▼英仏の主導権争い
米覇権の崩壊を見越した新世界秩序作りを提唱したのは、英政府が最初ではない。9月末から10月上旬にかけて、ロシアとEUとの間で、米が展開した単独覇権主義を再現させないための多極的な新世界秩序作りについての話が進んでいた。「第2ブレトンウッズ会議」を最初に提唱したのは、仏サルコジ大統領で、9月26日に仏ツーロンでの講演の中に盛り込まれていた。
10月8日に仏エビアンで開かれた世界政策会議では、露メドベージェフ大統領が、武力行使による国際問題解決の禁止や、単独覇権主義の提唱禁止など、米覇権を否定するような方針を「多極的な世界」にふさわしい新世界秩序として提唱し、サルコジもこの提案を支持した。
国際安保政策をめぐるそんな議論が進展している最中に、EUではドイツ、イタリアなどの金融機関が、米英の銀行間融資市場の凍結のあおりを受けて破綻に瀕した。実際には、欧州の金融危機は、独仏伊においては、米英に比べて深刻ではなかったが、仏伊などはこの危機の深刻さを演出し、同時に全EU的な金融対策の案を仏サルコジがEUに提案し、これを実現することで、金融面での新世界秩序を作っていく足がかりにすることを目指した。この時、英政府は猛反対し、サルコジ案を潰してしまった。英は、自国が主導しない多極型の新世界秩序には反対だった
しかし英は、その1週間後、ワシントンでのG7会議に向けて、唐突に態度を転換し、サルコジ案と似たような趣旨の、全EU的な国際金融救済案をEU内で提案し、同時に英ブラウンは、第2ブレトンウッズ会議を開くべきだと言い出した。
英はその後、主導権をとろうと動き回り、ブラウン首相は10月15日には、ブラジルや中国などの政府トップに電話をかけまくった。仏サルコジは同日、英が主導権を奪おうとしていることに対抗し、独自の国際金融救済案をEUに提案し、英仏が主導権の奪い合いをしていると報じられた。サルコジは、新ブレトンウッズ体制という言葉を使ったのは自分が先だという趣旨の発言をしたりした。仏は、英が急に方向転換して主導権を奪いに来た意味を理解した上で、英のどん欲な覇権欲を嫌って意地悪している観がある。
▼基軸通貨の多極化・ブロック化
第2ブレトンウッズ会議が開かれるかどうか、まだ確定的ではない。だが今後、時間がたつほど、米の金融破綻がドル破綻へと拡大する可能性が増し、ブレトンウッズ2会議の開催が後になるほど、状況は傍観者のロシアなどBRICや途上国側にとって有利になる。米国債の債務不履行とドル破綻という究極の事態が起きれば、その後の国際通貨体制を決めねばならないので、ブレトンウッズ2会議の開催は必須になる。
イタリアのトレモンティ経済相は、事態を先取りする発言を放っている。彼は「現在、世界の基軸通貨(the currency of Bretton Woods)はドルだが、今後(の基軸通貨体制)は、他の(複数通貨による)組み合わせになるかもしれない。為替をめぐる議論が、再開されることになる」と述べている。これは、1944年以来のドル単独の基軸通貨体制が、ユーロや人民元、円などを含む複数基軸通貨の新体制に移行することを前提にした議論が、今後の国際会議で行われるとの示唆である。トレモンティは10月16日にも、同趣旨の発言を繰り返した。
IMFはすでに2006年春、米経済の双子の赤字の拡大などを危険視して、ドル一極の基軸通貨体制の持続は困難なので、ユーロや人民元、円、ペルシャ湾岸諸国(GCC)の通貨などの、他の有力通貨を加えた通貨の多極化が必要だと表明している。だが当時は、まだ米経済が安泰で、日本も中国もサウジアラビアもEUも、自国通貨を国際通貨にすることのリスクの方を懸念し、IMFの提案を無視した。
今年7月、米金融危機が深化する中、欧米の金融当局者が相次いで、通貨の多極化が必要だ(中国やアラブ産油国は、通貨をドルから自立させよ)と改めて表明したが、中国やサウジは、これも無視した。「覇権のババ抜き」現象が、根強く起きている。しかし、米国債とドルの破綻が現実のものになれば、中国やサウジは(そしてたぶん日本も)、覇権を背負いたくない、対米従属を続けたいといって逃げ続けることは難しくなる。
▼英国とNY資本家の休戦交渉会
1944年7月のブレトンウッズ会議は、1941年の米の第二次大戦への参戦時の米英間の約束を果たすため、それまで世界の覇権を握っていた英が、戦後の覇権を米に委譲する意味で開かれた。ソ連など共産圏諸国を除く連合国諸国が参加し、米ドルのみを戦後の国際基軸通貨とし、他のあらゆる通貨の為替をドルとの固定相場とし、ドルは金と1オンス35ドルで固定した。同時に、ドル基軸の国際通貨体制を守るための国際機関として、IMFと世界銀行を作った。
ブレトンウッズは、ニューヨークから約500キロ北上したニューハンプシャー州の山の中で、そこの高級リゾートホテルで会議が開かれた。最重要の参加者群は、各国の代表団ではなく、ニューヨークの資本家たちだった。NY資本家は、米の国家戦略を事実上策定するCFR(外交問題評議会)などを作って、第一次大戦以来、覇権を英から米に移転させることを画策し、その成果が、ブレトンウッズで決まったドル本位体制だった。
今回、ドルの崩壊が近いと思われる金融危機の最中に「ブレトンウッズ」という名前を出して、しかも開催地の最有力候補としてニューヨークが挙がりつつ、国際会議が提案されているということは、会議の本質的なテーマが、報じられているような「国際金融規制」ではなく、基軸通貨体制の変更、つまり世界の覇権体制の変更を決めることであると感じられる。ドル破綻が間近い中、第二次大戦末期のような、黒幕覇権(旧覇権国)の英国と、多極化を希求するNY資本家との利害調整(休戦交渉)のための国際会議が、ブレトンウッズ2として提案されている観がある。
そもそも、金融危機からの離脱のための国際金融規制がテーマであるのなら、金融危機に直面していないBRICや途上国群の参加や同意は、特に必須ではないはずだ。「ブレトンウッズ」などという、通貨覇権体制を意味する言葉を使う必要もない。
ブレトンウッズ2会議の開催を提案する記事をルモンド紙に書いた仏の2人の専門家は、EUがこの会議を提唱する理由は、EUが世界の中で最もまとまりのある地域ブロックなので、会議を引率できる唯一の地域ブロックだからだと書いている。この主張が意味するところは、ブレトンウッズ2会議で決定される今後の世界体制は、世界を地域ブロックごとにわけ、各ブロックごとに基軸通貨を設け、それが固定相場制で相互につながることを含みうる多極型であると思われる。
10月17日、英テレグラフ紙に「ブレトンウッズの再来は不要だ」とする論考が載ったが、そこでも「各通貨ブロックごとの協調を強化することは必要だが、固定相場制の復活は全く良いものではない」という論調になっている。
ドイツのシュピーゲル誌も最近、これからの世界体制を構成するのは「国家間の関係」(international)や「文明間の関係」(inter-civilizational)ではなく「帝国間の関係」(inter-imperial)であり、世界で最も有力な三つの帝国である、アメリカとEUと中国が「G3」を作って世界を動かしていくのが良いとする、大胆な記事を載せている。ドイツ人が「帝国」という言葉を使うと目を引くが、これは「地域ブロックごとの覇権国」と同じ意味である。
世界を地域ブロックごとのまとまりとして考えていく新体制が決定した場合、日本は中国を中心とする東アジアブロックに入ることになる。日本が望むなら「中国を中心とする」ではなく「日中を中心とする」という、日中対等の状態に変えてもらえるかもしれないが、このあたりのことは、まだ全く不透明だ。麻生首相は10月16日、拡大G8会議は、できれば開催されずにすんだ方が良いと述べた。日本が対米従属をやめざるを得なくなる世界の多極化を決めるブレトンウッズ2会議など、やらない方がいいという意味だろう。
▼金本位制に戻る?
1944年に決まったブレトンウッズ体制は、金本位制だった(71年のニクソン・ショックの金ドル交換停止で崩壊した)。欧州中央銀行のトリシェ総裁は「規律を取り戻すため、最初のブレトンウッズに戻るべきだ」と主張している。ここで気になるのは、トリシェは「金本位制に戻るべきだ」と言っているのか、もしくは「固定相場制の為替体制に戻るべきだ」と言っているのかどうか、というこだ。
世の中でよく言われていることは、金本位制は、金という鉱物の産出量に左右されるので、現代の微妙な通貨政策を行うにはふさわしくないということだ。また昨年までは「債券化やデリバティブといった金融の素晴らしい新技術は、金本位制の呪縛からドルを解放したからこそ現実化できた」とも言われていた。しかし今、債券化やデリバティブは「素晴らしいもの」から「忌まわしいもの」に変質している。
ここで一気に、金融界に規律を取り戻すのなら、金本位制に戻るという選択肢も、なきにしもあらず、という感じもする。そこまでいかなくても、今後、国際通貨制度を固定相場制に復活する動きがあっても不思議ではない。今後の国際通貨制度の青写真としてどのようなものが用意されつつあるのか、近いうちに見えてくると期待される。
(ネット虫)
米覇権の崩壊を見越した新世界秩序作りを提唱したのは、英政府が最初ではない。9月末から10月上旬にかけて、ロシアとEUとの間で、米が展開した単独覇権主義を再現させないための多極的な新世界秩序作りについての話が進んでいた。「第2ブレトンウッズ会議」を最初に提唱したのは、仏サルコジ大統領で、9月26日に仏ツーロンでの講演の中に盛り込まれていた。
10月8日に仏エビアンで開かれた世界政策会議では、露メドベージェフ大統領が、武力行使による国際問題解決の禁止や、単独覇権主義の提唱禁止など、米覇権を否定するような方針を「多極的な世界」にふさわしい新世界秩序として提唱し、サルコジもこの提案を支持した。
国際安保政策をめぐるそんな議論が進展している最中に、EUではドイツ、イタリアなどの金融機関が、米英の銀行間融資市場の凍結のあおりを受けて破綻に瀕した。実際には、欧州の金融危機は、独仏伊においては、米英に比べて深刻ではなかったが、仏伊などはこの危機の深刻さを演出し、同時に全EU的な金融対策の案を仏サルコジがEUに提案し、これを実現することで、金融面での新世界秩序を作っていく足がかりにすることを目指した。この時、英政府は猛反対し、サルコジ案を潰してしまった。英は、自国が主導しない多極型の新世界秩序には反対だった
しかし英は、その1週間後、ワシントンでのG7会議に向けて、唐突に態度を転換し、サルコジ案と似たような趣旨の、全EU的な国際金融救済案をEU内で提案し、同時に英ブラウンは、第2ブレトンウッズ会議を開くべきだと言い出した。
英はその後、主導権をとろうと動き回り、ブラウン首相は10月15日には、ブラジルや中国などの政府トップに電話をかけまくった。仏サルコジは同日、英が主導権を奪おうとしていることに対抗し、独自の国際金融救済案をEUに提案し、英仏が主導権の奪い合いをしていると報じられた。サルコジは、新ブレトンウッズ体制という言葉を使ったのは自分が先だという趣旨の発言をしたりした。仏は、英が急に方向転換して主導権を奪いに来た意味を理解した上で、英のどん欲な覇権欲を嫌って意地悪している観がある。
▼基軸通貨の多極化・ブロック化
第2ブレトンウッズ会議が開かれるかどうか、まだ確定的ではない。だが今後、時間がたつほど、米の金融破綻がドル破綻へと拡大する可能性が増し、ブレトンウッズ2会議の開催が後になるほど、状況は傍観者のロシアなどBRICや途上国側にとって有利になる。米国債の債務不履行とドル破綻という究極の事態が起きれば、その後の国際通貨体制を決めねばならないので、ブレトンウッズ2会議の開催は必須になる。
イタリアのトレモンティ経済相は、事態を先取りする発言を放っている。彼は「現在、世界の基軸通貨(the currency of Bretton Woods)はドルだが、今後(の基軸通貨体制)は、他の(複数通貨による)組み合わせになるかもしれない。為替をめぐる議論が、再開されることになる」と述べている。これは、1944年以来のドル単独の基軸通貨体制が、ユーロや人民元、円などを含む複数基軸通貨の新体制に移行することを前提にした議論が、今後の国際会議で行われるとの示唆である。トレモンティは10月16日にも、同趣旨の発言を繰り返した。
IMFはすでに2006年春、米経済の双子の赤字の拡大などを危険視して、ドル一極の基軸通貨体制の持続は困難なので、ユーロや人民元、円、ペルシャ湾岸諸国(GCC)の通貨などの、他の有力通貨を加えた通貨の多極化が必要だと表明している。だが当時は、まだ米経済が安泰で、日本も中国もサウジアラビアもEUも、自国通貨を国際通貨にすることのリスクの方を懸念し、IMFの提案を無視した。
今年7月、米金融危機が深化する中、欧米の金融当局者が相次いで、通貨の多極化が必要だ(中国やアラブ産油国は、通貨をドルから自立させよ)と改めて表明したが、中国やサウジは、これも無視した。「覇権のババ抜き」現象が、根強く起きている。しかし、米国債とドルの破綻が現実のものになれば、中国やサウジは(そしてたぶん日本も)、覇権を背負いたくない、対米従属を続けたいといって逃げ続けることは難しくなる。
▼英国とNY資本家の休戦交渉会
1944年7月のブレトンウッズ会議は、1941年の米の第二次大戦への参戦時の米英間の約束を果たすため、それまで世界の覇権を握っていた英が、戦後の覇権を米に委譲する意味で開かれた。ソ連など共産圏諸国を除く連合国諸国が参加し、米ドルのみを戦後の国際基軸通貨とし、他のあらゆる通貨の為替をドルとの固定相場とし、ドルは金と1オンス35ドルで固定した。同時に、ドル基軸の国際通貨体制を守るための国際機関として、IMFと世界銀行を作った。
ブレトンウッズは、ニューヨークから約500キロ北上したニューハンプシャー州の山の中で、そこの高級リゾートホテルで会議が開かれた。最重要の参加者群は、各国の代表団ではなく、ニューヨークの資本家たちだった。NY資本家は、米の国家戦略を事実上策定するCFR(外交問題評議会)などを作って、第一次大戦以来、覇権を英から米に移転させることを画策し、その成果が、ブレトンウッズで決まったドル本位体制だった。
今回、ドルの崩壊が近いと思われる金融危機の最中に「ブレトンウッズ」という名前を出して、しかも開催地の最有力候補としてニューヨークが挙がりつつ、国際会議が提案されているということは、会議の本質的なテーマが、報じられているような「国際金融規制」ではなく、基軸通貨体制の変更、つまり世界の覇権体制の変更を決めることであると感じられる。ドル破綻が間近い中、第二次大戦末期のような、黒幕覇権(旧覇権国)の英国と、多極化を希求するNY資本家との利害調整(休戦交渉)のための国際会議が、ブレトンウッズ2として提案されている観がある。
そもそも、金融危機からの離脱のための国際金融規制がテーマであるのなら、金融危機に直面していないBRICや途上国群の参加や同意は、特に必須ではないはずだ。「ブレトンウッズ」などという、通貨覇権体制を意味する言葉を使う必要もない。
ブレトンウッズ2会議の開催を提案する記事をルモンド紙に書いた仏の2人の専門家は、EUがこの会議を提唱する理由は、EUが世界の中で最もまとまりのある地域ブロックなので、会議を引率できる唯一の地域ブロックだからだと書いている。この主張が意味するところは、ブレトンウッズ2会議で決定される今後の世界体制は、世界を地域ブロックごとにわけ、各ブロックごとに基軸通貨を設け、それが固定相場制で相互につながることを含みうる多極型であると思われる。
10月17日、英テレグラフ紙に「ブレトンウッズの再来は不要だ」とする論考が載ったが、そこでも「各通貨ブロックごとの協調を強化することは必要だが、固定相場制の復活は全く良いものではない」という論調になっている。
ドイツのシュピーゲル誌も最近、これからの世界体制を構成するのは「国家間の関係」(international)や「文明間の関係」(inter-civilizational)ではなく「帝国間の関係」(inter-imperial)であり、世界で最も有力な三つの帝国である、アメリカとEUと中国が「G3」を作って世界を動かしていくのが良いとする、大胆な記事を載せている。ドイツ人が「帝国」という言葉を使うと目を引くが、これは「地域ブロックごとの覇権国」と同じ意味である。
世界を地域ブロックごとのまとまりとして考えていく新体制が決定した場合、日本は中国を中心とする東アジアブロックに入ることになる。日本が望むなら「中国を中心とする」ではなく「日中を中心とする」という、日中対等の状態に変えてもらえるかもしれないが、このあたりのことは、まだ全く不透明だ。麻生首相は10月16日、拡大G8会議は、できれば開催されずにすんだ方が良いと述べた。日本が対米従属をやめざるを得なくなる世界の多極化を決めるブレトンウッズ2会議など、やらない方がいいという意味だろう。
▼金本位制に戻る?
1944年に決まったブレトンウッズ体制は、金本位制だった(71年のニクソン・ショックの金ドル交換停止で崩壊した)。欧州中央銀行のトリシェ総裁は「規律を取り戻すため、最初のブレトンウッズに戻るべきだ」と主張している。ここで気になるのは、トリシェは「金本位制に戻るべきだ」と言っているのか、もしくは「固定相場制の為替体制に戻るべきだ」と言っているのかどうか、というこだ。
世の中でよく言われていることは、金本位制は、金という鉱物の産出量に左右されるので、現代の微妙な通貨政策を行うにはふさわしくないということだ。また昨年までは「債券化やデリバティブといった金融の素晴らしい新技術は、金本位制の呪縛からドルを解放したからこそ現実化できた」とも言われていた。しかし今、債券化やデリバティブは「素晴らしいもの」から「忌まわしいもの」に変質している。
ここで一気に、金融界に規律を取り戻すのなら、金本位制に戻るという選択肢も、なきにしもあらず、という感じもする。そこまでいかなくても、今後、国際通貨制度を固定相場制に復活する動きがあっても不思議ではない。今後の国際通貨制度の青写真としてどのようなものが用意されつつあるのか、近いうちに見えてくると期待される。
(ネット虫)