気まぐれ日記☆着物の小部屋

2007年耳下腺癌の手術で顔が変わり、生活が一転。街歩きと着物と芝居のブログをどうぞ宜しく♪

劇団☆新感線・薔薇とサムライ  その他

2010-03-31 10:43:21 | 芝居

 3月27日土曜日娘と赤坂サカスで待ち合わせ。

       

この場所のシンボルツリー・三春の滝桜の桜守が、大事に育てた枝垂桜はまだ蕾。

       

振り向けば、「薔薇とサムライ」の大型ポスターが

エッ   天海祐希さんカッコいい

       

       

       

       

       (パンフレットより)

 ジャンヌ・ダルクと ベルバラのオスカルと、片目の海賊

ジャック・スパロウみたいな帽子までかぶってまあ何とカッコいいのでしょう

これから始まる舞台への期待で胸がいっぱい

このポスターで、内容のハチャメチャ具合が想像できますね~

(尚、そばにいる頭でっかちが、古田新太の石川五右衛門)

 

「薔薇とサムライ」 

 赤坂ACTシアター  作・中島かずき 演出・いのうえひでのり

 出演・古田新太、天海祐希・浦井健治、山本太郎、神田沙也加、橋本じゅん、高田聖子

 

内容は?

まだ見ていない新感線ファンのために簡単に。

場所はヨーロッパ。地中海を根城にする女海賊アンヌ。

ある事実から、危機に瀕している小国の女王になるが・・・・・・

そのあとは ご存知2転3転4転5転の急展開。

石川五右衛門は敵になり、味方になり、信念の人アンヌを支える???

一昨年の「五右衛門ロック」の後日談。

五右衛門は海にさまよい、今度はヨーロッパで大活躍する。

新感線の賑やかなRシリーズ(ロックが舞台を盛り上げるシリーズ)だ。

 

 舞台と観客が一体となって理屈抜きに楽しんだ。

スカッと明るい芝居で、見たあとも興奮が収まらない。

ヨーロッパの貴族達の衣装が華やかで素晴らしい。

天海さんは、海賊、ドレス、騎士と贅沢な衣装を華やかに着こなす。

何を着ても美しく見ほれてしまう。

そして立ち回り・・・・終始太刀さばき鮮やかに活躍している。

女性ゲストでこれだけ立ち回りをする人は初めてだそうだ。

海賊姿の立ち回りも、金髪振り乱しての立ち回りも何もかもカッコいい!!

ほれてしまうわ~~ 

宝塚の天海さんは見たことがなかったけど、本当に素晴らしかったんだろうと思う。

でも今はさらにキャリアを重ね、見せる、そして魅せるに磨きがかかっている。

 

久しぶりの古田新太と橋本じゅんの掛け合いも楽しい。

松田聖子の娘・神田沙也加は、歌も演技もとても上手。

貴族の娘らしく、上品でかわいらしく、おきゃんで、自由になれない心の葛藤も

うまく表現していた。何よりも舞台が、華やぐ。いい舞台俳優になってきた。

 

相変わらずのハチャメチャぶりに、笑って笑って、そして天海さんにうっとり~

数日興奮が治まらなかった。

 

3月22日 ヤンリーピンの「シャングリラ」 オーチャードホールにて

友人からチケットをいただいた。

  

 

ヤンリーピンは中国はもちろん諸外国で高い評価を受けている舞踏家。

中国雲南省の小数民族には代々受け継がれてきた歌と踊りがあるが、

時代の流れでその文化も滅びようとしていた。

自らも少数民族出身のヤンリーピンはその事態を救いたかった。

そして「少数民族の歌や踊りで、観客を楽しませよう」と少数民族を訪ね歩き、

スカウトし、j構成振り付け演出をした舞台が「シャングリラ」。

 

どんなに綺麗でも歌と踊りができなければ、お嫁の貰い手がないよといわれるぐらい

民族舞踏が盛んな雲南省。

民族衣装に身を包んだ踊りは始めてみるようなものばかりだった。

一番かわいくてビックリしたのが、3番目の写真の踊りだ。

3拍子で歌い2拍子でステップを踏み、1拍子で手をたたくというもの。

中国の民族舞踏の中ではもっとも難しいといわれているそうだ。

でも見る限りでは、歌声はかわいいし、集団で踊る姿も軽々していて、

今にも私たちができそうに感じてしまった!!奥が深い複雑さ!!

ヤンリーピンの踊りは日本舞踊、バレエ、南国の踊りとも違い、

見たこともない美しい動きをする。

体を極限までそらせたり回転させたりする。

まさに「極光の輝き」(パンフレットより) 

・・・・よく意味がわからないけど雰囲気はそのとおり・・・・・・

 

友人に感謝

 

3月25日 御名残三月大歌舞伎 歌舞伎座にて 第一部

演目 加茂堤

    楼門五三桐

    女暫

歌舞伎初めての、昔からの友人と3人でお出かけ。

それぞれは短いけれど、華やか~でだ大満足。

お弁当は純和風の「べん松」のもの。とにかくおいしいのよ。

 

力尽きましたので、この辺で失礼!!

 

 

最近あまり着ていません。グリーンのものはヤンリーピンに着て行きました。

久しぶりだったので、色あわせが気に入りません。

ほかはお裁縫の時に着たもの。

 

 

  

コメント (8)

いい香り・ママレード作り

2010-03-30 11:03:28 | おいしい食べ物

 ブログのお友達からいただいた、甘夏。

伊豆のお宅の庭になっていたのを送っていただきました。

ゆっさゆっさと木を揺らすと、ボロボロと落ちてきたそうです。

完熟ですね。そして憧れの無農薬!!!!

 

私はあんまり料理好きとはいえないのですが、ジャムつくりは大好き。

特にママレードは、小学校2年生の時、祖母のお見舞いに行った病院で、

同室のおばさんに教えてもらいました。

昔は10円か20円入れる一定時間使えるガス台があり、

刻んであく抜きした夏みかん一個を丁寧にかき回して煮るとちょうどママレードができました。

ママレードが作れるなんて!!とビックリして、そのおばさんのそばでずっと見ていたら、

作り方を教えてくれました。

子どもだから、小さいからと適当に話するのではなく、対等の人に教える様に教えてくれました。

できそうで、なかなかできないことですね。

それが嬉しくてずっと記憶にあり、小学校高学年の頃からママレードは作っていました。

数年前までは水俣の無農薬の甘夏を友人取り寄せてくれ、

それで作っていたのですが、最近はトントご無沙汰。

皮が勝負なので店先で売っている農薬いっぱいの甘夏は使いたくないしね。

 

おいしい甘夏で久々ママレードに挑戦!!

       

皮をむき、皮を1/8に切ります。白い甘皮を取るのが一仕事ですが、

私は、1/8に切った皮の周囲をぐるりと包丁の尾っぽ?で切込みを入れます。

そして甘皮を引っ張るとスッと取れます。

(甘皮を綺麗さっぱり取り除いてしまうと、おいしくない。適当に残すのがいい)

そして剥いた実に砂糖をまぶし、切った皮をいれ一晩置きます。

そして朝、台所を片付けながら煮て、出来上がり

      

甘夏の皮4個に実が3個ぶんで、小瓶4つできました。

レーズンパンを焼いて・・・・・・・高校友人達の持ち寄りワインパーティに持って行きました。

友人の家の前の桜はまだ蕾でしたが、おいしく楽しく夜は更けていきました。

ママレード大好評

 

ラッシーママさん! 甘夏有難う!!

 

コメント (2)

抜糸・早速お出かけ・カタクリの里

2010-03-26 10:46:20 | 病気・後遺症

 20日土曜日に抜糸しました

それまでは腫れているうえに、まるで黒のアイシャドウを塗った様になっていた目が

みるみる回復しました。

目の縁の傷がまだくっきりしてちょっと怖い顔だけど、

このぶんなら大丈夫そうで安心。 

 

日曜は早速お出かけ。

友人から券をいただいた「カタクリの里」

ここは「かながわの花の名所100選」に選ばれています。

紫の花はちょうど満開。黄色のカタクリは4月上旬に満開となるそうです。

ここの評判は聞いていたけれど、なかなか行く機会もありませんでした。

カタクリの群生は始めて見ました。可憐ですね。

カタクリは根づいてから花が咲くのに7、8年かかるそうです。

ここはもともとあった、カタクリの群生を大切に守り育て、開放している所だそうです。

園内、みつまたやツツジが満開、桜もちらほら。

春の空気を満喫しました。

 

さて今週は忙しいのです (忙しさ、継続中・・・・遊んでます

ヤンリーピンの「シャングリラ」 3月の歌舞伎の話はまた次回ね。

 

 

コメント (4)

写真のこと

2010-03-20 23:29:32 | 病気・後遺症

 ある日突然・・・・・・

 

「あなたの顔は変わります。醜くなります」 と言われたら

女性はどんな反応を示すのでしょう。

何で顔の癌なのだろうか?

見えない場所だったらどんなにか良かったのに。

さすがに病院の帰りの船の甲板で、海を見ながら泣きました。

 

正確に言うと最初は手術で耳がなくなると言われました。

耳なんて・・・・ハリウッドに行けば何とかなるさ「猿の惑星」を見てごらん。

精巧な偽物が作れるさ。夫は言いました。

娘はネットで日本でも精巧な顔のパーツを作る工房を探し出してきました。

これで大丈夫。耳がなくても平気。

 

でも次の診察で、顔左側の神経の束の根元を切るので、神経の再生も移植も不可能と言われました。

顔がダラッと下がるそうです。

これからどうなるのだろう、ショックと不安で一度だけ泣きましたが、

心の一方で、それしか治療がないなら運を天に任せるしかないと居直る自分もいました。

 

手術前日、家族と一緒に集中治療室の見学をしました。

もう一組、同年代ぐらいの男性と奥様がいました。

男性は顔は真っ青、手がガタガタ震え、声も上ずっています。

私は 「意気地なし!!私なんか顔がダメになるって言われているのよ」と思いました。

手術が終わり集中治療室を出たあと、その男性が舌癌で、声が出なくなったことを知りました。

男性はショックで意気消沈、動けるはずなのに、個室から一歩も出ず、全て人だより。

奥様が疲れ果て、ガーゼだらけの私に嘆いていました。

男性は仕事を続けてきたプライドもあり、ショックの深さもわかるような気がします。

でも声が出なくなるのと、顔がダメになるのとどっちがいいのだろう?

・・・・・・声が出なくなるほうが大変だろうなぁ~。

私は4人部屋でしたが2人は再発再発で、何回も手術されていた方たちでした。

一人は顎をすっかり取り、声も出ず、食事も口からとることはできません。

もう一人は15時間の手術、集中治療室に20日もいて8ヶ月も入院、

そして縫った傷口はまだふさがらない状態です。

この二人の方に私はどれほど励まされたことでしょう。

ご自分の体のほうが大変なのに私をいたわってくださる優しさに

どれほど救われたことか。

お二人とも明るいのです!!

なかなかすんなり歩けない3人が、ゆっくりと夜の病院を散歩したのも懐かしい思い出です。

そんな方たちと接するうち、自分はたいしたことがなくてラッキーなんだと

思えるようになりました。

 

そして退院。 写真の話です。

顔が変わるって事は、自分自身の存在がよくわからなくなります。

個性って何だったんだろう。自分が自分であるには変わらない顔が必要なのでは?

自由に動かない顔、表情が作れない顔。自分のものではない感じがします。

醜くなったということは別にしても、この存在感のない顔に愛着ももてないし、

好きになるのも難しい気がしていました。

そしていろいろな場面で、自分はいったいどんな顔をしているのだろう?

喜びや、悲しみが表現できる、伝えることができる顔なのか?

次々疑問が湧いてきます。

早い段階から友人と会あっていましたが、楽しい時は楽しそうにしているらしいということがわかり、

まずは一安心しました。

 

最初の外出は、六本木ミッドタウンができた時、安藤忠雄の展覧会でした。

この時夫が外で初めて私の写真を撮りました。被写体になるのは嫌でした。

痩せて、弱々しいし、何より顔がゆがんでいるし・・・・

ひどい写真で、見るのも嫌だけどしっかり見ました。

そのあとも、夫は嫌がる私の写真をたくさん撮りました。

さすがに、最初の頃の顔に瘤をつけているときはひどかったです。

何回も手術を繰り返すうちに、以前と違う顔だけれど、

普通に近く見える写真が増えてきました。

旅行に行った時も沢山写真を撮ってくれました。

そして、いろんな場面の写真を撮ることで、自分は今こんな顔をしていると

わかるようになりました。

女性にとっては顔の傷は心の傷です。

傷には違いないけれど、この顔でやっていく自信もだんだん出てきました。

そして写真に写る時は、ここに気をつけようというポイントもわかってきました。

手術から3年2ヶ月、これが自分の顔と納得できるようになったのは大きな進歩です。

 

手術1年前の写真、サモアで。

手術2カ月前、姪の結婚式、まだ元気な母と。

とりあえず、皆様に笑顔をお届けしますね~。

こんな顔してました

暇で家にいるのでついいろいろ思い出してしまいました。

お付き合い有難うございます!

 

コメント (16)

メンテナンス & 修復手術

2010-03-17 13:47:16 | 病気・後遺症

 3月13日にまた日帰りの手術をした。

全くこの顔は手入れが大変

今回の手術は瞼の重りが縦になってしまい、皮膚を破ってしまう恐れが出てきたので、横にする手術。

(人工的に瞼を閉じさせるための重りで、金4gの板が入っている)

それから首のケロイドを治す手術。ケロイドは硬くなっていたので、首を動かすと

引きつって痛かった。

 

毎度おなじみ?図解

赤い線が切って縫合した所

首はケロイドの部分をとり、ギザギザに切り縫合する。

これは傷口の引き攣れを防ぎ、皮膚の伸縮性を確保する。

頬もこの方法で縫い直してある。

いつもの形成の先生と助手の先生で、1時間の手術。

 

この3年2ヶ月の間に、全身麻酔の手術3回、日帰り手術4回受けた。

(うち1回は脂肪の固まり除去なので、病気とは無関係)

手術慣れしていると思われるでしょうが(慣れているのは確かね~

やはり手術前はいろいろ考えてしまう。

今回の悩みの種は、顔がまた変わってしまうのかと少々不安だった。

瞼ですもの。デリケートな部分でちょっとした事で顔の印象が変わってしまう。

ようやくこの顔に落ち着き一年、まあ仕方ないわと言える程には気に入っている顔。

また変になるのが困る・・・・・・・

 

で、手術室に先生が入ってきたとき、開口一番「顔が変わりますか?」と聞いてしまった。

「変わりませんよ」という返事に安心。

    ・・・・・で、でも、さっき初めてガーゼを取って傷口を見てみたら

        思ったよりも大胆に切っている。大丈夫かなぁ~~??・・・・・

 

部分麻酔は痛い。特に瞼は痛く、また首は最初のメスが痛かった。

エッそんなに深く切るのと思ったぐらい刃先を感じた。

けれどそれは最初だけ、あとは先生とお喋りしながら、のどかに手術を受けた。

話題はマイケルジャクソン

(先生と同世代さらにマイケルより年下だと念を押した失礼しました。もっとお年上かと思っていました)、

助手の先生の新しいマンションの話など。

痛みを感じないよう気分をそらせて下さるのがありがたい。

「おかげさまで、今私は普通に写真を撮ってもらうことができます」

と話したら大変ビックリされていた。

顔面麻痺の人の最大の難関は・・・写真・・・・避ける方がほとんどだそうだ。

写真から逃げないのはすごいと褒められた

そして、「形成外科を取り入れた部長先生に聞かせてやりたい言葉だなぁ」と

喜んでくださった。

ほかの病院では病巣を取ったら取りっ放し、顔の形成はほとんど無しらしい。

顔の形成まで熱心にやってくれる病院に出会ってよかった。

自分がとてもラッキーだと思うし、運をひきつける力もあると思う。

再発の事も考えるが、病気を冷静に受け止める気力、治療の情報を集める気力、

そして治療方法を選ぶ気力があれば、あとは自分の運を信じるだけ。

運はある・・・だから何がきても大丈夫。・・・・と思う。

 

40針以上縫ったのでさすがに疲れ、2日ほど寝ていたが、今は元気。

途中から数えるのをやめていたが、たぶん全身で通算300針は軽く超えたようだ。

 

(バラバラに散らばっていた、病気関係を、ちゃんと病気のカテゴリーにまとめたので、

今までの経過を知りたい方はご覧ください)

 

実家の玄関前に2年ほどほっぽらかしてあった胡蝶蘭。

何の手入れもしなかったのに雑草の如く立派に咲いた。

 

 

 

コメント (13)

思い切り発散・ランチ会

2010-03-11 11:55:03 | その他

昨日はブログのお仲間bonjiさんのお宅で、いつものお仲間とランチ会でした。

 

綺麗好きなご主人が丁寧に磨き上げたお宅はモデルルームのように綺麗

リビングのガラスは週に3日ぐらい磨くそうです。ピッカピカ

お台所もピッカピカ・・・・これはbonjiさんのお手入れもあるのかしら。

ご主人が綺麗好き故のバトルもあるようですが、

とても居心地良い空間で、豊かな気分を味わいました。

そして持ち寄りのご馳走は・・・・・・  

 

ご馳走全景

 

ご馳走部分写真

ぼた餅、煮物、まぜ寿司、サラダ、から揚げ、

たまちゃんパン(多摩川にいたアザラシたまちゃんの記念パン、かわいい♪)などなど。

まあよく食べたこと!!

そしてしゃべるしゃべる・・・・話題は尽きません。

ブログを通してお互い近況を知っているのでね~。

私は笑顔ができなくなってしまったので、新しい友人つくりは難しいかと思っていたけど、

まさかブログを介して、こんなに楽しいお仲間ができるとは考えてもいませんでした。

人生何が起こるかわからない!!

一歩踏み出すと知らない楽しい世界が開けてくるものですね。

さすがに夕飯は食べられませんでした。

 

bonjiさんがかわいがっている雛人形達

皆さん有難うございました。

そしてbonjiさん、すっかりお世話になってしまい有難うございました。

楽しかったです。

 

 

そうそう先日アップのリフォームスカートの事、聞かれました。

拡大写真載せます。

自分で洗って、失敗してしまった道行を胸のところで切り、

幅2センチのゴムを入れただけで巻きスカートが完成!

本に書いてあったのだけど、目からうろこの簡単リフォームでした。

今日はこれを着て丸ビルのクラフト展に行ってきます。

 

13日にまた瞼と首の日帰りの修理をするので、

来週いっぱい、パソコンは休憩しますね~

 

 

コメント (9)

ひな祭りの会

2010-03-06 18:01:34 | 着物

  3月3日

  

東京郊外のホテルでは・・・・・

 

 

立川G店主催のひな祭りの会が開かれました。

着物の友人と初参加です。

この会は、前年まで、振袖の会という名称でした。

・・・・・ということは??

 

 

そう・・・・振袖が着られるのです

一歩会場に入れば華やかさに圧倒されます

 

振袖はもちろん、派手すぎて着られなくなってしまった着物、思い出の着物、

あまり来ていない留袖、何でも着てみようという会です。

 

出し物は参加者の落語あり、踊りありバグパイプの演奏ありでした。

参加者がグループに別れ皆(何と主催者含めて100人!!)壇上に・・・・・

そして、着てきた着物について語ります。

ご自分の成人式に着た振袖、娘さんのをちょっと拝借した振袖、

なくなったお姉様の形見の着物、今日は参加できないので友人に託して着てもらった着物。

アンティークの見事な振袖を披露してくださる方もいます。

どうしても振袖が着たいので、今日のためにレンタルした方、

成人式に着物が着られず、今日始めて着た方、

娘さんとお二人で振袖を着た方(どう見ても友人か姉妹にしか見えない!)

普段はお仕事で忙しいので、毎年この日のために振袖を揃える60代の方。

そして美しい着物が大好きな男性の方もいます。

(一人の男性は振袖をご自分で着たそうです

女性でも自分で振袖を着る方・・・・いないですよね~)

一枚一枚の着物にドラマがあります。

 

 

 

これほど晴れやかな場に参加するのに気後れがしており、初参加でした。

参加してみて・・・・・・・楽しい 浮世の憂さを全て忘れます!!

 

20代でもないのに振袖~~??なんて言葉が聞こえてきそうですが、違うのです。

手のかかった、美しい工芸品の振袖は不思議なことに、どの年代にも似合います。

顔色を美しく見せます。

そして振袖を羽織った方は皆 笑顔・・・・笑顔・・・・・笑顔

まぶしいくらいでした。

来年また参加することにしました!!

来年は私も振袖よ そして再来年は宝物の一度しか着ていない色留袖よ

 

ちなみに私は

刺繍半襟を使ってみたかったので、無地っぽいつけ下げでした。

地味ね~。 でも充分に楽しみました。

 

 

おまけ画像

 

家に居ることが多かったので、着物をスカートにリフォームしてみました

コメント (10)

やっと退院♪

2010-03-05 10:03:18 | 

 ハラハラ、ドキドキ、そしてなかなか退院できないヤキモキといろいろな気持ちを味わいましたが、

やっと昨日母が退院しました

火曜日の先生が、これでやっと数値も良くなったと

明るい顔で退院許可をくださいました。

良くはないけど安定したと言うことらしいです。

まあ、90歳なので多少の故障は仕方ないですね。

 

退院は結構小さな感動がありました。

ホーム方も迎えに来てくださって、車椅子での退院です。

ナースステーションに寄ったら、看護婦さん達が手を握って「良かったですね」と。

通りすがりの車椅子の母と同年代ぐらいのおばあさんが手を伸ばしてきて、

「頑張るのよ」って・・・・

看護婦さんが「退院の日に初めてお友達ができたわね」 と話しかけてくれたので、

一同に穏やかな笑顔が広がりました。

母はきょとんとしていましたけど、穏やかな雰囲気はわかるようでした。

 

帰りの車の中では「どこに行くの?」 と不安そう。

ホームに着いたら大歓迎でした

職員の方たちは母に抱きついて「待ってたよ~」「良かったね~」の大合唱。

母はいつも4人の席で、母以外の方は痴呆もなく、または軽く、とてもお元気。

皆「寂しかったよ~」と言ってくれました。

一人の人はいつも写真を見て「どうしているのかしら」と思っていてくれたそうです。

母の顔を見て、涙ぐんでました。

母と同い年の方が、良い言葉をかけて下さいました。

「病院は、病気を治す所、ここは病気を良くする所・・・ここで良くしましょう

母はわかっているのかどうか・・・・・でも穏やかでした。

お昼ごはんも全部食べました。

温かくて、きっとおいしいのね。

 

そうそう、昼間ホームにいらっしゃるナースさんが、病院で時々母の夕飯の

介助をしてくださっていたそうです

知り合いの方が入院されていたそうですが、その方のところに行くついでに

母を助けてくださったようです。

私は最初の一週間は、昼夜の、食事介助をしていましたが、

さすがに寒く、病院で介助をしてくださるので「まっ、いいか」と夜はやめていたのです。

全く知りませんでしたが、母はいろいろな方に助けられて元気になったことを

あらためて知りました。ありがたいことです。感謝です

 

ホッとした私は、帰ってから昼寝をしてしまいました。

少し疲れが出ましたが、今日は元気

皆様いろいろ有難うございました。

やっと一安心です。

 

 

 

 

コメント (6)