。予約して正解だった。

  

 

 

2月20日 4日目

 

中城城跡(なかぐすくじょうあと)

 14世紀に完成した城。

城壁は琉球石灰岩の切り石で積まれ、美しい曲線で構成されている。

 ボランティアの方に説明をお願いした。 

急な山道を行くので、途中までこんなワゴンに乗せてくれる。助かります!

 

ボランティアの方は85才のおじいちゃん。

本土の人は沖縄の歴史を知らないと少し怒っている。

そして、この城の素晴らしい歴史を誇りに思い、説明に力が入る。

この方の説明がなかったら、私達にはただの石垣の連なりに見えたと思う。

 

この石段、左右高さが違うが、2人で天秤棒を担いだ時に、後ろの人だけに体重がかからないように工夫されたもの。

皆様想像を逞しくして、使用法を考えてくださいね。

 

銃眼。城壁には穴があけられ、ここから鉄砲を放った。

私達は種子島に鉄砲が伝来したのが始まりと習ったが、沖縄にはそれより100年以上前に鉄砲が伝来していたそうだ。

命中することはなく、敵を驚かすぐらいの役目しかなかったらしい。

      裏門・ペリー探検隊がエジプト式と評した精巧なアーチ

1853年ペリー探検隊が来島し、この城のすばらしさを讃えた。

「要塞の資材は石灰岩であり、その石造建築は賞賛すべきものであった。石は非常に注意深くつなぎ合わされている」

あいかた積み(亀甲乱れ積み)

布積み(豆腐積み)

切り欠き、はめ込むことでより強固な石垣となった。

上部は修復しているが、当時の城壁がそのままの姿で残っている。

沖縄には300以上の城があるが、その中で一番美しいともいわれている。

 

 ここは山の頂上。では城壁に使われたおびただしい量の石を どこから運んだと思いますか?

答えは、この山全体が石なので、山を切り刻んで城を作ったそうだ。

第2次世界大戦の時、ここに日本軍が立てこもったが、地下壕を掘ることが出来ず(石なので)すぐに撤退した。

そのおかげでアメリカ軍の攻撃が止み、城壁が破壊されず残り、貴重な文化遺産となった。

 

 おじいさん、だんだん調子が出てきて、子供の頃の話を聞かせてくれた。

紙が無かったので、勉強は砂浜の上や、大きな葉っぱに釘で字を書いて勉強した事。

また沖縄方言を使うことが禁じられていたので、使うと「方言札」と言う屈辱的な札を首から下げねばならなかった事。

沖縄の歴史的資料は第2次世界大戦で焼けてしまったと言うが、それ以前に日本政府が沖縄の歴史は不必要と

文献などを焼いてしまったという話。

中城城も資料があればより正確に復元できるのにと残念そうでもあった。

この方がボランティアガイドをしているのは、中城城のすばらしさを伝えると同時に、

本土に服従しなければならなかった負の歴史も観光客に伝えたかったようだ。

 

  

識名園の方に聞いたお店で沖縄そば。

「ぜんざいあります」と書いてあったので頼んだら、かき氷が出てきた。豆も小豆ではなくうずら豆だった。

ぜんざいとはかき氷を指すらしい。皆さん知ってましたか?

 

識名園

18世紀の終わりごろつくられた、琉球王家最大の別邸。

国王一家の保養や、外国からの来客などの接待に利用された。

          

         正門

 

                             

 

 

第2次世界大戦で破壊され、20年の月日をかけて現在の姿を取り戻した。

 

旧海軍司令部壕

 ひめゆりの塔に行くはずが、2人とも疲れてしまい、近くの旧海軍司令部壕に行く事にした。

ここは第2次世界大戦末期に日本海軍の司令部壕が置かれ激しい戦場となり、

20年6月13日に幹部6名が壕内で最期を遂げた。

赤い部分300mが現在公開されている。

 

作戦室。右は幕僚室。

自決の時の手りゅう弾の後が生生しい。

  

復元された司令官室。  この豪は「くわ」や「つるはし」などの人力で掘られた。とてつもない労力です。

                      

全国から千羽鶴が送られていた。

司令官・大田少将が海軍次官に宛てた沖縄県民の献身的作戦協力ついて訴えた電文が残っている。

 

沖縄県民かく戦えり

 次の電文を海軍次官にお知らせくださるよう取り計らって下さい。

沖縄県民に実情に関しては 県知事より報告されるべきですが、県にはすでに通信する力はなく・・・・

中略

 陸海軍が沖縄にやってきて以来、県民は最初から最後まで勤労奉仕や物資の節約を強いられ、

ご奉公をするのだと言う一念を胸に抱きながら、ついに報われることもなくこの戦闘の最後を迎えてしまいました。

 沖縄の実情は言葉で形容のしようもありません。一本の木、一本の草さえすべてが焼けてしまい、食べ物も

6月一杯を支えるだけとの事です。

 沖縄県民はこのように戦いました。

県民に対して後世特別のご配慮をくださいますように。(現代文に翻訳)

中略の部分には悲惨な具体例が書かれている。

最後の 「県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」 の言葉がズシリと響きます。

戦後国からの配慮があったのでしょうか。

修学旅行生も来ていたが、この生々しさが残る壕で、何かを感じて欲しいと思った。

何かを感じる感性を持って欲しいと切に思った。

 

沖縄の植物と花

 

 

 

 

お土産は

 

琉球王家御用達だった新垣菓子店のちんすこうや、くんぺん、かすてら、など。

首里城のそばにある店だが、家内工業で少量しか作らない。

予約が必ず必要で、12時ごろに店に行ったら、ちんすこう売り切れのお知らせが貼ってあった。

 

 帰りの飛行機は羽田到着が23時。

飛行場で夫が23時で家に帰れるのかな?と言い出した。

え~っ!!私もうっかりして、帰りを気にしていなかった。

あまりに大きなミスで2人で笑ってしまった。

 

何とか帰れるのがわかったが、飛行機が遅れればアウト!!

まさにそのアウトでした~!!

遠回りして何とか帰宅。 その後は風邪でダウン。

やっと回復しそうですが、外出できないので長いブログとなってしまいました。

スミマセン。

 

 

 

 

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3泊4日の沖縄旅行 その1

2018-02-26 22:38:06 | 旅行

 17日から20日までの旅行でした。

20日は東京行の最終便、20時55分発に乗り、羽田に23時10分着。自宅に着いたのは真夜中。

沖縄は4月の陽気だったので、寒さ知らず、体が隅々までほぐれていくのがわかりました。

でも寒暖差が激しかったのか、帰宅の次の日から熱を出し、今日まで家の中。

良い事は続かないですね。

 

 そんなわけで旅の報告は簡単に。

私は沖縄4回目、夫は初めて。でも知らない所に沢山行きました。沖縄は深いです。

 

1日目 17日 1日目

    

ゆいレールで美栄橋駅から儀保駅へ

首里城の下の龍潭池まで歩く。上部に首里城が見える。

 

何の鳥と思ったが、泳ぐ姿はカモ。カモにもいろいろあるようだ。

 

昼食は首里ほりかわ。大通りから住宅街に入る。暑かったのでシークワーサージュースが美味しい。

  

 ソーキそば(骨付き肉入り)と沖縄そば(3枚肉の角煮入り) 沖縄のそばはもそもそしていると思っていたが、ここは美味しい。

4日間、沖縄料理を食べようと思った。今回は食事重視。

玉陵(世界遺産・国指定重要文化財) 16世紀初めの王の墓。

一般人は戦前ここまで入ることはできなかった。

 

首里城

首里城は14世紀末に創建された琉球独特の城。沖縄戦で焼失。1992年、正殿が復元された。

説明の人かと思ったら、城内監視の方だった。この着物似合ってますね。

 

 

 2階にある玉座

城壁に鳥が一羽。本土では見かけない鳥の様な気がしますが・・・。

 

王の別邸、識名園に向かう石畳。

一昨年友人7人と来た時に、この道を歩いたグループがいた。

お互い別行動のラフな旅行だったので、私は行かなかったが、話を聞いて一度歩いてみたくなった。

軍本部があった首里城とその周辺は戦争で壊滅的な打撃を受け、この道も殆ど跡形がなくなった。

改修された道は趣があり、ずっと歩きたかったが、時間が無く、途中で引き揚げた。

良い道ですね~。でも地元の人には歩きにくいと評判はイマイチ。

  

民家の休憩所。  こんな街中なのにハブが出るらしい。

 

夕飯の民謡居酒屋「ぱいかじ」

人気店らしく、予約した。グルクンと言う旬の魚のから揚げと、タコのチャンプル、ジーマーミー豆腐、そのほか。

 

一部屋ごとに歌い手さんが来てくれる。

       

この中で3曲選ぶ。観客は夫婦二人。とても感じが良くて手拍子などして楽しんだ。聞きほれました~。

    

最後は沖縄紅型を着たお姉さんとパチリ。

 

2月18日 2日目

レンタカーでガンガラーの谷へ

 

入り口付近・南の島情緒たっぷり。

ケイブカフェ。  広い鍾乳洞がカフェになっている。 ガンガラーの谷へ入るため、時間までここで待つ。

ガンガラーの谷は数十万年の時が作り上げた鍾乳洞が崩壊してできた谷間。

そこに広がる自然豊かな森。(案内パンフより)

  

鍾乳洞を抜けると、亜熱帯の森。

左の葉っぱは「くわずいも」 傘の代わりになるほど大きくなる。トトロが傘代わりにしていたのがこの葉っぱだそうだ。

残念ながら食べられない。

この竹は成長が早くて、案内人の女性が触っている竹は去年生えたもの。

覗き込んでいるのは縦型の鍾乳洞「イナグ洞」安産・良縁の祈りがささげられる。

この洞窟の先にはこのような鍾乳石があるそうだ。

カンテラを持って入るこちらの洞窟は「イキガ洞」 男性の鍾乳石がある。暗くて写せなかった。

命の誕生、子供たちの成長を願う。

   

数十万年前に鍾乳洞の天井が崩壊してできた空間。

 

2万年前の人類の居住跡。石で囲んだ部分から2014年人骨が発見された。左真ん中の赤っぽいシミは古代人が火をたいた跡。

生々しくて、古代人が身近に感じられる。

 

この谷のそばで、港川人と言う人骨が発見されたが、これは日本人の祖先にあたるかもしれないという事で

今研究中だそうだ。

 

玉城城跡(タマグスクじょうあと)

雨乞いの霊場として今も崇拝されているそうだ。

城(グスク)から見える海。

 

斎場御嶽(セーファーウタキ)世界遺産

 御嶽とは村落祭司の中核となる聖域の総称。

琉球の神々は御嶽に君臨すると信じられている。

 

琉球国王の行幸のあった御嶽。

また最高位の女性祭司・聞得大君(きこえのおおきみ)の即位式が行われた霊地。

このように、高炉の前で祈りをささげる場がいくつも残っている。

     

右側の巨大な石が斎場御嶽で一番神聖な石とされる。

この下を通る時、ヒヤッとした空気を感じる。

本土の神社は柏手を打って神さまを呼び出すが、沖縄の神様は御嶽に常に降臨されているので、柏手を打つ必要がないそうだ。

 

 沖縄発祥の ブルーシールアイスクリームがおやつ。

   

まず、半分ほどアイスをすくい、カップにぎゅうぎゅう詰める。それから球体のアイスをのせ、更にぺたぺたと

アイスを張る。コーン下までアイスが詰っていた。

普通の倍ぐらいの量で、食べでがあった。こんなに気前よくしていいのかしらと心配になるほどだった。

 

知念岬公園

 

 ニライ橋・カナイ橋

海と道路のカーブが絶景

 

夕飯

市場の中にある公設市場の2階で。 美味しいとは聞いていたけれど、今まで行く機会がなかった。

市場の魚売り場。知らない魚ばかり。  

500円払えば2階で調理してくれるが、わからない魚ばかりだと食べる勇気がでない。

 

 

2階に一歩足を踏み入れてびっくり!!

ここは日本かと思うぐらい東洋人が一杯。店員さんも国籍不明で、日本語があやしい人もいる。

他を探すのも面倒なのでここで食べた。

 

モズク酢 ジーマーミー豆腐、アグー豚のヒレカツ、てんぷら(紅ショウガと玉ねぎの天ぷらが新触感)などなど、

どれもとても美味しかった。

 

そうそう昼食です。

 

ガンガラーノ谷を出た所でアグー豚の肉まん。(紫色です)

斎場御嶽の休憩所で、モズクの天ぷら、アンダーサーギー、タピオカの粉を入れた爆弾ボール(モチモチしていておいしい)

脂っぽく無くて食べやすい。矢作と言う店で、他の場所にも出店していた。

 

(続きます)

 

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旅行中

2018-02-18 23:27:47 | 旅行



昨日から沖縄に来ています。



昨日のハイライトは首里城から識名園(王家の別荘)へ続く石畳の道を歩く事。
帰りのタクシーの運転手さんの話によると
戦争でほとんどの石畳が壊され、今は修復された物となっている。。
けれどメインの道を外れると、昔の道がホンの一部残っているらしい。
いつか、そんな場所を探してみたいものです。 




今日のメインの一つ、ガンガラーの谷。



大きな鍾乳洞。
ここからは古代の遺跡が発掘され、今も調査中。

ガイドさんと、鍾乳洞と亜熱帯の森を散策しました。
詳しくは後ほど



ウッカリ、冬期オリンピックの真っ最中に旅行してしまいました。
おかげでホテルに帰るとテレビ漬け。
羽生結弦君、宇野昌磨君、小平奈緒さん、
おめでとうございます🎵🎶
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