土木技術者が撮った中南米の「光りと影」の写真 及び 他国風情

 約22年間の中南米赴任中に土木技術者の視点から撮った写真。開通前のパナマ運河に架かる第二アメリカ橋は圧巻 & 他国事情

ペトラ遺跡(No.5)

2010-01-04 15:15:24 | ヨルダン(ペトラ遺跡)
 エル・ハズネは断崖を削り彫られて造られた神殿風のファサードを持つ霊廟と言われております。(真相は今でも解明中ですが霊墓説が有力です)前方のコリント式の円柱は良ーく見ると4本+2本で構成されています。前方4本の円柱はその上部の装飾されたアーキトレーブ(梁)とその上にペディメント(屋根の三角形の部分)を支えております。先回掲載しましたが、発見当時にはこの内の一本が折れていました。どれだかお解りになられたでしょうか。



 上記を「縦」に撮りました。先回記したように、この調和の取れた美しいファサードは高さ約40mX幅30mありコリント式の豪華な装飾に飾られております。



 上記2枚の写真とほぼ同じ場所から撮っております。が時間の差があり、太陽の位置により、壁や柱の色が変化します。



 「宝物殿」の右側の部分です。



 更に右側の部分です。右端に岩をくり貫いたところがあります。その前がシークになっております。



 ペトラ遺跡を観光するには3日間必要です。この地点より約250mのシークがあり、ここが2日目の出発点となります。シークの幅は次第に広くなっておりその先にはないとの事です。(筆者は行かなかったので事実は不明です)



 ファサード上層の中央にはトロス(周柱円形堂)と呼ばれる円形の建物が置かれ、その両脇にある半分のペディメントが乗った2柱式のパビリオンがあります。



 トロスの中央の彫刻は幸運の女神の「イシス女神」であり豊饒の角と杯を左右の手に持っております。これも諸説あり、BC2世紀のアレキサンドリアの壺に描かれたトトメス3世の妻ベレニス妃と言う説もあります。



 左側のパビリオンの彫刻です。これも諸説ありますが胸をさらけ出した勇壮な女性狩猟民族の「アマゾーン族」と言われています。



 右側のパビリオンの彫刻。同上。



 トロイの上部に乗っている「エル・ハズネ」=「宝物殿」の由来である壺とその台座。



 壺の大写し。長い間この中に宝物が隠されていたと言われてきました。インディ・ジョーンズの映画の「木の杯」同様この「あばた」だらけの壺の中に宝物があったのでしょうか?



 エル・ハズネのファサードから階段を上がった所の大広間にいます。三方に開口部があり、生憎、立入禁止のロープが張られ中には入れませんでしたが、奥行き、幅とも約10mの小さな部屋でした。この写真は大広間を入って正面の壁です。「インディージョーンズ最後の聖戦」の入口から中を期待していたのですが残念でした。現在(2009年11月)正面入口の地下の発掘作業がなされ立入禁止ロープが張られています。あと数10年以上は続くと思います。



 大広間の右側の壁。



 大広間の左側の壁。



 復元前の エル・ハズネです。円柱は1本折れています。


(This photo is quoted from Casa Editrice Bonechi)
この記事についてブログを書く
« ペトラ遺跡(No.4) | トップ | 冬のロンドン »
最新の画像もっと見る

ヨルダン(ペトラ遺跡)」カテゴリの最新記事