年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

二十歳の原点を考えたい

2018-03-16 00:00:00 | Weblog
 学生運動が盛んだった頃、京都立命館大の学生高野悦子さんが遺した「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」。この言葉は重かった。 一貫して流れることに「孤独」、内面との葛藤が突き刺さってくる・・・そんな記憶がある。
 以後バブルがはじけるまで日本列島至る所気が狂ったように孤独は暗いことであり、未熟さは軽蔑の対象であるような、明るさだけが善であり正義であり真理であるような環境が整備され意識づけされるるような錯覚を受けた。
 つまり「暗い」ことは悪であり虚であり近づくのはいけないこと・・というようになったと思う。人の足を引っ張って笑いを狙うがごとく軽薄なテレビ番組が増えた。それらが何も批判することがないように受け入れさせられたような感覚。

 でも必ず社会の片隅に息をひそめるように生きている人たちがいた。きらびやかな明るい場所が自分の住む所だという風に流れていくことに息苦しを覚えるものが大量にいたにもかかわらず・・。
 虚飾に包まれた今の繁栄の中で窒息してしまいそうな若い人が多くいるんだと。でも、・・・
 この本「画家たちの二十歳の原点」なる画を見ていると精神的にすさまじく暗い闇夜の今から脱出しようとした二十歳前後の画家に会える。

 あの熊谷 榧さんのお父さんの守一さんも

 自分は何をしたい人間なのか、

 孤独とどのように向き合うのか 

 自分を見つめる、

 心の落ち着き先を求めるがごとくに

 自分のあり様を描く、

 前を向く、道を探す、

 生きるとか

 優しさとか、難しいことだけど

 いったいどういうことなんだろう

 誰でも経験する20才前後の息苦しさ、ストラッグル状態の自分が通り過ぎる、

 これらすべて二十歳前後の時それぞれの作家の作品群。