徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「引き裂かれた女」―古典的で老獪なみずみずしさ―

2011-06-17 12:00:00 | 映画

     愛は追うものか、追われるものか。
     愛ゆえに狂っていく、恋愛劇のサスペンスである。
     昨年死去した、クロード・シャブロル監督フランス映画だ。
     かつて、ゴダール、トリュフォーらと並び称された、ヌーベル・ヴァーグの旗手である。
     これまでも、彼らの華々しい陰に隠れていた感じだった。
     しかし、死の直前までに、54本もの長編作品を遺している。
     ただ、残念ながら、日本未公開の作品が多い。
     これも、その貴重な一作だ。

     この作品は、ニューヨークの社交界を騒然とさせた、実際の事件にもとずいている。
     シャブロル監督は、80歳になるまでヌーベル・ヴァーグの若々しさを保ち続けた。
     この映画は、簡単に言えば、どこにでもある、ありふれた男女の三角関係の物語だ。
     二人の男の間で、ヒロインを演じるリュディヴィーヌ・サニエをはじめ、女優陣は極めて官能的だ。
     しかし、それも‘匂い’だけといったらいいか。
     過激な描写があるわけではなく、すべて‘匂い’なのだ。
     スクリーンに見えていなくても、その部分の奥行きが、このフランス映画のもつ豊かさではないだろうか。




高名な作家シャルル・サン・ドニ(フランソワ・ベルレアン)は、リヨン郊外の田舎町で静かに妻と暮らしていた。
あるときシャルルは、ローカルTV局のお天気キャスターをしている、若い娘ガブリエル(リュディヴィーヌ・サニエ)と出会い、すぐに恋に落ちる。
二人は、書店のサイン会の帰りにオークション会場に立ち寄ったが、そこでガブリエルは、ハンサムな大金持ちの御曹司ポール(ブノワ・マジメル)に言い寄られる。
はじめから、ポールを無視していたガブリエルは、彼のあまりのしつこさから逃げ回っていた。
ポールは、10年前に亡くなった父の遺産を相続し、毎日仕事もせずにぶらぶらしていた。

老作家シャルルは、オークション会場で競り落とした一冊の本を、その場でガブリエルに渡した。
父娘ほども年の差のある、シャルルとガブリエルは、ともに諍いを挟みながら、ますます離れがたい関係になっていく。
そんなときに、TV局にいるガブリエルのもとに、突然ポールが花束を届けに現れる。
彼はガブリエルに求愛するのだが、折しもシャルルのカード付きの花束が届く。
メッセージを読んだ彼女は、ポールを置き去りにして、TV局を飛び出してしまう。

シャルルとガブリエルの順調な愛の日々が続いていたが、ふとしたシャルルの気まぐれに、ガブリエルを落胆させる出来事が起きる。
シャルルは、黙って長い海外旅行に出かけてしまい、ガブリエルが彼の仕事場を訪ねると、鍵も替えられていて、中に入ることもできなかった。
彼女は、ショックのあまり寝込んでしまう。

元気のないガブリエルを見舞いに、ポールが気分転換に海外旅行を提案する。
ガブリエルはポールとともに旅をしながら、徐々に明るくなっていった。
そして、ある日彼女は酔ったはずみで、ポールからの求婚を受けてしまった。
シャルルは、ガブリエルを決して忘れていたわけではなく、こうして二人の男に愛されているガブリエルには、また過酷な運命が待ち受けていたのだった・・・。

・・・一人の女と二人の男の話である。
ガブリエルは無邪気な娘で、老作家の百戦錬磨に翻弄される。
フランスの“ヒッチコック”の異名を持ち、2010年9月に惜しくもこの世を去った、ヌーベル・ヴァーグの巨匠クロード・シャブロル・・・。
フランス映画「引き裂かれた女」は、この映像作家が到達したサスペンス・スリラーだ。

正面から見れば、どうも三面記事的なスキャンダルだが、練り上げられた脚本の効果もあり、性格や年齢の異なる二人の男に愛される、ヒロインの思い込みの激しさゆえに、ゆがんだ恋愛関係に溺れ、自分を見失って行く様を実にスリリングに描いていて、サスペンスフルなラブストーリーである。
‘80年代’のトレンディドラマを想わせる設定なのだが、官能的な心理描写と細部(ディテール)まで行き届いた演出が、いかにもフランス映画らしいエレガントな恋愛劇に仕立て上げられている。
このあたり、シャブロル監督のお家芸というべきか。
主要な登場人物は三人だが、それぞれがなかなかの演技派ぞろいだ。
ひねりのきいた、おやっと思わせる、意外性のある最後など目の離せないシーンもあり、さすがにクロード・シャブロルの面目躍如である。


    *****  閑 話 休 題  *****

《クロード・シャブロル未公開傑作選》と題して、6月25日(土)から2週間限定で、横浜のミニシアター<シネマ・ジャック&ベティ>で、彼の日本未公開作品「最後の賭け」「甘い罠」「悪の華」の三本が上映される。
フランス映画ファンならずとも、クロード・シャブロル作品の知られざる傑作に期待が高まる。 

また、 《フランス映画祭2011》として、6月23日(木)から26日(日)まで、東京有楽町で、フランス映画祭が開催される。
「美しき棘」(レベッカ・ズロトヴスキ監督)、「消えたシモン・ヴェルネール」(ファブリス・ゴベール監督)など長編12作品が上映される。
一方、関連イベントとして、 『クロード・シャブロル特集~映画監督とその亡霊たち~』が、東京ユーロスペースで6月25日(土)から7月1日(金)まで、また東京日仏学院で7月2日(土)から7月24日(日)まで、それぞれ催される。