一言、云いたいね

社会の状況を見て一言云わせて貰う

尖閣諸島の衝突事件ビデオを見て

2010-11-05 15:43:12 | 日記
このビデオが本物か偽者か、それはなんともいえないが、本物に近い、と云うのがその感想。もし、このビデオが本物としたら中国の要人はどのように言い訳をするのだろうか。彼らは世界に向って、総て日本に責任がある、とはっきり言い切った。この言葉、どこかで聴いたことがあると思ったら、確か毒入り餃子事件のときにも同じことを言っていた。中国の要人はウソを言っても責任を取らなくてすむ国なのである。
日本政府は、今のところコメントを出していないが、何も出さない方がいいのではないか。中国がコメントを出すとしたら、このビデオ流出の責任者は誰か、と云うことぐらいであろう。中国が中身についてコメントを出したいのなら、勝手に出せばいい。要は、中国が主張していた、日本が総て悪い、と云うことが総て間違っていたということであろう。
この種の事件は、中国や北朝鮮の主張がよく似ていることに気がつく。彼らは総て外の国がやったことが悪く、自国がやったことが総て正しいのである。そのように主張することによって自国の国民を欺き、国内での不満分子に適当に不満をぶつけさせるのである。今の中国は、チベット問題、新疆ウイグル地区問題、など総て少数民族に絡んだ問題なのである。国内の問題を総てベールの中に隠そうとしてもそれは無理と云うもの。インターネットの力には勝てない。情報は至る所から漏れてきて、中国の内情を洗いざらいさらけ出している。
以上の状況から、尖閣諸島の問題は新たな展開になるのではないか。中国はこの事件についてはここで幕を引くことを考えている。一切のコメントを出さないで、日本には勿論誤ることもしないで。日本は中国の対応にどのように答えていくのか。
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コピペ論文で何が得られるか

2010-11-05 05:27:54 | 日記
コピペ論文が極めて多く出回っているという。この種の手法で書かれた論文に何の意味があるのだろうか。得られるものは何もない。卒論、修士論文、博士論文、など様々な論文があるが、何故、こんなことまでしてやらなければならないのか。ここまでやって学校を出て社会に放り出されて実際に活動すると、直ぐに化けの皮が剥がれる事は眼に見えている。自分自身の考え方が全くないからである。
コピペ論文が余りにも多いため、これを検索するソフトが出来ているという。この種のソフトを使うと、コピペにより引用した部分が即座にわかるという。論文で他の文章を引用した場合には、書籍名、著者名を記すことになっている。しかし、コピペ論文はその引用がただ事ではないのである。最大で文章の半分くらいが該当することもあるという。
文章を各能力が衰えたということかもしれない。自分の考えを文章に纏めるということは重要なことである。論理的な考え方が出来ているかどうかであろう。考え方に矛盾があると、起承転結がうまくいかない。結論が先走ってプロセスに疑惑が生じる。論文に核と云うことは、考え方を纏めることであり、他人に説明することでもある。
コピペに走って何を得られるのか、考えると簡単なことである。人間性が解ってしまう。幾らいい大学に入り、卒業したとしても、大学の皮をかぶっているだけで、中身のない人間が出来てしまう。しかし、コピペ論文は、何も日本だけのことではないようだ。諸外国でも非常に多く見られるとのことである。
コピペは論文だけに留まらないのが世の中。芸術作品でも問題がおきることがある。人間の頭は、ものを見た瞬間、どこかにそのものが記憶され、何かの拍子にそれが出てくることがある。それが、自分の考えだと思い込んでいるが、実は過去にどこかで目にしたものが出てきたものである。自分自身は、過去に目にしたものとは思っていない。自分自身の考えだと思い込んでいるのだ。
知的財産といわれる工業所有権は、世界各国でそれを守るために大変な努力を重ねている。中国は知的所有権を世界で最も軽く見ている国の一つである。模倣物が反乱している。本来国が取り締まらなければならないのに、野ざらしにしている。この国の将来はどうなるのだろうか。
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