気まぐれ日記☆着物の小部屋

2007年耳下腺癌の手術で顔が変わり、生活が一転。街歩きと着物と芝居のブログをどうぞ宜しく♪

東海道だらだら歩き その5 神奈川宿・保土ヶ谷宿 1

2017-08-31 00:52:10 | 散策

 だいぶ前になりますが、東海道だらだら歩き・その5の報告です。

 

 7月23日、神奈川宿少々と、保土ヶ谷宿を歩いた。

この日は京急神奈川駅に9時集合。参加者はいつもの4人。

出発時は雨が降っていたが、その後は薄曇りの天気。

7月後半としては涼しかったが、歩いていると汗が噴き出す。

 

大網金毘羅神社

 駅を降りしばらく歩くといかにも由緒ありそうな階段がある。

この神社は、海運関係者の信仰が厚いそうだ。

鬱蒼とした藪に囲まれ、早速蚊の襲撃を受け、かゆい事!

友人が虫刺されによく効く薬を持っていて助かった~。

  

        

        天狗の彫刻

たぶん、ご神木が雷に打たれ、その木に彫ったのだろうと、皆で想像しあった。

この近くに日本橋より7里目の一里塚があったそうだ。

 

田中屋

 文久3年に創業の料亭。広重の浮世絵にも描かれている。(当時はさくらや)

明治7年、勝海舟の紹介で坂本龍馬の妻・おりょうがここで働いていた。

 

↑当時の写真

現在・・・・今も料亭だった。

 

神奈川関門跡碑

開国後、外国人が多数殺傷され横浜周辺に関所や番所を整備したうちの一つ。

 

 川崎宿・神奈川宿には幕末・開国時の歴史を生々しく語る場所が残っている。

生麦事件の碑や、各国の領事館が置かれた寺、そして竜馬の妻おりょうが働いた料亭、関門など、など。

私でも知っている出来事や人物が次々登場してくる面白い場所だ。

幕末の歴史好きにとって、川崎宿、神奈川宿は興味の尽きない場所だと思う。

 

浅間神社

 入り口を探してしまった。ビルの狭い横に入ると奥に階段がある。

この社の裏に ここ穴式古墳があり、昔はその穴が富士山麓まで続いていると言われていた。

穴を探したが見つからなかった。神社横に普通の道があった。

 

大山道道標跡

     

八王子方面に行く道。

開港以降は八王子から絹が運ばれ「絹の道」とも呼ばれた。

 

松原商店街

      

この入り口を見た時は普通の商店街だと思った。

 

だが・・・・・中に入ると衝撃的な光景が広がっていた。

このような八百屋は表通りだけで7、8件。大きな蒸し器で蒸かし芋を作り売っている店もあった。

ホカホカの蒸かし芋が、お皿山もりで200円。大根80円、ねぎは大束で150円。

広い店には何軒もの食料品店が入り、安い!! リュック担いだおじさんおばさんが次々やってくる。

今まで街道歩きだったのに突然別世界に迷い込んでしまった感じ。

私達も、ついお菓子や、缶詰を買ってしまった。 

主婦感覚が顔を出し、野菜も買いたくなったが重いのでさすがに諦めた。

家に帰って、松原商店街を調べてみると、「ハマのアメ横」と呼ばれている場所だった。

道理でね~~~。

 

ここで神奈川宿終了。

 

松原商店街の中に、次の保土ヶ谷宿の入り口があった。

マイナーな知識ですが、各宿場の江戸側に、江戸方見付が設置されていたそうだ。

 

 次回、保土ヶ谷宿に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

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イマドキ盆踊り (恵比寿駅前にて)

2017-08-23 17:12:12 | その他

 皆さま、盆踊りに参加し、踊った事がありますか?

 

 残念ながら私は一度もないのです。

子供の頃、地区の盆踊りに行くのですが、同年代は誰一人踊りの輪に入らない。

浴衣を着たおばさん達だけが踊っていて、子供達は白け、無関心。

踊りの輪に入るなんて恥ずかしくてできっこないと思っていました。

長じて、大人になってからも盆踊りには関心なし。

唯一子供たちの幼稚園の夏祭りがあったけれど、役員などで忙しく、踊らずでした。

 

 ある時、娘が日本人も外人も一緒になって踊る、タテノリの盆踊りがあると話題にした。

会社の近くで、帰りに毎年見るとの事。

「タテノリ?何それ?」 「ロック調ってこと!」 エッ、エッ~

盆踊りって、おばさん達が義務で踊っているような地味な印象しかなかったけれど、これなら行ってみたい!!

絶対にいく!!

 

 こんな話を聞いたのが数年前、今年やっと行くことが出来ました。

         イマドキ盆踊り会場は ここです!

 

 

会場はビルの谷間。

駅前の道路の一部を閉鎖、6時から開始。



暑いし一休み。会場が良く見えます。

都心のお洒落なホットドック。 ソーセージ美味しい。

ここで暫し見物。 最初は子供たちや、地区の婦人会などが次々櫓に上がり、揃いの浴衣も華やかに踊っていた。



それがだんだん暗くなっていくと・・・・櫓の周囲に人が集まり踊りだす。

これ以降は暗くなり、写真が撮れず。  でもここからがいよいよ本番 

 絶対にここで盆踊りデビューしようと張り切っていた私もいよいよ参加。

友人は盆踊りに参加したことがあるそうで、「どうしたらいい?」と聞くと

「上手な人の後ろに付いて、真似すればいい」と言う。

 

納得して二人で踊り初めて 3分!  たった3分ですよ

二人の若者が声をかけてきました。 「すみませ~ん」て

何?? 

「僕たちも踊りたいのですけど、どうしたらいいですか?」

生まれて初めの盆踊り、手足をギクシャク必死に動かしているだけの私になんで聞く?

他に上手な人いっぱいいるでしょ。

もちろん「上手な人の後ろに付いて真似しましょう。私ではなく他の人ね」 とアドバイスしました。

京都から来た学生さんですって。

若い学生さんと話すこともないから、ちょっと楽しい。

 

 7時半過ぎると櫓に乗るのは、企業のグループが多くなり、その場で募集の有志達も櫓に上がる。

踊りの輪も熱気を帯び、中高年より若者が踊っている。

浴衣を着た外人も慣れた感じで踊っている。楽しんでいる。

最初のうちは、盆踊り定番が(炭坑節とかドラえもん音頭とか、あまりよく知らないけど馴染みある曲)多かったが、

熱気を帯びるとこの3曲に絞られてくる。

   恵比寿音頭

   ヘイ!ヘイ!恵比寿

   ラビアンローズ+オーシャンゼリゼのミックス 

皆さん知らないでしょ。地域限定の曲です(たぶん)。   

外人参加が当たり前の盆踊りなので、西洋の曲も入ってます。

皆でヘイ!ヘイ!と言ってこぶしを上げたり、飛び跳ねたり・・・・とにかく若者向けに動きが激しいのです。

踊りは簡単だけれど、一周廻るだけでヘトヘト。

警察が、冷たい水とカルピスとウーロン茶をサービスしていました。助かった~。

恵比寿にある会社が、飲み物を提供していたようです。

 

 9時までですが、私達お年寄りは8時15分に退散。

アイスクリームを食べて解散でした。

 

 7月28日のお話。

大分前ですが、新しい経験が楽しかったので報告します。

外人とお話してみたい方、こんな交流の場もありますよ~。

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4泊3日の旅 比叡山延暦寺・近江八幡・琵琶湖竹生島 その4

2017-08-14 12:27:12 | 旅行

           いよいよ旅も大詰め、最後の日です。

 

8月3日 3日目

 近江八幡のホテルを7時過ぎに出て自転車返却、電車に乗り、豊郷(とよさと)まで約1時間、8時40分に到着。

特徴の無いひなびた駅だが、ここにヴォーリスの、当時は東洋一と言われた「豊郷小学校旧校舎群」が残っている。

可愛いローカル線

 

旧豊郷小学校群

 昭和12年、丸紅の専務だった古川鉄次郎が、資産の2/3、今の数十億円を投じて建設した小学校。

敷地12000坪に、講堂、図書館、体育館、プール、テニス場、バスケットボール場、相撲場、などを建築した。

設計は勿論ヴォーリス。「白亜の教育殿堂」「東洋一の小学校」と言われ、長く愛されてきた。

今は教育、福祉施設として利用されている。

 

1階廊下

 

階段

        

あれ? 手すりに何かいますね。

 

ウサギとカメ                  ウサギは階段の途中で昼寝。 おいおい、いいのかい?

 

黙々と登るカメ                 やっと着いた! 勝ち誇ったカメの顔!

 

別棟の酬徳記念館 

          

 今上映中の映画「君の膵臓を食べたい」で図書館としてロケに利用されたそうだ。

 

別棟の講堂

明るく、モダン。 とても昭和12年築とは思えない。

          

           懐かしい回転窓。

 

 子供達への教育の重要性に気づき、このような立派な小学校が作られていた事に驚きを感じた。

それも戦前、昭和12年に!! 桁違いの規模で!!

古川鉄次郎は欧米への視察で、持てる者が公共への寄付を実践している事に感銘を受け、

故郷に小学校を寄付したのだそうだ。 

 

彦根城

 またローカル線に乗り彦根へ。

彦根を見物する予定はなかったが、時間がある!! 彦根城の天守閣だけでも行ってみたい!!

夫婦欲張り旅行はさらに加速しました。

国宝の城は全国で5つあるそうだ。

私はまだ3つ。皆さまはいくつ行かれましたか?

 ここから彦根港まで歩き、竹生島へ

 

彦根港。 白い船に乗る

 

竹生島(ちくぶじま)

  島全体がパワースポット。 古くから信仰の島と言われていた。

都久夫須麻神社(竹生島神社ともいう)と宝厳寺の2つの寺社がある。

宝厳寺は至極三十三か所巡りの三十番目の寺。

寺も神社も弁財天を祀る

       

 

都久夫須麻神社(国宝)

かわらけ投げが有名。 かわらけが鳥居をくぐれば 願いが叶う。

         

これがかわらけ。 残念! 私も夫も失敗!!

周囲の観光客も次々失敗。 野球選手でも無い限り、ここでのお願いはかなわない(笑)

幸福は簡単には手に入らない、努力せよ、という教えでしょうか?

 

神社と寺をつなぐ舟廊下。 昔秀吉の御座船を再利用して作ったのでこの名がついた。

 

 宝厳寺 

 ここでは屋根の改装のため、檜皮の寄進を募っていたので、檜皮一束を寄進した。

 

船の最終便で長浜へ。

竹生島には住民はゼロ。 土産物屋の店主も店を閉め、私達の船に同乗し、帰って行った。

 

 

 

長浜へ

羽柴秀吉の長浜城の城下町として整備された。

ここに着いたのは4時ごろ、黒壁スクエアという伝統的建物が多くある地域に行く。

安藤邸という豪商の家を見学したり、ガラス製品(ここは手作りガラス製品の店が多い)を見学しているうちに

5時になってしまった。

なんと5時にほとんどのお店が閉まってしまう。

食事する店も閉まってしまい、困ったなぁ~。

 

           

やっと見つけた牛カツのお店、美味しかった。

この後長浜太閤温泉で汗を流し20時半長浜出発。

大垣で「ムーンライトながら」に乗車。4日朝5時に品川駅到着。

 

 

 長い長い旅行記にお付き合いくださって有難うございました。

数日暇だったので、大分端折ったにもかかわらず、長くなってしまいました。

ブログを書かなければ、「あ~楽しかった」で終わってしまいますが、記憶を呼び戻し、少々調べることが、

旅の楽しさを再確認することになりました。

こんな旅行がまたできるかどうかわかりませんが、計画を実行してくれた夫に感謝です。

 

今回の行程 

      

 

 

 

 

 

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4泊3日の旅 比叡山延暦寺・近江八幡・琵琶湖竹生島 その3

2017-08-10 23:09:21 | 旅行

  簡単に終わるはずの旅報告、まだまだ続きます。 

 

8月2日 2日目

                   

                   宿坊に泊ったからには 朝のお勤めに参加したいわ。

会場は総本堂の根本中堂。残念ながら今は改装中。内部撮影不可。

20人ほどの男女と、昨日見かけた幼稚園生が参加。 正座してお経を聞いているのが可愛い。

         

宿に帰って朝食。 正しい精進料理。 結構おなか一杯になる。

 

今日は東塔エリア散策

文殊楼。 2階まで上がることが出来る。

まだ早い時間で観光客もいないのだが、行く先々、幼稚園生と出会い、楽しい。

先生の「三人寄れば文殊の知恵」の説明を神妙な顔で聞いていた。

幼稚園の皆さん、朝からご苦労様。

 

比叡山の総本堂・根本中堂へ            完成した姿

根本中堂の中では、創建から1200年間絶えることなく「不滅の宝灯」が輝いている。

明治の廃仏毀釈で延暦寺が困窮し、灯油が無い時代にも、信者が油を背負い山を登り、寄進してくれたそうだ。

1200年の間には、栄華あり、闘いの日々あり、焼き討ちあり、寺の困窮ありと、様々な歴史がある。

 

大講堂(重要文化財) 学問修行の道場

 

ここで、改修のために必要な銅版一枚を寄進した。

30㎝×50㎝位の銅版にマジックで姓名と願い事を書く。

 

 

戒壇院

 

                

 かき氷が美味しい。暑いので、頭の先がキーンとはならず、スイスイと食べられた。 東塔と阿弥陀堂。

ここで延暦寺とはお別れ。

 

坂本ケーブル

 景色も長さも日本一。 坂本まで11分も乗るそうだ。

ケーブル延暦寺駅の2階から見た景色。

 

 

大正14年築のケーブル延暦寺駅

 

同じく大正14年築のケーブル坂本駅。 

ビックリするほどレトロな内部。ここでのんびりしたかったけど 予定が色々詰まってます。

 

坂本の街

JR坂本駅に向かってズンズン歩いていく。

魅力的な場所が多いのでつい寄り道。

  

坂本は背後に延暦寺を控え、寺社が多い。門前町として栄えてきた歴史があり、史跡が多い。

道端に六角堂が見える。    日吉大社の鳥居が見えてきた。

 

日吉大社は全国3800ほどもある「日吉・日枝・山王神社」の総本宮に当たるそうだ。

およそ2100年前に作られた由緒ある神社。 暑い日だったので、参拝者はほとんどおらず、静寂に包まれていた。

 

旧竹林院

 夫が以前この前を通り入りたいと思ったそうだ。 では、入ってみましょう。

  

苔むす庭は、水の流れと大小に石が配置され、洗練されていて美しい。

フラッと入ったのに こんなに素敵な場所に出会うとは!

坂本は奥が深い場所だ。

 

坂本は 石工の集団・穴太衆(あのうしゅう)の里。

信長、秀吉の時代に城郭の石垣を作り上げていた。

今も穴太衆の石垣が随所に残っている。

 

 

 

昼食は創業300年の鶴キ(つるき)蕎麦。 

司馬遼太郎の文にもこの店が登場するそうだ。

静かでひと気のない街なのに、蕎麦屋の前には行列が絶えない。

 

 

坂本駅から近江八幡へ

 石山寺は琵琶湖の南端、延暦寺は琵琶湖の西側、これからは琵琶湖の東側の旅が始まる。

全く、未知の地域だったが、日本の歴史が色濃く残っており、新鮮な旅だった。

 

 近江八幡駅前で自転車を借り、街巡り。

行きたかったヴォーリスの自宅。

 

 ウィリアム・メレル・ヴォーリスはキリスト教伝道のため、明治38年英語教師として来日。

教師を辞めた後も日本にとどまり、数多くの建物設計に携わった。

その数なんと1600余り。軽井沢の教会も彼の設計。

全国に散らばるヴォーリスの建築マップを買ったので、機会があれば訪ねてみたいと思った。

またメンソレータムの販売も手掛け、近江兄弟社を設立した。

 

 近江八幡は和の文化が残る街だが、ヴォーリスの手掛けた洋風建築が数多く残っている。

記念館入り口

夫人の一柳満喜子も尽力して建てられたヴォーリス学園。

今は近江兄弟社高校吹奏楽部の練習場としても使われているそうで、明るい吹奏楽の音が響いていた。

 

旧八幡郵便局

 

最初に設計した建物               ヴォーリスの銅像と、後ろは近江兄弟社本社。

あの有名なメンソレータムの商標は、近江兄弟社が経営危機に陥った時に手放したが、

今は効能が同じ、メンタームと言う商品が販売されている。

水辺に残る木造建築

 

日牟禮八幡宮                  夕飯は近江牛西川の焼肉。 暑さ1センチのお肉の柔らかさに感激

 

今日も盛り沢山でした。

 

 

 

 

 

 

 

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4泊3日の旅 比叡山延暦寺・近江八幡・琵琶湖竹生島 その2

2017-08-09 21:50:46 | 旅行

 一昨日大腸内視鏡の検診を受け、ポリープ発見。

5ミリ以下の小さなもの3つなので、その場で除去。

手術後でも特に気を付ける事は無く、何を食べても良いとの事。夫婦で都心の蕎麦屋で天ぷらそばを食べた。

すきっ腹に美味しかった事

そこのおじいさんが、人懐こくて、話好きで、正調(?)江戸弁を話す。

「美味しいかい?」とか、一人で遠くから来ていたおばあさんに「また明日食べにおいで」とか、

まるで落語家の口調でとにかく優しい。

食べ終わって10分ほどの間に、私達はそのおじいさんが84歳で、疎開で長野に行って勉強で苦労し(長野は教育に熱心)

でも長野の方が勉強が進んでいるので東京に帰ってからは楽した事とか、

蕎麦屋はその場所で60年続けているとか、様々な情報を得てしまった。

決してうるさいお喋りでは無く、歯切れの良い口調が気持ちよく、温かい気持ちが心に残った。

 

本筋に戻ります。

 

8月1日 1日目

5時53分に大垣着  →JRで米原→京阪線で石山→バスで石山寺7時50分到着。

ツァーではないので、目的地に行くまでの交通が大変。

この後、夫がスマホとにらめっこしながら無駄なく動く事に精魂を傾けていた。

時々急げ~と言われ、焦ることもあったのだが(笑)、時々のんびりもあり緩急自在の旅でした。

 

 石山寺

石山寺は8世紀、聖武天皇の時代に創建。西国三十三観音の霊場。

奈良時代から観音の聖地とされ、平安時代には「石山詣」と称し宮廷の女人たちが通った。

紫式部、清少納言、和泉式部などなど女流文学の開花の舞台となり、その後も芭蕉や藤村などの文人が訪れた。

          

 

8時開門のため、まだ門はぴったりと閉じている。

待つ間も楽しい。

 

朝一番、清浄な気分が漂う。

本堂(国宝)

内部は写真不可。涼しい風が通り気持ちが良い。

      

紫式部が源氏物語の想を練ったと言われる部屋。

 

八大龍王社

石山寺は3度目だが、人も少なく、魅力的な場所が多い。

 

 

京阪石山から乗り大津京へ。 迎えの車に乗り30分、延暦寺会館に行く。

延暦寺山頂には宿坊が一つしかない。どんな風と思っていたが、普通の宿と変わりが無かった。

 

 延暦寺に関して、最澄が開いた事と、織田信長の焼き討ちにあった事ぐらいしか知らなかったが、

その広大さに驚いた。

中心は東塔(とうどう)、その1km先に西塔(さいとう)、更にその奥4km先に横川(よかわ)という地域に

塔堂が集まっている。

僧兵たちが織田信長と闘い続けた延暦寺。

果たして、一つの寺がそんな絶大な力を持てるものかずっと疑問だったが、この広大な寺領と建物を見て、

なるほどと納得した。

 

延暦寺

 伝教大師最澄が開いた1200年の歴史を持つ。

ユネスコの世界文化遺産として登録されている。

比叡山に延暦寺という塔堂は無いそうだ。

比叡山そのものが延暦寺を表している。

 

法然、親鸞、道元などなど、日本史の教科書に出てくるような宗教の祖が、皆この延暦寺で修業したそうだ。

狭義の宗教ではなく、もろもろの宗教の根となる役目を果たしていたのがこの延暦寺なのかもしれない。

 

まずはバスで一番奥の横川

詳しい説明はできないので(難しい)景色のみ楽しんでね。

道の両側にはここで修行された方たちの説明版

四季講堂。

       

 

      

横川中堂  ここが横川の中心となる建物。

 

比叡山の山頂からの景色

 

西塔

 

         

にない堂(重要文化財) 法華堂と常行堂という同じ形の堂が渡り廊下でつながっている。

弁慶が担いだと言われ、「弁慶のにない堂」と呼ばれている。

ジッと見ていると本当にそんな気がしてくる。

 

釈迦堂(重要文化財)

          

 

          

        延暦寺会館に戻るとお寺関係の幼稚園の生徒たちがにぎやか。

        延暦寺のキャラクターもいるのですね~。

 

部屋の窓から見える琵琶湖。 景色の良い部屋を頼んだそうだ。

ここを選んで正解。 疲れが取れるわ~。

 

延暦寺会館の精進料理。

正真正銘の精進料理です。 結構おなか一杯になった。

湯葉のカツ、お麩を砂糖醤油につけ、お刺身風に、高野豆腐、こんにゃく、など。

手がかかっていて美味しい。

 

琵琶湖に沈む夕日。 夜、下の方で打ち上げ花火がチラチラと見えた。 上から見るのでとても小さい。

長くて、刺激的な一日が終わった。

 

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4泊3日の旅 比叡山延暦寺・近江八幡・琵琶湖竹生島

2017-08-05 18:50:13 | 旅行

 黒部、宇奈月の旅から帰って1週間、まだ大自然の余韻冷めやらぬ時期なのに

7月31日から8月4日まで、4泊3日の旅に出発。

行きも帰りも 夜行急行列車「ムーンライトながら」を利用、青春18切符の旅です。

 

 蝉の大合唱を身体に浴び、じりじりした太陽の下、熱射病との闘いの日々でした。

でも石山寺以外は初めての地であり、興味の赴くまま、盛り沢山な旅行となりました。

帰ってからの夫婦の感想・・・・

   たのしかったね~。もうこんな無茶な旅行はできない、最後だね。

   青春18切符で往復は最初で最後だね。

と言いながらも来年また計画してしまうかも・・・・・

 

琵琶湖東部の旅。 簡単に、行った場所のチラシ&切符です。

 

7月31日 横浜から出発

8月1日 1日目

横浜より「ムーンライトながら」→大垣着→ローカル線を乗り継いで石山寺→比叡山延暦寺巡り→ 延暦寺会館宿泊

 

8月2日 2日目

比叡山延暦寺巡り→日本一長いケーブルカーで坂本へ→日吉大社など→

レンタサイクルで近江八幡散策・ヴォーリスの住居・建築巡り→近江八幡泊

(ヴォーリスは軽井沢教会を設計した方)

 

8月3日 3日目

豊郷にてヴォーリス設計の小学校見学→彦根城天守閣

 

彦根港より琵琶湖に浮かぶ竹生島へ→長浜港へ→長浜散策→立ち寄り温泉にて汗を落とす

→大垣まで出て「ムーンライトながら」

 

8月4日 午前5時に品川着

 

 今回の旅行報告はこれにて終了

 

・・・・・という訳には行きませんね。次回は簡単に写真と旅の詳細です。

 

 

 

 

 

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