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「自虐史観」の命名の中にほのかなる自虐の気味がすでにあらずや

2010年03月06日 15時32分37秒 | Weblog
小池光さんの歌をもう一首。
ちょっと難しい歌です。

名をつける、ということは、どういうことなのか?
あるもの、ことに、名を与える。
与えた人が気付かぬうちに、与えた人は、
その言葉の影響下にあるのでは?

という意味でしょうか?

            らくせき


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4 コメント

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爆弾をかかえてしまった奴 (慎重派)
2010-03-06 23:10:23
「自虐史観」などと得意げに命名した奴は、そのことの自己の認識の浅さ、その言葉の持つ不遜さに気が付いているのでしょうか。
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そのものずばり (額田王)
2010-03-07 03:05:56
 たとえば私は、南京虐殺のような事実を認めるとき、自分を虐めているのではありません。むしろそれを敢然と認め、そうしたことが再現しないように尽力することに、人としてのプライドすら賭けているといえます。
 しかし、それを「自虐」と名付ける意識の中には、臭いものにふたをし、それと敢然と向き合うことなく、狭小な自己の中に丸まっている自閉的な姿勢が伺えます。
 これぞまさに、「自虐の気味」という言葉で小池さんが核心を突いている点だと思います。

 敢えていうならば、彼らの「自虐の気味」は「ほのかなる」範囲を越えているようにも思います。
 本当は現実逃避の弱虫小虫なのです。
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われら地続き (只今)
2010-03-07 09:21:39
 皆さんの仰有る通り、「かの人達」が言う〈自虐史観〉とは、責任を自らに問うことをいうようです。
 南京事件に関与した私たちの父親や叔父さんは、善良で優しい人物でしたが、そのことを小池光さんは「執拗」に追っています。

 ■夜の淵のわが底知れぬ彼方にて
       ナチ党員にして良き父がいる

 ■ガス室の仕事の合ひ間公園の
       スワンをみせに行ったであろう

  昨日、ガス室のスイッチを押していたその手で、翌日曜日には愛児の手を引いて動物園に行ったのです。  
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深いと思う。 (平 和平)
2010-03-07 19:54:50
 額田王さんの言われるように自虐史観の命名は「臭いものにふたをし、それと敢然と向き合うことなく、狭小な自己の中に丸まっている自閉的な姿勢」も否定しませんが、もっと意図が深いのではないかと思います。
 只今さんの紹介された二首を読み、その感を強くしました。小池さんは、洋の東西を問わない人間性を炙り出そうとしているのではないかと思います。
 私は小池さんを知りませんでしたが、皆さんのおかげで学ばせていただきました。

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