暘州通信

日本の山車

●911 していいこと・いけないこと

2006年12月06日 | 行政・司法問題
●911 してよいこと・いけないこと。
 ひとはおのずから分かっている。法〇〇条により処罰されますよ。などと小難かしいことを言わなくてもだいたいはしてはいけないことはわかっている。その基本は幼児教育、家庭教育における成長過程で身についてゆく。
だから、ひとは、していいこと、わるいことを身についた常識と思っているし、道から外れないことで社会秩序が守られている。
幼児が井戸に落ちようとしているのをみて飛んでいって止めるのは「人間の本質」で(孟子)あり、人間の性は善であるというのはよく知られている。
だが、生まれながらにして善人で、すべての行いが善である人はいないし、おなじように生まれながらにして悪人で行ないすべてが悪人もいない。
すなわち、善良にひとがときに悪に手を染め、悪い人と烙印を押されているような人も善行をはたらく。
善・悪の尺度は一般社会では常識のものさしではかり、その長短には個人差がある。
ところで、頻繁に起きている行政不正、警察不祥事。
逮捕され立件される事件? 事件にならない事件?
諸悪の尺度をはかる司法と行政のものさしは近頃余りにも狂っているのではないか?
裁判官・検察官・警察官の資質がいちじるしく低下し、さらに下がり続けていることを痛感している。
身近でたとえば、岐阜県の裏金の元凶でありながら逮捕されない梶原拓前岐阜県知事。産業廃棄物フェロシルト問題の総責任者たる石原産業田村社長。
規矩の尺度が歪められていると感じるのだが……。

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