暘州通信

日本の山車

◆11260 日田神社

2014年10月16日 | 日本の山車
◆11260 日田神社
□所在地 島根県松江市(旧鹿島町)佐陀宮内
□社名 日田神社(ひたじんじゃ、ひだじんじゃ)
□祭神
ヒタノカミ 日田神
□汎論
 【日田神社】は延喜式神名帳、出雲國一八七坐中、秋鹿郡(あいかこおり)に記載されるうちの一坐。島根県松江市(旧鹿島町)佐陀宮内にある【佐太神社】の境内社となっている。往年の罹災により現地へ遷座されたと伝わるが、旧地は不明。大分県の日田市、岐阜県の飛騨(ひだ)越後國妙高北麓の斐太神社につながる【日氏による古祭祀】をうかがわせるが、その事蹟を知る手がかりが見当たらない。
 佐太神社の創祀も古く、サタミコオオカミ(佐太御子大神)ほかを祭神とするが佐太御子大神は『出雲國風土記』に記載される【佐太大神】と同一神とされる。【佐太大神】は神魂命、キサカヒメノミコト(枳佐加比賣命)を母とし、加賀國の潜戸で生まれたと伝わる。
 明治期維新期に【松江藩神祠懸】より、佐太大神と猿田彦命を同一神とする見解から、祭神変更を命じられたが神社側では拒否している。
 【サタとヒタ】はなんとなく訓(よみ)が近いが、何らかの関係があるのだろうか。
 江戸時代末期に、飛騨の名彫刻家で、飛騨惣社の屋臺建造でも知られる松田亮長(まつだすけなが)が当社に参詣し、その様子を記した手紙を谷口與鹿あてに送っている。松田亮長と谷口與鹿の合作になる旧高山町馬頭組(現高山市)の山車(屋臺)【應龍臺】は、火災に遭い焼失したのは惜しまれる。
【論攷 延喜式神名帳】