暘州通信

日本の山車

◆32558 稲作と祭祀 四二

2011年12月27日 | 日本の山車
◆32558 稲作と祭祀 四二 
 これは仮説である。
 賀茂氏は海神族(綿津美氏)についでいちはやく肥前(長崎県)から筑紫(福岡県)にかけて定着し、海神族(綿津美氏)と友好的な関係のもとにさらに東に勢力を伸ばし、やがて渡来した、韓半島
(おそらく新羅)からの渡来人と融和した。豊ノ國(豊前、豊後・現大分県)。豊ノ國は【ヤワタ】の國である。これは、また【ヤマタ、ヤバタ】でもあった。【ヤマタ、ヤマダ】もこの範疇に入るだろう。【ヤマタイ】のタイは現在でも使われる九州地方方言の語尾変化であろう。【ヤマタ】はさらに【ヤマト】となったであろうことは想像に難くない。魏書の著者が百余に分かれた日本の小國のうち三〇國と交流があったと記述するその三〇國は倭を統率する大倭、すなわち大和だったはずである。
 紀元前後には豊の國は宗像から国東にかけて一大繁栄国家だったはずである。
□外部リンク
「日本の山車」を執筆している一人閑(ひとりしずか)と申します。早速ですが、貴方のブログ記事を「外部リンク」として紹介させていただきましたのでお知らせします。もしご迷惑でしたらお申し出ください。削除いたします。
◇日本の山車 ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/ypjcd447/
◇日本の山車 ホームページ
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◇今日の出来事から ほんだ誉田洋一の雑学日記
2005/3/28(月) 午後 2:07
... 北前船なる日本の定期航路のような話も、三〇石舟の森の石松の話など昔から船による航海の話など色々聞かせていただい ... 侍時代の日本人の史跡があり、タイにも行きますと山田長政の史跡がありますので ... また東北地方の繁栄や紅の事など知らないことを沢山教え ...
 http://blogs.yahoo.co.jp/shoueikai/886105.html

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