日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

自分の監督は自分である・・・?!

2009-06-26 17:18:45 | Weblog
 60歳になると、見えないモノが見えてきている様な気がする。
 今までいろんなことに挑戦して、上手く行ったこともあるが、失敗も確かにしてきている。自分の能力、体力、他人との関わり、自分の性格、それなどを誰よりも自分自身が一番よく知っていると思う。
 この歳になると、今まで失敗と思っていたことが何か懐かしくなってくる。そして、そんな失敗が今の自分を育ててくれたんだなあとも思える様になっている。
 もう、無理は出来ないし、無理をしようとも思わない。世の中の渡り方も、今までより上手になっていると思う。
 何かを決断しないといけない時、多くの人の知恵を借りて、いろんな意見をまず聴くことは、大切なことだと思う。しかし、最後の決断は、自分でし、上手く行かなくても、決して他人のせいにしないことだ。自分は、多くの分岐点で、そんな生き方をしてきたと思っている。
 2浪して二期校の大学を受験をする時も、結婚相手を選ぶ時も、医局を選ぶ時も、大学の医局を出る時も、病院を辞めて(19床の入院設備を持って)開業する時も、それを閉院する時も。そして、その後、新たに病院に就職する時も、1年間フーテンの寅さんの生活を海外でして全く仕事をしない道を選んだ時も。更には、又、病院に就職する時も、そして、今年の3月31日に退職した時も。そしてそして、今、(海外で日本文化を紹介する為に)アルバイト医の道を選んだ時も。
 もちろん、家内とも相談するし、いろんな人と相談はしてきている。しかし、最後は、自分と慎重に相談して決めてきている。
 何やかんや言っても、自分のことは自分が一番よく知っていると思っているから。
 監督の自分、昔よりは、少しましな監督なっていると思っているが。監督との信頼関係も、最近、強固なモノになっているかな?!

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還暦での挑戦(その25、大成功)

2009-06-26 08:07:48 | Weblog
6月5日(金)
 朝、ベナラビー校とサウス校へ贈呈する色紙に字を書いた。ベナラビー校には、昔の夢という字を、サウス校には、誠と言う字を書いた。心を込めて。不思議なことに、自分でも今までで一番よく書けたって感じになった(書いた後、悔いが残ることが多いのだが)。
 いつもの様に、○ロ○さんが8:45に来てくれた。○ロ○さんには、ホント、大変お世話になった。一番お世話になった人だ。
 今日のベナラビー校では、今まで全く接してない低学年のクラスだった。
 2回クラスが入れ違ったが、上手くできて、子ども達も満足そうだった。太鼓が2つあると、全然違う。子どもに太鼓を打たせるにしても、その時間が半分に短縮できるからだ。
 午後のサウス校は、学校の行事の関係で、キャンセルになっていたので、最後にちゃんと教えられなくて残念無念。サウス校で教えたクラスの子ども達が、その内に、自分の曲をフェスティバルで演奏してくれるといいなあと思っている・・・(恐らく、ちょっと頑張れば自分たちで出来るはず。曲名を付ける様に、○ロ○さんに、伝言した)。
 午後、時間があったので、○ロ○さんと一緒に食事を摂り、○ロ○さんが薦めるおみやげ店に行って、(なるべく重くならずにかさばらない)オーストラリアの色がよく出ている感じのお土産を沢山買った。
 夜は、家内と一緒に、スコッティーズで、音楽を聴きながら(毎金曜の夜は、いつも、生演奏がある)、ワインを飲みながら、ゆっくりと夕食を摂った。音楽を聴きながら、異国の地で前で座っている家内は、いつもと違った感じに見えた。何故かなあ。こんな感じで1カ月、ずっと一緒にいること、今までなかったなあ。
 グラッドストーンの8つの学校で、クラスを代えながらデモした回数(30分間、40分間、60分間が多かったが)、何と(延べ数を含めて)67回もしていた。それに、市庁舎と友好協会の歓迎会とバックパッカーズでちょっとだけ篠笛を吹いた数を入れると、70回となる。
 大成功だったなあ。
*この日は、クイーンズランド州の誕生日で、ニュー・サウス・ウェールズ州から独立してちょうど150年目に当たるとのこと。

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