徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「ふがいない僕は空を見た」―性に翻弄されながらも生を受け入れる人たちの物語―

2013-01-14 18:00:00 | 映画


タナダユキ監督4年ぶりの、長編野心作だ。
窪美澄の衝撃の同名小説(山本周五郎賞受賞)を映画化した。
「性」と「生」を赤裸々に綴り、登場人物たちの、やりきれない思いや行き場のない感情と葛藤を描いている。
小説の方は、1章ごとに語り手となる主人公が入れ替わる原作だが、タナダユキ監督はこの短編連作小説を、映画ならではの生々しさの詰まった物語として再構築した。

生きる。
それだけのことに苦しみ、悶え、またそれだけに愛おしい。
原作は単に性を描き出していくだけではなく、そこからさらに踏み込んで、女性の妊娠、出産など、女性作家ならではの視点から、生という大きなテーマに向き合うストーリーだ。
冷徹な現実を生々しく描きつつも、ほのかな希望を感じさせる窪美澄の問題小説は、結構面白く読ませるが、映画の方は、弱々しくも必死にもがいて生きている男女の姿を、切なく綴っていく・・・。



     
高校生の卓巳(永山絢斗)は、友達との付き合いで行ったイベントで、“あんず”と名乗る里美(田畑智子)と知り合った。

卓巳は、アニメキャラクターのゴスプレをして、里美と情事に耽るようになるが、その写真や動画が何者かによって撒かれてしまう。
実は、里美は姑から不妊治療や体外受精を強要されている主婦で、彼女の情事を知った夫(山中崇)がばら撒いたらしい。
やがて卓巳は、自分が本当の恋をしていることに気づく。
しかし、状況は予期せぬ方向に・・・。

一方、卓巳の母(原田美枝子)は、助産婦として様々な形の命の誕生を見守っている。
彼女は、痴呆症の祖母と団地で暮らしている。
卓巳の親友・福田(窪田正孝)は、コンビニでアルバイトをしながら極貧の貧乏生活に耐えていた。
それぞれの登場人物たちが抱く、思いと苦悩は互いにリンクし合い、やがて一筋の光が見えてくるラストに収束していくのだが・・・。

この作品では、望まぬ不妊治療に苦しみ、空想世界に逃避し、自分の孤独を不倫で癒す主婦を、田畑智子が体当たりで演じていてなかなかだ。
物語は、卓巳と里美の関係性においても、複雑な心理を描いており、ゴスプレをして抱き合うというシーンはちょっと理解し難いが、当然二人の性的シーンも、役柄の上で大きな意味を持ってはいる。
里美に求められるままに、ずるずると卓巳は不倫関係を続けるが、卓巳には実は両想いの同級生がいて、彼女からの告白を機に里美との関係を断ちたいと思っている。

何のことはない、この作品は、性そのものをテーマにした群像劇なのだ。
しかし、ドラマは後半にさしかかると、不妊に悩む里美は人工授精から代理出産まで進み、それを望んでいない里美はどんどん追い詰められていく。
田畑智子の演技は極めて生々しいが、それはエロチシズムというより、もっと切実なな現実を見せつけており、嫌悪感や不快感はみじんも感じない。

タナダユキ監督「ふがいない僕は空を見た」は、誰もが抱える痛みをそのままに生きていくしかない、普通の人たちの物語だ。
恋人、親子、夫婦、友達、嫁姑という関係から立ち上がる、感情や葛藤はリアルに描かれ、ドラマの終盤近く、本物の出産現場の撮影シーンまである。
しかし、こうした多くの問題を、延々2時間半近くにわたって、かなりゆっくりしたテンポで語り継がれるドラマが、さて何を言いたかったのかとなると、解るようでよく解らないのだ。

性をひとめぐりして、生につながるとは、グロテスクであると原作者は言う。
ドラマのラスト、ヒロインが旅支度でどこかへ去っていこうとするシーンで、何を暗示しているのか。
タナダユキ監督は、上映時の舞台挨拶でその素朴な疑問に対して、「どう思ってくれてもいいんです。私は、女の自立に向かって一歩を踏み出すシーンとでも受けとってもらえれば・・・」と語っていたが、そこにこのドラマのもつ曖昧さと不可解さものぞく。

ドラマに、助産婦役で登場する原田美枝子にも存在感がある。
この群像劇では、現代の社会が抱える問題を背景に、人間個々の感情はかなり丁寧に描かれている気はする。
もともと、卓巳と里美のラブストーリーであると同時に、はじめから群像劇にしたいとの意図はあったようだ。
原作にしても、この映画にしても、女性の目と言うのは怖いほどである。作品を観てその意を強くした。
2008年、「百万円と苦虫女」日本映画監督協会新人賞を受賞している、1975年生まれの気鋭のタナダユキは、しかし次作が大いに楽しみな監督ではある。
余談になるが、この作品は第34回ヨコハマ映画祭(2月3日・関内大ホールで開催)では 「2012年度日本映画ベストテン」でかろうじて第10位に選ばれているが、出演俳優の窪田正孝最優秀新人賞受賞が決まっている。
    [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点