暘州通信

日本の山車

玉依姫 様 (六〇一)

2013年09月15日 | 日本の山車
玉依姫 様 (六〇一)
 >ちょっと一休みしてヤマトの秋を偲んでみようと思います。日本の秋景色はどこも素晴らしいと思いますが、やはり、大和は傑出した風格と風情がありますね。古い時代よりの文化の積み重ねがあのような風情を造り上げたのでしょうか、何度訪れても、また尋ねたくなります。
 ……ほんとうにそうですね。

   行く秋の 大和の國の 薬師寺の 塔の上なる ひとひらの雲     信綱
 
 昭和三〇年初期のころは、唐招提寺から薬師寺にいたる道は、まだ舗装もない、崩れかけた土塀が続く味わいある道でした。古いお話ですが、【入江泰吉氏】が、大型カメラで、西塔の礎石にたまった水溜りに東塔の相輪の飛天が写るのを撮影されていました。私も本堂や境内を撮影したのでしたが、
 入江氏のカメラ・アングルで自分も撮影してみたことがあります。
 その後訪れた、薬師寺の本堂は跡形もなく解体されて、かつての本堂や、その他の建築物のあった場所は虚しい空間となり、背後にはそれまで見えなかった景色がありました。それは、一瞬呆然とする光景でしたが、旧建築物を撮影したのと同じ場所で、カメラを構えて空間を撮影したのを覚えています。ちょうどそのころ、朝日新聞が、「変貌する山河」という題で写真を募集していたことがあります。
これに【前後二枚の写真】を応募しようと思ったのですが、結局取りやめました。ここに東塔と西塔が備わり、立派な伽藍が建立されたことはあとで知りました。
 まだ、カラー写真のなかったころ、大和路を重い大型カメラを担いで撮影された、入江泰吉氏の写真は、あの時代にあの傑出した美意識をお持ちだったことと、その後の時代の変遷を考えると、現代では失われたものが大きいですね。

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