暘州通信

日本の山車

玉依姫 様 (二三〇)

2013年05月06日 | 日本の山車
玉依姫 様 (二三〇)

【東西文化の回廊】
 四 神社の来た道
 これは仮説です。
 日本列島に縄文文化を築いた縄文人はおそらく北方から次第に南下したアイヌ民族だったと推定されます。その歴史は前期、中期、後期の三期に分けるのが一般的ですが、その全期間およそは七千年くらいでしょうか。かれらの生活には信仰があったことが出土品の中に土偶が見られることからほぼ間違いないでしょう。現在から見ればおよそ一万年前に原日本人の生活が始まったといえそうです。
 縄文人は時代がさがるに従い次第に南下し、本州四国、九州にいたり、さらに海を越えて西に進出し奄美諸島を経て沖縄にまで達していたことは、出土品で明らかになっています。さらに、壱岐島、対馬を経て韓半島(朝鮮半島)に渡ったこと。中国の北部にも縄文人の痕跡があって、これらの地域にも【縄文人・古代日本人】が定住していたことは明らかです。
 言い換えれば、縄文人・古代日本人の生活圏は、北部アジア大陸、樺太、北海道、本州、四国、九州、奄美諸島、沖縄。さらに韓半島(朝鮮半島)、中国北部まで版図を広げていたと推定されます。

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