九州の200名山(続100名山といったほうがいいかも?)は、8座ある。そのうち高千穂峰と桜島はすでに終わっているので、残るは6座となる。ついでに300名山を調べてみると、200名山と同じ数でやはり8座ある。このたびは、200名山が目標なのだが300名山もいくらかは登ってみたいと思いながら出かける。
九州の南の端は鹿児島。その南端に突き出る大隅半島の根っこ部分に300名山の高隅山がある。高隅山という山は、いくつかの山々の総称。もっとも高い山が大箆柄岳(おおのがらだけ)1236mだ。しかし、私の持つ道路地図には高隅山1149mとある。高隅山群の中で1149mの山は小箆柄岳だから、地図が間違っているのか、あるいは、地元で小箆柄岳をそのように呼んでいるのかよくわからない。とにかく高いほうへ登るのが山登りの常識だろう。
5月29日(土)、5時25分松江を発つ。18時05分、「おおすみ弥五郎伝説の里」という長ったらしい名前の道の駅に到着。今日は、ここで車中泊とする。目指す山は近いから、あす朝登山口まで行けばいい。今日は道の駅の風呂に入りゆっくりする。
やごろうの像 高さ15m やごろうの湯
ハクショウ 三葉の松 はじめて見ました
大隅弥五郎とは、大和朝廷が全国統一の過程で生まれた英雄。ただ、朝廷側の人物か反朝廷側なのかはっきりしないそうです。
車中泊をともなう山行に出かける場合、いつも気を使うのが駐車場の確保。登山口にきちんとした駐車場があればいいのだが、200名山や300名山となるとあまり整備されていない場合が多い。トイレに風呂、それに売店あれば最高だがそんな環境はあまり期待できない。近くに、道の駅や高速のパーキングなどがある場合、そこを利用したほうが薄暗い山奥に車を停めるよりはるかに能率も良く、快適に過ごせる。このことは、多くの名山めぐりの中から学んだことの一つだ。
30日(日)、7時登山口をスタート。昨夜泊った道の駅からここまで約1時間かかった。
国道404号線、高隅ダムを少し行くとこの標識があります。ここを右に入る。
登山口です。車が数台停められます。近くに沢もあります。
登山口には、縦走に要する時間が記してありました。大箆柄岳まで登り1時間30分、下り90分とあります(?)。
頂上です。バックは高隅連山です。縦走すれば一日は優にかかる。
ミヤマキリシマが咲いていました。
大箆柄岳遠景。
高隅山は大箆柄岳のみとしたので早く終わった。次に目指す山は、市房山だが途中寄り道をする。それは、五木の子守唄で有名な五木村。どんなところだろうかと期待はしていたが、道も建物も真新しくて、当時の様子は道の駅にある資料などで想像するしかない。
裏は険しい山々、前ははるか下に川が流れています。道の駅「子守唄の里五木」があり、温泉もありました。五木とは、「居着く」からきたようです。何が居着くかといえば、平家の落ち武者を追いかけてきた源氏の兵士たちが居着いたのでこのようによばれるようになったそうです。唄にある、「…あんひとたちゃよかしゅ」のよかしゅが源氏で、その下で貧しい暮らしを余儀なくされていたのが平家の落ち武者たちの子孫だそうです。哀愁をおびた子守唄は、日本の民謡の中の傑作と言われています。
年季奉公に出された幼い娘は、はるか山奥の故郷を望みながら盆が来るのを待っています。盆で年季が切れるから「盆から先はおらんど・・・」という唄になります。
夕刻、市房山キャンプ場に着く。テント代金1000円を払いテント泊にする。しかし、1000円は全国的にみてもだいぶん高い。北海道では高くて500円くらいだ。
写真後ろ奥の山が、市房山1722mです。大山よりちょっと低い。宮崎県では1756mの祖母山が最高峰。
5月31日。6時スタート。キャンプ場から登山口は近い。間もなくこの写真のような参道に入る。
1時間ほどで神社に着く。ここには、コンクリートでできた休憩所もあり、近くに水も流れていた。かって深田久弥は、春雨に煙る日湯山の旅館から傘をさしてここまで登り、「雨に罪を負わせ」て引き返している。
市房山のすごさは、杉の巨木にあるといってもいい。大きさは屋久島杉に引けをとらない。樹齢千年の古木が林立する様は圧巻だ。
カッコウの 声は下界に 市房山
カッコウがしきりに鳴いていた。やっと頂上が・・・。
キャンプ場が見えます。
天気さえよければ九州中央部の山々も見えたかも知れません。
9時10分、1722m市房山頂上。下山が11時55分でした。
ツクシアケボノツツジです。このツツジ、以前はアケボノツツジ(四国に多い)の仲間とされていましたが、どうもヤシオツツジ(本州中部から北に多い)の仲間に近いようです(案内板にそうありました)。
ツクシアケボノツツジは背丈が高くなるのが特徴のようです。
下山途中にオレンジ色のツツジを見ました。
下山後、すぐ近くの湯山温泉へ。湯元旅館で汗を流しソバをいただく。少し太めの田舎ソバだった。最近、細めのソバが流行りのようだけど太めもよい。さっぱりしてから山越えに入る。この頃から天気は下り坂。途中、若山牧水のふるさと東郷町を通過する。牧水記念館に寄ってみたかったが、雨も降りだすし日も暮れかけていたので通過する。石川啄本が姫神山なら、牧水は尾鈴山。牧水は、酒と旅を愛した詩人として有名です。
いく山河 越え去り行かば寂しさの 果てなむ国ぞ今日も旅ゆく
(この詩は、確か中国地方のどこか詠んだもののはず。彼もあちこち歩いています。)
国道388号、446号を経て道の駅日向に車を止める。 尾鈴山の登山口は、国道10号の線の都農町から入ることになるので、遠回りにはなるが仕方ない。口蹄疫の防除対策があちこちで行われていた。