さぶりんブログ

音楽が大好きなさぶりんが、自作イラストや怪しい楽器、本や映画の感想、花と電車の追っかけ記録などをランダムに載せています。

東郷平八郎ビール

2013-07-31 23:46:45 | 飲めない奴のビール探訪
東郷平八郎とビールに何の関係があるのかわからないまま、ただ面白そうという理由で買ってしまった。



アルコール度数4.5%。ライトで飲みやすい。



ただ、飲みやすいというだけで、特に特徴がない。

なぜ東郷平八郎なんだ・・ということが全然分からなかったので調べてみた。

もともとフィンランドで、東郷平八郎がラベルになったビールが売られていたが、これは東郷平八郎だけがラベルになっていたのではなく、ピューニッキ醸造所というところが「提督ビールシリーズ」のラベルの一つが東郷だったということである。

当初は東郷やネルソン等の世界的に有名な提督6名(6種類)のラベルでスタートし、その後24名まで増え、日本人では山本五十六のものもあったという。

東郷平八郎はイギリスでは「東洋のネルソン」、ドイツは「東洋のティルピッツ」と呼ばれ、海外でも名が知られていたからね。「日露戦争においてフィンランドを統治していたロシアが敗れたことで、フィンランドでは独立の機運が高まったこともあり、フィンランド国民はこの東郷ラベルのビールを飲んで往時をしのぶ」とフィンランドの元首相カレヴィ・ソルサが語ったと平成9年(1997年)10月6日の朝日新聞に載った・・と書かれているサイトもあるんだが、ロシア海軍・バルチック艦隊の提督であったマカロフとロジェストヴェンスキーもちゃっかりラベルになってたらしいんだよね。

なお、フィンランドのピューニッキ醸造所は残念ながらが被買収により提督ビールシリーズの生産を平成4年(1992年)で停止してしまった。なので、このビールは復刻版として日本で作られているものだという。

そういうことを知らないと、何の感慨もなく飲んでしまうよね。

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みそ汁専門店!

2013-07-30 23:14:43 | 食いしん坊レビュー
世の中に「みそ汁専門店」なるものがあるとは知らなかった。

丸の内KITTEのB1の「味噌汁専門店 美噌元」という店なんだが、今日もついつい行ってしまった。これで3回目。

普通、定食モノを食べる時は、ごはんのお茶碗と、みそ汁のお碗って、ほぼ同じ大きさか、お茶碗の方が大きいでしょう?

でもここのはさすがみそ汁専門店だけあって、お碗の方が圧倒的に大きいのだ。

直径が割り箸の長さよりちょっと小さい程度。丼よりは小さいが、普通のお碗よりははるかに大きい。

ここで具沢山のみそ汁とごはん+トッピングの3点セットを店内で食べることが出来る。

正直、あまり安くないし、ガッチリ食べる人にとっては量も少ない。

それでも、足が向いてしまうのは何故か?

思うに、みそ汁もさることながら、トッピングがやたら美味しいのである。



トッピングは5種類ぐらいから選べるんだけど、初めて行った時に、アミの佃煮(すぐ上の写真左)がめちゃくちゃ美味しくて、2回目もアミの佃煮にした。

で、3回目の今日もアミの佃煮目当てで行ったんだが、何故かメニューから消えててがっかり。代わりに肉味噌(冒頭写真左)を頼んだら、これがまた美味しくてね~。

胃が疲れてて、今日は軽く済まそう~なんて時にちょうどいいかな。

私はそもそも夜に食べ過ぎなんで、これくらいがいいかもしれないな・・な~んて思いつつ、幸せな気分で家に帰ってきた。

☆ ☆ ☆

で、今ブログ書きながら、めっちゃお腹すいてるんだけど、もう食べないぞう~!

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シュレッダーは製麺機から

2013-07-29 23:04:44 | 読書録
(【読書録】歴史のミステリー59)

いまやオフィスに欠かせないシュレッダーは、高木禮二さんという日本人が製麺機から思いついたものだった・・・という話ってもしかして有名? 

何か聞いたことがあったかもしれないが、少なくとも私の頭は本件については空っぽだった。っていうか逆なら私も考えたことがあるんだよね。

かなり昔、クレジットカードのポイントがたまり、年度末にプレゼントと引き換えるとき、個人用のシュレッダーと引き換えたことがある。手回し式の1枚ずつ入れるタイプの。

1枚切りとはいえ、なかなか立派な歯がついてたんだが、使えないことに本当に1枚しか入らない上に、手で回すのは結構疲れる。自宅用だと、自分の宛名が入ったDM封筒とかを裁断したいというニーズが強いだろうが、封筒だと紙二枚になっちゃうからもう切れないのよ。これならハサミで切ったり手でちぎった方が全然楽。

せめて、これでパスタでも作れたら使えるんだけどな~と思いつつ、結局捨ててしまった。シュレッダーは実際には製麺機の着想で作られたと知って、実は私は凹んでいるのである。

・・・

歴史のミステリー59を読んでて、他にも「ベトナム戦争で使われた枯葉剤は、実は第二次世界大戦中にアメリカとイギリスによって開発されたもので、日本の本土を壊滅させる最終兵器として使用される予定だった」という話が出てきて、震撼となった。

これも何か若い頃聞いた覚えがあるような・・・でももし聞いたことがあるとしたら、それを忘れてしまう私って何ておめでたい人間なのだろう・・とまた凹むのであった。

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ゴールドベルク変奏曲は不眠を治すための曲だった!

2013-07-28 22:35:39 | 読書録
(【読書録】歴史のミステリー60)

本日、7月28日は大バッハことヨハン・セバスチャン・バッハの亡くなった日に当たる。奇しくもバッハの代表作品「マタイ受難曲」の練習日だ。

朝から頭痛に悩まされながらも、何とか職場合唱団の「マタイ受難曲」の練習に参加。私は2コアのソプラノだが、この曲にはppの高音が頻発するため、音量は小さいがピッチ正しく、きれいに響くppの練習になると思って、気合を入れて腹筋を使いまくり。おかげで練習後半には頭痛はどこへやら。

ということで、今日はバッハにちなんだ話を。

ちょうど先週読んだ「歴史のミステリー60」に、「伯爵の不眠を治した大作曲家」として大バッハが登場していた。その、不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のために作ったと言われる曲が「ゴールドベルク変奏曲」だという。

あ、そうか・・・それであの曲はあんなに眠いのか・・・。あの曲は、と語れるほど私は「ゴールドベルグ変奏曲」を知らなくて、とにかく聴いてると2~3分で眠くなるもんだから、全曲なんて聴いたことがないのである。そもそも最近の私は、夜帰ってくると眠くてあっという間に寝てしまう。ブログの更新に青息吐息なのはそのせいなのだが、涼んでいる途中とか、着替えている途中に寝てしまわないように、寝るならちゃんと寝る格好をして寝るように・・ということに日々気を使わなければならないほど、不眠とは縁遠い生活をしている。

なので、「歴史のミステリー60」を読んで、「ゴールドベルク変奏曲」をちゃんと聴いてみようと思った私は、youtubeでこの曲を聴き始めはしたものの、お定まりのように寝てしまった。全部で30変奏曲あり、アリア~変奏曲30曲~アリアと言う風に全曲通すと47分くらいかかるらしい。私には全曲聴き通す自信がない。

この変奏曲、適当に抜粋できるらしく、状況に応じて長くも短くも出来るため、就寝時の音楽としては最適だとか。そして、くだんのカイザーリンク伯爵は、「ゴールドベルク変奏曲」のお陰で見事に不眠症を克服したというが、これはあくまでも逸話であり事実であったかどうかについては疑問視する声もある。「ゴールドベルク変奏曲」を聴くと眠くなってしまう私の立場としては、是非事実であって欲しいと思うのだ。
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千葉商大「こうもり」無事終了!

2013-07-27 23:35:18 | ただの日記
同大学でのレクチャーコンサートで、今年度の名作オペラ劇場の最終回を飾るヨハンシュトラウスの「こうもり」の第2~3幕、張り切ってやってきた! 

ソリストの先生方の素晴らしい歌とセリフ、演技が見事で、本当に見応えのある「こうもり」になった。もちろん私達も頑張ったし。

☆ ☆ ☆

オペラ本番の朝は、オケや合唱団の本番や発表会の朝とはまた違ったワクワク感がある。私は本番会場での場当たりやGPが結構好き。実際に衣装を着て、本番の場所を動いてみて気づくこともあるし、練習してきたことが変わることもある。でもそれはそれで大切なステップなのだ。

ということで、当日も場当たりとGPのために、早くから千葉商大に集合。先月上旬に、ここでリゴレットの本番をやったばかりだが、1ヵ月半ぶりに来てみて、キャンパスに足を踏み入れるなり懐かしい気持ちでいっぱい。



早く会場に着いたので、キャンパス内を歩いて時間をつぶしていたらこんな噴水を見つけた。強い日差しに水がキラキラ輝いて美しい。本番前に、いい目の保養になった。



今回も所属オケ選抜メンバーといつもお世話になっているピアノの先生が伴奏をしてくださった。オケメンバーは、先週あのベトベトの演奏会が終わったばかりなのに、一週間足らずでまた本番。もし自分が弾く立場だったらとても無理だと思う。

歌の方は、今回は日本語だということで、暗譜が本当に楽だった。っていうか、暗譜しようとしなくても、練習に半分くらい出るだけで、自然に暗譜できていたのでビックリ。

さて、本番。2幕の冒頭から合唱があるので、袖にスタンばっていたら、マエストロがお客様に向かって「合唱の人達も単に一緒に歌うだけではなく演技していますから、みなさん合唱の人の一人ひとりの表情や演技によく注目してくださいね」などとおっしゃるので、「いや~ん、プレッシャー」とか思いつつも、とても気合の入った出だしになった。

ソリストさんたちは歌はもちろんだが、セリフが面白くて、笑いをこらえるのが大変。日本語ならではの良さというか、日本語ならではのギャグがいっぱい詰まっていて、狙い通りにお客さまにウケているのが本当に嬉しかった。

乾杯の歌の時は、本物のグラスを持って、ソリストさんが歌っている時にみんなで位置を変えながら、色んな団員さんとグラスをカチカチと交わし、なかなかキラキラと華やかな感じになった。狭い舞台で、みんながドレスを着ている中での移動は大変だったが、狭い舞台は狭い舞台なりの演出があるもので、よく考えられてるなぁと、演じながら感服していた。

3幕の最後、また舞台の上に合唱団が集結する時、私は何人かの団員さんと共に、牢屋の中から飛び出したけど、ドレスで飛び出すのは結構大変だった。そんな経験もここじゃないと出来ないことかもしれない。

演じた私達も楽しかったが、お客さまにも大変喜んでいただけたようで嬉しかった。また所属オケからも何人か見に来てくださった方がいらして嬉しかった。

この日は講座の最終回だったので、受講されたお客さまの中で皆勤賞の方を表彰する時間もあり、合唱団はみんなで後列に並んで一緒に拍手。そして終わった後は、みんなで出口の前に並んで、お客さまを見送った。結構声をかけてくださる方も多く、本番後はすぐに撤収せずに、こんな風にやるのもいいなと思った。

今年度のレクチャーコンサートはこれで終わりだが、来年度も期待してくださる声が多く、来年に向けて何が出来るか、とっても楽しみ。
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【読書録】100年前の写真で見る世界の民族衣装

2013-07-26 23:05:45 | 読書録
ナショナル ジオグラフィック編

私は、小さい頃から普段着る服には全く無頓着で、ファッションセンスもないのだが、民族衣装とか、服飾史とかはやたら好きで、小さい頃から百科事典でそういう服のカラーイラストが載っているページを良く見ていたな。漫画でも民族モノは大好きだし。

この本も、本屋でこの表紙を見て、いきなり買う気になった。表紙に載ってるコインでジャラジャラの女性・・これはアルジェリアの女性なんだが、とっても素敵ね。

実は私もトルコに行った時、コインじゃらじゃら・・じゃなくてチョロチョロっとついている鉢巻のようなものを買ったことがある。毛糸のショールと、スカーフとそれがセットで千円だった。

↓これがその時の写真(当ブログで既出)


そもそも小さすぎてコインがチョロチョロついてるかどうかも分からないかも知れないけど、断捨離と称して捨ててしまったのが悔やまれるな。もっともショールの方は今だに大活躍中だが。

・・・またひとりよがりな脱線をしてしまったので本題に戻ると、この本は今の写真じゃなくて、1900~30年代の写真で構成されていることに価値があると見た。服装の地域差というものは時代を経るごとにどんどんなくなって来ている。100年前も都市部では国をまたいだモダンなファッションが流行していたが、多くの場所ではまだ伝統衣装が残っていたのだ。現代の素材で作られた民族衣装を短時間着ただけでは「板についた」着こなしは難しいが、本書では100年前の人々が普段の生活の中でどう来ていたのかが分かる点が貴重だと思う。それだけに、一部白黒になってしまっている点には目をつぶろう。

写真の点数が多いので一つ一つコメントすることは出来ないが、ふと思った印象としては、現代の人はオシャレになったとはいえ、頭のかぶりもののオシャレに関しては随分と廃れてきたものだ、と思う。逆に、ショールをかぶったり、アクセサリーを頭に付けるだけでも民族風になる・・ことの裏返しなのかもしれないけど。

女性の写真はいっぱいあるのだが、男性の写真は少ないね。でもたまにドキッとするようなイケメンの写真があったりする。独断と偏見で私が気に入った男性写真をこの本の中から選んでみた。

1.「エミール」と呼ばれる高位のアラブ人男性(シリア、ダマスカス)
  →鋭い眼光に痺れました。奥さん沢山いるのかしらん?

2.きらびやかな上着とネックレス、耳飾りで着飾った、
  ルソン島北部に暮らす身分の高いカリンガ族の男性(フィリピン、ルソン島)
  →少女漫画に出てきてもおかしくない感じです。

3.制服をまとった、ペルー救世軍のメンバー(ペルー)
  →引き締まった顔立ちがなんとも~

こんな風に文章で書いても全然わかんないですよね。興味を持たれた方は是非この本を探してみてください。

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同僚のお子さまに誤解される!?

2013-07-25 23:53:13 | ただの日記
友人の日記を読んでいたら「先輩のお子さまにアイドルのように思われていて、実際に会ったらガッカリされそうで怖い」なんていうくだりが出てきて、私にも同じような話があったなぁ・・とほくそえんだ。

ただ私の場合はアイドルではなくて、何か違うものだったんだが。

6~7年くらい前の話だが、当時の同僚が、家に帰るなり、私についてあることないこと面白おかしく話していた時期があり、とにかくその話に奥様が大喜びだったそうな。

奥様が「今日のさぶりんについて話さないと家にいれてあげません」とか冗談で言っていたら、お子様が私の名前を覚え、同僚が家に帰ると、まず「さぶりんは?」と言うようになってしまったと。「さぶりんは?・・じゃなくて、お帰りなさいでしょ!」と言って、さすがに怒ったとか。

そのお子さまは私を怪獣だか何だかのように思っていたみたいで、「人間だとバレたら泣いちゃうかもしれない・・・だから家で(私の)ブログは見せない」なんて事を言われたことも。いったい家で何を話してたんだ?

で、その数ヵ月後だったか1年後だったとか、家族で買い物に言った時に、そのお子様が「さぶりんと一緒に写真撮る」と言って騒ぎ出し、撮った写真というのを見せられた。同僚に抱っこされた得意げなお子さまの顔が印象的な写真だったが、その隣に写っていたものは、どっかのガス会社かなんかの炎型のキャラクターだった。ゆらりだったかふらりだったか・・今サイトを検索しても出てこないんだが。

ということで、その子が私をどう思っていたかは何となく分かった。良かった・・怪獣じゃなくて。

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バンダナ

2013-07-24 23:19:17 | 身近なちょっと可愛いもの
私は、ふつ~の会社員にしては珍しく、バンダナのヘビーユーザーである。っていうかバンダナをしてない日はない・・といっても過言ではない。

バンダナ自体は若い頃から使っており、頭から猛烈に汗をかく私は、自分の頭から床に落ちた汗に足を取られて転んだりしないよう、空手やエアロビクスの練習の際、鉢巻のように頭に巻いていたのである。

それがどうして首に巻くようになったのかというと、30代後半のある日、演奏会前に風邪気味になり、早く治そうとして首に巻いたところ、イイ事ずくめであることを発見したからだ。汗は吸ってくれるし、冷たい風から首を守ってくれるし、首の皺も隠してくれる(爆)。男物のワイシャツは着るがネクタイはしない私にはピッタリ。でもはずすと逆に風邪を引くようになってしまったことから、はずせなくなってしまったのだ。

ということで、20代の頃から沢山もっていたバンダナをとっかえひっかえ毎日使ってるわけなんだが、バンダナの布は丈夫で10年以上使っても、何度洗っても、ビクともしないんだな。

ただ折角便利なのに、デザインのバリエーションがネクタイやスカーフに比べて極端に少ないのが玉に瑕。ほとんどペーズリー柄のバリエーションだもの。

で、たまたま最近見つけたのが、冒頭の写真のデザインのもの。アメリカ製らしいがちょっと変わっていて可愛いでしょ?

☆ ☆ ☆

バンダナっていうのは、ヒンディ語の絞り染めを意味する「バンドゥヌ(Bandhnu)」が語源なんだそうだ。てっきりアメリカ起源だと思っていたよ。

もしそうなら、アジア風の色んなデザインが出回ってもいいはずなのにな。っていうか、バンダナ自体があまり流行ってなくて、奇抜なデザインのものは売れないのかな?

いずれにせよ、もっと色んなのが欲しいという気持ちに変わりはない。

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暁は光から・・など

2013-07-23 23:42:30 | ただの日記
先週末のベトベトな演奏会が終わって、脳内リフレインを楽しんだのは1日だけ。すぐに今週末の「こうもり」だの、その2週間後の「椿姫」だの、忘れちゃいけない「マタイ受難曲」などに脳みそを上書きされちゃっているが、それはそれで楽しい。

9月のコンクールシーズンに向けて、所属音楽教室の声楽コンクール1次用にはイタリア歌曲の「教会のアリア」で挑むことにしているが、今年は初めて外部のコンクールも受けようかなと思っていて、曲をなかなか決められずにいた。1曲は昨年発表会で歌った「こうもり」のチャールダーシュだが、持ち時間7分なので、短めの曲を探していた。

トスティの「暁は光から(L'alba sepàra dalla luce l'ombra)」にしたい、と師匠に相談したところ、一度ピアノと合わせてみないと何とも・・というニュアンスだった。そう言われるのは何となく分かる気がしていた。何故なら前の先生に習っていた時、一度この曲が候補に挙がったことがあり、その時の先生のピアノと合わせて見た時に、ピアノの奏でる細かい3連符が意外に気になって歌に集中できず、一回合わせただけで諦めたことがあるのだ。当時音源にしていた日本人女性歌手の歌うCDを聴いてみても所々ピアノがメロディをなぞっていたりしてるんで、もともと合わせにくい曲なのかもしれない。

で、先日おっかなびっくり伴奏をお願いしている先生のピアノと合わせてみたら、それが・・予定外に突然合わせをお願いしたにも関わらず、違和感なくピッタリで、思わず歓声を上げてしまった。私自身はもっともっと練習しなきゃいけないんだけど、師匠からもGOサイン出たし、長年の憧れの曲が歌えるということで、気持ちがなんだか猛烈にめらめらと熱くなってきた。

歌モノだけでも、9月に向けて色々あるけれど、それ以外の8月第一週のイベントでは、魔笛の序曲を振れることになったし、第九のアルトソロも歌うことになったし、それ以外にも見ておかなきゃいけない曲が沢山あるが、そういう状態の自分が、すっごい幸せ。
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後生掛温泉石けん

2013-07-22 23:44:58 | 入浴グッズマニア
ベートーヴェン尽くしから一夜明けて、身体のあちこちにバンテリンぬりぬりな一日だった。意外に上半身が平気だったのは、腕立て伏せ&ダンベル&木刀素振りの成果かなぁ。むしろ足腰・・特に左側にダメージが来ていて、変に踏ん張りすぎたかなぁ。気長にストレッチでもして治していこう。

さて、今日は6月中旬に弟夫婦からもらった「後生掛温泉石けん」をUPしてみよう。ちょうど「リゴレット」で初めてオペラキャストを経験したあとにこれが届き、「ラ・フォルジュルネやオペラ出演おめでとうございざいます」等と書かれた手紙が添えてあったのだ。

2人共とっても綺麗な字で、それぞれに手紙をしたためてくれていて、とてもうれしく、感動した。家族の中で一番字が下手なのは多分私だろうね。

私は温泉についてはあまり詳しくないのだが、後生掛温泉とは十和田八幡平国立公園にある温泉らしいね。あとで写真を見せてもらったが、雪渓の残る草原に咲く華麗な水芭蕉や、草原の向こうに温泉の湯気が立ち上っている感じが大変趣深い場所だ。

そんな後生掛温泉の泥や温泉成分が配合されているのがこの石けん。



ベントナイトと書かれているのがその泥成分だろう。先日はシリアのクレイ石けんを紹介したが、日本にもちゃんと泥石けんがあったのだ。



パッケージを開けてみると、実につややかで滑らか。実際に使ってみると、確かにきめ細かく、しっとりした感じがする。ザラザラした感じは全くない。

ベートーヴェン尽くしで満身創痍な私も、温泉に行った気分で大事に使わせてもらおうと思う。

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ベートーヴェン交響曲2番・7番~暑くて熱い本番無事終了!

2013-07-21 23:56:37 | ただの日記
先週のうだるような暑さはどこへやら。一転して、涼しく心地よい天気になったが、マエストロによるとこれは絶好のベートーヴェン日和とか。晴れてて暑すぎない・・・というところがポイントだが、それが冗談ではなく本当であることを思い知った一日だった。ホント、ベートーヴェンは熱い! しかも交響曲2曲続けてやるとなると・・・。

当日のステリハは通常時間に追われる。でも、今日のステリハでは、練習時間を敢えて割いて、マエストロの含蓄のある言葉が炸裂! もはやここに至っては技術ではなく、気持ちの持ちようがいかに大切であるか・・・ということを教えてくださったのだ。

ベートーヴェンの交響曲2番は33歳の時の作品だ。2番を通す時、マエストロはいつも冒頭で「さぁ、若いベートーヴェン!」と一言添える。そして今日はもう一言加わった「カッコいいカッコいい一楽章!」。

7番は43歳の時の作品で、2番とは10年離れている。7番には若さだけではない要素が色々含まれているのだ。逆に2番は「若く!」がキーワード。「最も若い心で弾いて下さい」と。

こう言われて自分の脳裏に浮かぶのは、自分の実年齢が33歳だった時ではなく、絨毯に寝転がって、ヘッドフォンで父が買って来たベートーヴェン交響曲全集のレコードから2番の1楽章ばかり繰り返し繰り返し聴いていた15~16才ぐらいの時のこと。この曲を血湧き肉踊る気持ちで聴いていて、その後自分が実際に弾く事になるなんて知る由もなかったあの日の思いを胸に弾く事にしようと思った。

またこんなこともおっしゃった。モーツァルトの没年齢35歳を越した時に猛烈に感慨深い思いをしたこと、自分はこの歳になってモーツァルトの何が分かったのだろうと色々と考えたと。実は中2の頃からモーツァルトの熱狂的なファンだった私も35才の12月5日を大変複雑な思いで越した。モーツァルトの誕生日と私の誕生日は2週間半しか離れていないので、同じ季節感で考えていたわけだが、その1ヵ月後に私はバイオリンを習い始め、色んな事が吹っ切れたのだった。

好きな作曲家の年齢を意識して御自分のことを考えたり、本番会場でのちょっとした雑音を気にしたり、リハでイイ演奏をしすぎると「みなさん、本番は今日の午後ですからね」と気遣ってくださる奥深くも繊細なマエストロ。正直、私はお客さまよりもこの人に喜んでいただきたい、と思って今日の本番を演奏したのである。

☆ ☆ ☆

リハで熱くなり過ぎないように・・・というのは金管楽器なら分かるが、弦をそこまで気遣ってくださらなくても・・・と思っていたのは間違いだった。大好きな大好きな2番の本番が始まった時、左の肩甲骨の付け根が悲鳴を上げ始めた。6年前にフォームの改善をして本番でも疲れずに弾けるようになったはずの私が久しぶりに味わう感覚だ。ベートーヴェンって、こんなに疲れるのか。でも必死にマエストロの指揮にかじりついていった。カッコイイ1楽章、みずみずしい2楽章も順調。おどけた感じの3楽章を経てattaccaで4楽章。長いCodaに入って、階段を下りてくるようなppの刻みが2ndバイオリンにあるのだが、このppはステージにお客さまを弾き付けるppで、耳をすませるとタカタカタカという音が綺麗に鳴っていなければならない、と昨日指導された箇所・・・鳥肌の立つほど美しく出来た!そしてその直後のffでマエストロがぶっちぎれることになってたんだが、ぶっちぎれながらも壊れずに縦を揃え、最後は整然と終わるカッコよさ! 弾き終わった後、まだ最初のステージなのにブラボーの連呼。立ち上がって拍手を浴びたら、痺れた体に何物かがじわ~っと満ち満ちてくるような、まるで気功をやった後のような不思議な感覚になった。

休憩を挟んで今度は7番。出だしからイイ感じだったが、特に2楽章の冒頭で2ndバイオリンが加わるところ・・・練習の時にいつも納得できる音が出なかったのに、本番ではパート一丸となってスーッと染み入るように響いているように聞こえたのが嬉しかった。急に出てくる細かい16分音符のppのスタカートの部分もビビらずに程よく鳴っていた。3楽章ではティンパニ奏者が大活躍。長い3楽章が疲れずにとても楽しく弾けた。そして4楽章。初めてこの曲を聴いた時は興奮して、弟が日光で買って来た木刀を部屋の中で振り回して筋肉痛になった思い出のある曲だが、興奮しながらも秩序だった演奏が必要なこの曲、確かに若い2番とは異なる要素が随所に出現している。でも最後のff~fffの刻みはこれぞベートーヴェンというか、この演奏会のエンディングにふさわしい見せ場であり、心を込めて弾いた。最後の音を弾き切って弓を揚げた時は、とにかく弾き切ったぞ感でいっぱいだった。

2番以上のブラボーの連呼をいただき、最後に一礼して団員が舞台袖に引き揚げて行く時の様子が、いつもの演奏会とは何となく違っていた。まずすぐに引き揚げずに、数人で固まってねぎらいの言葉を掛け合う様子が見られ、舞台袖に入ったら、降り番の管楽器の人達の大きな拍手に迎えられ、ステージ上では抑えていた団員の歓声や談笑が聞かれ・・・10年以上このオケにいるが、本番が終わってこんなに素直に団員が喜び合ってる定演ってあっただろうか・・・と思った。演奏自体が上手く行って、みんなで喜んだ本番なら今までにいくらでもある。だが今回違うなと思ったのは、どの楽器の人も体力・気力の限りを尽くして疲弊した中での、弾き切ったぞという喜びを、みな隠せずにいるようなのである。私自身、弾いてて何回も身体がイカれてしまうんじゃないかと思った時もあったけど、最後まで熱い気持ちと集中力を失うことなく弾くことができてよかったな。

やっぱりベートーヴェンはいいねぇ。疲れるけど弾き切った後の感慨がひとしおだ。

☆ ☆ ☆

終演後、楽屋に引き揚げてきたら、以前のバイオリン教室で一緒だった生徒さんからのプレゼントがまた届いていた。いつも来てくださって、心のこもったお手紙が添えてあって。また心がじーんとなった。
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座るだけ!骨盤クッションダイエット

2013-07-20 23:15:16 | 意外にすぐれモノ
頭が明日のベートーヴェンでいっぱいなので、とりあえず今日はストックネタ。



5月頭から、こんなクッションを愛用してます。



こんな風に空気を入れて使うんです。

この上に座ると、結構普段から腹筋や腰の筋肉を使うようになります。

この本の表紙にあるように、「2週間で体重3kg減!」とか「下腹10cm減!」にはなっておりませんが、普段から腹筋を意識するということで、少しずつですが引き締まってきているような気がします。

むろん毎日やってる「低レベルあほらし筋トレストレッチ」のお陰かもしれませんが、物事はすべて相乗効果だと思っており、日常生活の中で腹筋を意識するようになったからこそトレーニングが続いているのかも知れず、このクッションにも相応にメリットありと思っています。

この上に座るの、ちょっとキツイですが、おかげさま2ヶ月半ほど続いております。クッションの方も、私のようなデブが上から座ってもバンクすることなく、耐えてくれています。

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ヒッタイトの製鉄所では季節風を利用していた!

2013-07-19 23:01:52 | 読書録
(【読書録】歴史のミステリー52)

52巻には、あまりビッグサプライズがなかったなぁ。何を採り上げようかと迷うところだが、トルコにあるヒッタイト時代の遺跡、ハットゥシャのことでも書こうか。

ヒッタイトと言う文字を見ると、私には色々去来する思いがある。31歳の頃、漫画「王家の紋章」を1~2巻読んだだけでハマり、以降当時出ていた35巻までを、寝食を忘れて徹夜で一晩で読み通したことがあるのだが、そこに美形キャラとして古代エジプト王やヒッタイトの王子(両方とも架空の人物)が出てくるもんだからすっかり中毒になり、3ヵ月後にはエジプト行き、翌年にはトルコ行きを敢行したのであった。

ここまで書くと、私の人生とはいかに刹那的な衝動&短絡的な行動の積み重ねであったかを思い知らされ自己嫌悪に陥るのだが、理由はどうであれ、行動した結果は重要で、エジプト・トルコ旅行経験は今なお私の心の糧になってくれている。

ただエジプトに古代エジプトの遺物が大量に残っているのに比べ、トルコのヒッタイト時代の遺跡は通常の観光ルートにはない。本巻に取り上げられているハットゥシャ遺跡はアンカラからバスで5時間もかかるのだ。

私はイスタンブール~トロイ~ペルガモン~エフェソス~パムッカレ~コンヤ~カッパドキアをバスで回り、その後空港を使うだけの目的でアンカラまで行ったことがあるが、あの道をさらに5時間行くのか。



↑これは、コンヤからカッパドキアの間の道の様子で、昔私が描いた絵なんだが、こんなほほえましい光景にはなかなか出くわさず、何もないような道をトラックなどと一緒に延々と突き進むのだ。単調ゆえに事故も多く、現に私の乗っていたバスも事故に巻き込まれた。今生きているのはあの時首から下げていたイスラムの数珠のお陰ではないかと、ひそかに思っている。なので、あんな道をあと5時間も行くのはちょっと気が進まない。私が残りの一生の間にハットゥシャ遺跡に行くことは・・・まぁないだろうな。

本巻にはハットゥシャ遺跡の全容の写真が載っているが、ヒッタイトの首都であったにしては何となく寂しく殺風景な感じが否めないな。確かにこれでは観光地にはならないだろう。だがここで見つかった、ヒッタイト文字で書かれた大量の粘土板「ボアズキョイ文書」は古代オリエント世界を解き明かす貴重な文書だ。エジプトとヒッタイトの関係にしても、エジプトの「アマルナ文書」やカルナック神殿のレリーフ等から考えられていた認識をボアズキョイ文書が覆したのである。

さて、ヒッタイトと言えば鉄。世界に先駆けて鉄器文化を有し、帝国が滅亡するまでの500年間、ヒッタイトの支配者達は製鉄技術を国家最高技術として守り続けたのであった。ヒッタイト自体に謎が多い中、製鉄技術はさらに謎なのだ。そもそも製鉄所の場所すらも分かっていなかったところ、1970年代に日本の考古学者大村幸弘氏がこの謎に挑んでいくわけであるが、本巻で私が一番感動したのはそこの部分である。

大村氏はボアズキョイ文書を丹念に調べ、鉄の生産に適した季節と適さない季節があったことを知る。ちょっと「え?」と思ってしまうが、大村市氏はそれについて「季節風のせいではないか」と気づいたのだ。製鉄には高温の火が必要なため、炉に風を送らなければならないが、ヒッタイト人たちは炉の送風に季節風を利用したのではないかと考え、製鉄所は季節風が吹き上げるような山の斜面にあったのではないかと推理した。

この推論は見事に的中し、実際に製鉄所の遺構と鉄の塊が発見された。やはり地道に文書に当たることと、気づきとそれに対する行動は何事においても大事ね・・・と、再び刹那的な衝動&短絡的な行動だらけの自分を反省する次第である。

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【読書録】美味しんぼ 第66巻

2013-07-18 23:54:53 | 読書録
作・雁屋 哲、 画・花咲アキラ / 小学館

8月の椿姫の本番が終わったら、コンクールシーズンの始まる前に夏休みをとって、さっくりベトナム旅行に行ってくることにした。本当は長めのツアーに行きたかったんだけど、もういっぱいで、休暇を翌週にしてもホーチミンだけの短いツアーしか空いてなかったのだ。

最近当ブログ上でベト2だのベト7だの、身体ベトベトだの書いてたら、無性にベトナムに行きたくなってきて申し込んだんだけど、もっと計画的に早めに予約しなきゃダメね。私って何でいつもこうなんだろう。だけど先週末のブルーローズの発表会が終わるまではそれどころではなかったことも事実だが。

で、フェイスブック上でベトナム行きのことを書いたら、先輩からホビロンなるものを薦められた。以前当ブログへのコメントでも、東南アジアに精通されているお二方よりバロットなるものを薦められていた私はこれにピンと来た。

フィリピンではバロット
ベトナムではチュンヴィッロンまたはホビロン
カンボジアではポンティアコーン

と呼ばれるもので、孵化直前のアヒルの卵を加熱したゆで卵だ。サイト検索で「バロット」という言葉を入れてググって見れば、グロい画像が沢山登場するので、興味のある方は見て欲しい。

で、このホビロンの話が「美味しんぼ」に載っているというので、早速ネットカフェに行って読んできたのだ。

前編・後編と2話に分かれてるんだが、なかなか良く出来たストーリーだ。生卵が食べられないアメリカ人と馬鹿にされたと怒る日本人男性。この2人をベトナムに連れて行ってホビロンを食べさせて仲直りさせる話なのだが、日本人男性は自分がアメリカ人に言ったことと同じことをベトナムで言われて猛反省するわけである。

そこでホビロンの味はこう表現されている。
「これは予期せぬ味だ。卵の味でも鶏肉の味でもない、コクがあるけれどあっさりしている。カニの甲らの内側にへばりついている薄皮の味に似た味だ。ちょっと残酷な感じがしないでもないけれど、この頭の部分は少ししゃくしゃくした歯ざわりで美味しいよ。」

ま、私見を言わせてもらえれば、とりたてて残酷でも何でもないな。インフルエンザワクチンなんて、同じ状態になってるニワトリの卵から作るんだから。日本人だって、ほとんどの人がわざとインフルエンザに罹患させられた孵化しかけのニワトリからとった抽出物を体内に入れてるわけで、健全な雛を全部食べてあげることは、それに比べれば決して残酷なことでも野蛮なことでもない。

ベトナムではおやつとして、好まれているこの卵。現地で是非食してみたい。なので今から実物のグロい写真をわざと検索して見慣れておくべし・・と思っている。

この話には、ホビロンだけじゃなくて、ベトナムで使われている様々なハーブの話も出てくる。ドクダミも食べるんだって。いやぁ~現地に行くのが楽しみ。
コメント (3)
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夏咲きアロエ

2013-07-17 23:57:25 | お散歩・植物観察
アロエって真冬に咲くものだと思ってたら、夏に咲く品種もあるんですね。

冒頭の写真が夏咲のアロエで、冬咲きとは葉の形が相当違うし、花もボサボサでワイルドな感じだ。



↑これが当ブログでも既出の、よく見る冬咲き。花が円錐状にまとまっていて、葉っぱが細長くてギザギザで、魔界植物のよう。



↑これが夏咲きの葉で、葉っぱが短くてギザギザ。葉っぱに関してはこっちのが上品。



↑これが夏咲きの花。まとまりがなくてボサボサ。花の先から雄しべや雌しべが顔を出してる。

なので、最初これはアロエに似てるけど違う植物かと思ったのだ。でも調べてみたら夏咲きのアロエと分かる。

折角なんで品種名も調べたかったんだけど、サイト検索して調べても分からなくて。

どなたか分かる方、教えてください。

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