桜の樹 S・Yさんの作品です
うちの前はなだらかな坂道になっていて、そこを上りきると信号機のない十字路がある。その脇の歩道にそれは大きな見事な桜の樹があった。還暦を迎えた夫が「俺が産まれる前からあったからなあ」と、毎年この時期にそう言っている。
それが今朝、突然消えた。いや消えたことに気付いた。どうして? 確か一週間前にはまだあった。蕾みが膨らみ、ああ、春も近いんだ、と温かな思いに満たされながら樹の下を通った。三人のわが子らの入学式という人生の節目をいつも祝ってくれていたような桜の樹。
なぜ? なぜ桜の樹が突然なくなったのか? 私にはまったく事態が飲み込めない。歩道上にあって通行の邪魔だったのだろうか。近隣の人に舞う花びらや落ち葉で迷惑をかけていたのだろうか。それでどこか公園にでも移植されたのだろうか。だとしたらその場所を知りたい。どこへ訊けばいいのか、頭が混乱してきた。
その後、あの桜は三日前に切り倒されたのだと知った。電動ノコギリで倒されて切り刻まれているのを見た人がいた。移植だろうと思い込んでいた私はいいようのない重い気持ちになった。どんな事惰があったのだろう。せめて倒す前にあの膨らみかけた蕾みを咲かせてあげられなかったのか。樹も無念だったのではないか。
今年のお花見は、あの桜の樹を思うと心から愛でられそうにない。
うちの前はなだらかな坂道になっていて、そこを上りきると信号機のない十字路がある。その脇の歩道にそれは大きな見事な桜の樹があった。還暦を迎えた夫が「俺が産まれる前からあったからなあ」と、毎年この時期にそう言っている。
それが今朝、突然消えた。いや消えたことに気付いた。どうして? 確か一週間前にはまだあった。蕾みが膨らみ、ああ、春も近いんだ、と温かな思いに満たされながら樹の下を通った。三人のわが子らの入学式という人生の節目をいつも祝ってくれていたような桜の樹。
なぜ? なぜ桜の樹が突然なくなったのか? 私にはまったく事態が飲み込めない。歩道上にあって通行の邪魔だったのだろうか。近隣の人に舞う花びらや落ち葉で迷惑をかけていたのだろうか。それでどこか公園にでも移植されたのだろうか。だとしたらその場所を知りたい。どこへ訊けばいいのか、頭が混乱してきた。
その後、あの桜は三日前に切り倒されたのだと知った。電動ノコギリで倒されて切り刻まれているのを見た人がいた。移植だろうと思い込んでいた私はいいようのない重い気持ちになった。どんな事惰があったのだろう。せめて倒す前にあの膨らみかけた蕾みを咲かせてあげられなかったのか。樹も無念だったのではないか。
今年のお花見は、あの桜の樹を思うと心から愛でられそうにない。